クロの変化 ③



 クロとの穏やかな日々は続いている。

 私が『救国の乙女』と預言されたと知っても、クロは悪い方向には変わらなかった……なんだか異様に甘くなってしまったが。




 クロが私に優しい目を向けるのも、優しい態度を向けるのも当たり前になってきている。














「なぁ、ジャンナ。ジャンナは自分をないがしろにした連中をどうにかしたいとか考えていないの?」

「ないがしろにしたっていうのは……」

「王城の連中とか。ジャンナの婚約者だったのにジャンナ以外と結婚している陛下やジャンナに酷いことをいった王城の人たちとか。俺は俺の女神にそんな扱いした連中、ぶちのめしたいけど」

「私は全くないわ。……クロ、お願いだから物騒なことを言わないで」






 急に物騒なことをクロが言い始めたので、慌ててなだめる。




 だけどその言葉が私を大切に思っているからこそ出てくる言葉だと分かるから、私は怒るに怒れない。





「あのね、クロ。私は確かに王城で大変な目にも遭ったわ。やってないことを噂されたり、ひどい言い草をされたり、期待外れだと蔑まれたり――、って怖い顔しないの!!」






 私の言葉にクロが怖い顔をし始めたので、思わず止めて頭を撫でる。

 椅子に座っているクロの頭に手を伸ばして撫でると、クロは幸せそうな顔をする。私はクロの頭を撫でながら続ける。






「でもね、悪い事だけじゃなかったの。私はこの国から沢山のものを与えられたの。確かに嫌な思い出もあるし、『救国の乙女』になるって預言されたから今、こんな暮らしをしているけどね。

 でも、私はそんな預言がなければここにはいないの。ただの村娘として、何も学ぶこともできずに、生きていたと思うわ。私が錬金術を使えるようになったり、魔法を使えるようになったり、知識を蓄えられたのは全部この国のおかげだわ。

 だからね、私は感謝をしているの。私に沢山のことを与えてくれたこの国にね。だからどうにかしようなんてないわ」




 はっきり私がそう言えば、クロはキラキラした目で私を見る。そして、私に言う。





「やっぱりジャンナは女神だよ。優しくて、綺麗な、俺の女神」

「いや、だから違うって……」

「ううん、そうだよ。俺はジャンナみたいに考えられない。嫌な思いさせられたら相手を滅茶苦茶にしたいとか、そういう風に思っちゃう」

「思ってもクロはやらないでしょう? 優しいクロは」

「……本当に、ジャンナは女神だよ。俺がジャンナの言う”優しいクロ”でいられるのは、ジャンナのおかげだよ」






 そういって、クロはクロの髪を撫でていた私の手を掴む。そして、じっと私を見る。




「なぁ、ジャンナ。ジャンナは陛下のこと、まだ好きなの?」

「へ?」

「ジャンナが国に感謝しているのって、陛下のおかげ? 結局ジャンナ以外と結婚したのに」

「え、っと、確かに感謝しているのは陛下のおかげでもあるわ。私が王城で楽しく暮らせたのは陛下や友人になってくれた人がいたからだもの。でもまだ恋愛感情を抱いているかと言えば違うわね。私はちゃんと、陛下が結婚した時、祝福できたもの」





 クロの鋭い目で見つめられて、ちょっと心臓がどきどきしながらそう答えた。






 王位を継いだ元婚約者は、もう結婚して子供もいる。

 まだ恋愛感情を抱いているかと言えば、それは違う。大切にしていた気持ちはあるけれど、それは恋愛感情とは違う。






 私は元婚約者が結婚した時も、子供が生まれた時も、素直に祝福が出来た。

 思えば幼いころの私は恋に恋していたのかもしれない――確かにショックはあったけれど、祝福をちゃんと出来たのだ。




「そうか。……良かった」






 クロは私の言葉に嬉しそうに笑った。……その表情に、私はまたドキドキした。









 ――私はこのまま、クロと二人で過ごす日々が続くと思っていた。けれど、その穏やかな日々を変化に導いたのはクロだった。









「ジャンナ、ジャンナはこの国や大陸が大変な目に遭うの嫌なんだよね?」

「……え、ええ。もちろん。この国に感謝しているもの」






 クロはある日、なぜかそんなことを私に聞いた。私は問われるままに返事をした。



 それからしばらく経った日のことだ、クロが私に決意したような目である事を告げたのは。







「――ジャンナ、俺はやることがある。だからちょっといってくる」






 それは別れの言葉だった。

 やることがあると告げる言葉。きっとそれは数日やそこらで終わるものではないと、私はクロの態度に理解する。






 クロが傍に居る事が当たり前になっていたから、私はショックを受けてしまった。

 クロが私にむける甘さに答える気もなかったくせに、失望されてしまったらと怖れて何も変化を求めなかったくせに、いざ、クロがどこかに行くと思うとショックを受けている自分に、ショックを受けた。








 そんな私にクロは手を伸ばす。私の頬にクロの手が触れる。







「ジャンナ、そんな寂しそうな顔をしないで。俺は他の誰でもない、ジャンナのために成し遂げなければならないことを、成し遂げにいく」

「私の、ため?」






 意味が分からなかった、クロが何を言っているのかもよく理解出来ない。

 それでもクロは相変わらず甘い笑みを浮かべて、私に続けるのだ。








「俺はジャンナの元に必ず戻る。俺が帰る場所は此処だから。だから、ジャンナはただ俺が帰ってきた時に、おかえりと言って。俺の女神が、おかえりと笑いかけてくれる――それ以上の褒美はないから」




 クロは私の元へ戻ってくるつもりだと、そう口にする。

 優しい、何処までも優しい笑みを浮かべている。





「ジャンナ、俺の女神。——愛している」






 そしてそんな言葉を口にしたかと思えば、クロの顔がどんどん近づいてくる。

 気づけばクロの顔が目の前にあって、私は口づけをされていた。口づけをされたと気づいた時には、クロの顔はもう離れていて。








「やっぱり、可愛い、ジャンナ。——返事は、俺が帰ってきてからして。俺以外、側におかないでね、ジャンナ」





 クロはそう言って、笑って、そのまま去って行ってしまった。










 私はクロにされたことを理解して、座り込んで思わず悶えてしまうのだった。


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