クロの変化 ②

「ジャンナ、可愛い」

「やっぱりジャンナは俺の女神だよ」

「流石、ジャンナ」




 ……などと、クロは私への賛美をやめなかった。

 なんだろう、日に日に落ち着くどころかひどくなっている?






 私はクロがただ吊り橋効果的なもので、私に対してそんなことを言っているのだろうと思っていた。だからこそ、クロがもっと落ち着けばその熱もなくなるだろうと。



 だけど、クロは二週間ほど経ってもずっとこのままである。






 寧ろ私が冗談でしょうとか、落ち着きなさいとかいうと、「可愛い」とか「女神」とかひたすら言われて、私が恥ずかしいだけなのだ。



 まさか、信じられないけれど……クロが本気で私に可愛いとか女神だとか思っているということはありえるのだろうか……と此処の所、考えてしまっている。




 とはいえ、その後すぐに首を振ってしまう。






 なんて自惚れだろうかと、ただクロは此処に私しかいないから私にそういうことを言っているだけだと、そんな風に冷静になる。








 そもそも私はクロに、自分の昔話を聞かせたけれど――クロは、私に昔の話を語らない。

 私はクロの本当の名前さえもしらない。私とクロとの距離は、近づいたようで、近づいていない。






 私は特別でもなんでもなくて、ちょっとだけ色んなことに手を出しているだけの二十代後半の女でしかないのだ。

 うん、やっぱりあれだけかっこよくて、強くて、素敵な男の子が私を特別視する要素はないと思う。





 と、そう考えて冷静になろうとしているんだけど、





「ジャンナは可愛くて、優しくて、素晴らしい人だよ。ジャンナは特別じゃないなんていうけど、俺にとっては一番特別だ。俺の女神なんだから、もっと自信をもって。ジャンナは何でもできて、凄い人なんだから」






 クロは、私を甘やかして、私の事を特別だなんていう。

 勘違いしてしまいそうになる。私は、そんな風にクロに言われるような存在では決してないのに。



 ――クロに愛されているように、クロに好かれているように。甘やかされると、馬鹿みたいにそんな風に考えてしまう。




 私は特別で、クロに愛されている存在なのだと――そんな風に錯覚してしまいそうになる。










「クロ、今日は何を食べたい?」

「ジャンナが作ったものなら何でもいい」






 だから、クロが幾ら私をいとおしそうに見ていても、クロが幾ら私に甘い言葉をかけていても――やっぱり吊り橋効果なんじゃないかってそう思ってしまう。




 ああ、でも私がこんな風に思ってしまうのは、期待をされたくないからかもしれない。

 私は『救国の乙女』として期待をされて、期待に応えられなかった。だから、期待をされて、期待外れだと失望されることを恐れているのかもしれない。






 クロが女神だとか、可愛いだとか私を言うけれど――、それはいつか夢のように覚めて、失望されるのではないかと心の何処かできっと私は考えている。






「ジャンナ」

「……クロ、本当に私は貴方にそんな目を向けられるような人間じゃないのよ?」

「そんなことない。ジャンナはとっても可愛くて、俺のたった一人の女神」





 幾ら否定してもクロはそういう。日に日に、甘くなっていくクロは、私の手を取って、ひざまずく。

 そして私の手に口づけを落として、「ジャンナがどんな人間だろうとも、俺の女神はジャンナだよ」と笑った。






 って、あー、もう本当に恥ずかしい。






 本当は、心の何処かで気づいている。私の心は囁いている。

 クロが本当に私を特別視して、私を愛しく思っているのではないかって。






 そしてそのことを、どこかで嬉しがっている自分も――、それもちゃんと気づいている。






 ドキドキするし、正直言ってときめくし。でもそれでも私はもっと近づいて、失望されることを恐れている。

 自分で拾って、自分でクロとの距離を縮めたくせに、そんなことを考えている私はやっぱり『救国の乙女』なんて呼ばれるような存在ではなくて、自分勝手だなと思ってしまう。









「ジャンナ」






 だけど、クロは私のそんな気持ちとか、失望されることを恐れている感情とか、そんなのお構いなしに私の名前を呼ぶ。










 ただ、愛おしそうに。

 ただ、大切そうに。

 私の名前を呼んで、幸せそうに目を細める。



 私はそんなクロに、同じものなんて返していない。今まで通りの対応しかしていない。

 なのに、クロはただ私に甘い。飽きることもなく、私の事を心から女神だと思っているかのように、ずっとその言葉を口にする。






 私は女神なんて大それた存在なんかじゃないのに。クロにそんな風に言われるのが、嬉しくなってくる。






 誰かが私の傍にいて、私の名前を呼んで、私の事を必要としてくれている――。

 それだけでも一人で過ごしていた私にとっては幸福を感じることだった。





 クロは最初に私がクロを拾った時が嘘のように、私に沢山話しかけて、私のことを知りたがっている。

 私に纏わるどんなことでも知りたいとでもいう風に、クロは私に問いかける。私が答えたことでクロは喜んで、優しい目を私にむける。












 恥ずかしい。そんな視線と、そんな態度が。

 だけど、心地よい。





 いつしか、クロが私に甘いのも、優しいのも当たり前の日常になっていく。




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