クロの変化 ①

「ジャンナ、俺の女神――」

「えっと、クロ? 貴方、私の昔話聞いてから変じゃない? 私が女神って何を言っているの??」

「俺は変じゃない。ジャンナが俺の女神なのは事実だ。女神のように慈愛深い」






 ……クロが変になった。




 あの日、久しぶりにこの家に来訪者が訪れて、私はその時、クロを差し出さなかった。

 そして私はクロに『救国の乙女』になるだろうと預言されていたことを知られてしまった。それから昔話をした。

 あの日、泣いていたクロを慰めるように頭を撫でた。その後のクロはすっきりとした顔をしていた。






 それで、それからクロがおかしい。






 なんだろう……、私が王国からの遣いを突っぱねてクロを差し出さなかったことで、クロは私の事を信用してくれたのだろう。そして私に何かを感じてくれたのだろう。






 それは喜ばしいことなのだけど……、






「ジャンナ、良い獲物獲ってくるから誉めてくれ」

「ジャンナは、やっぱり女神のように優しい」




 ……などと、なぜか異様に甘くなった。






 どうしたの、クロ。そして何で私を女神扱いしているの。そんな風に私はクロの変化に戸惑ってしまう。






 いや、もちろん、クロが私のことを信用してくれていることは嬉しい。クロが前よりも生きる気力を見せてくれたことが嬉しい。色んな表情を見せてくれることは嬉しい。




 だけど、女神って何??






 私は自分の心が赴くままに行動しただけで、何か特別な事を成したわけでもない。

 『救国の乙女』にもなれない私の事を女神と呼ぶなんて、クロはどうしたんだろうか。










「ジャンナ、どうしたの。俺をじっと見て」

「いや、えっと……」

「何かあるなら言って。俺はジャンナを困らせるもの全部、排除するから」






 やっぱり変だよね? 

 確かに私はクロを差し出さなかったけど、だからってこんなにクロの私に対する態度が変わるものなのだろうか。



「クロ、そういうのはないわ。ただ、クロの変化に戸惑っているの。

 あの日からクロは私にとてもやさしいでしょう。そ、その、私の事をめ、女神なんていったりとか。私は女神なんて大層な存在じゃないし、クロにそんな態度されるほど特別なんかじゃないのよ?

 だからその、そういう態度しなくていいのよ?」






 自分のことを女神と口にするのとか、何だか恥ずかしい。というか、何でクロは恥ずかし気もなく私に甘く接しだすのか。


 最近の若い子は分からないわ! それともクロだけかしら。こんなに恥ずかしい台詞をさらりと言って、平然としているのって。






 クロは私の言葉に、すぐに返答する。






「あの日から、ジャンナは俺の女神だから。ジャンナは大層な存在じゃないっていうけど、俺にとってジャンナは一番特別だよ。特別じゃないなんて卑下する必要はない。ジャンナは凄く素敵で――「ちょ、ちょっと待って!! 恥ずかしいから!!」








 おおう……、急に私の事を賛美されると、ものすごく恥ずかしい。なんなの、クロ。本当にどうしたの、クロ。

 聞かされている私はとても恥ずかしいわ。






 私の方がずっと年上なのに、クロよりも大人なのに……、クロの言葉で翻弄されてしまうなんて……。

 そもそも私は婚約者はいたし、婚約者と子供の優しい恋はしていたけれど、それ以外に恋愛経験なんてないのよ。年だけ重ねて、誰とも接することなく生きてきたし。






 そんな恋愛初心者の私が、クロみたいな素敵な青年にそんな言葉をかけられて恥ずかしくならないはずがないのよ。






「ジャンナ、照れてるのか? 可愛い」




 いや、もう本当にやめてほしい。クロは自分の顔のよさ分かっているんだろうか。

 益々私は赤面してしまう。






「だ、だだだから、そういうのはいいの!! 無理してそ、そんなか、可愛いとか言わなくていいの!! 私がそんな可愛げがないことぐらい自分が一番分かっているもの。

 私のこと信用してくれていることは嬉しいけど、そ、そんな言葉言わなくたって、私はクロを追い出したりしないし、クロを差し出したりなんてしないもの。多分、クロは吊り橋効果みたいなので、私のこと、そんな風に言っているだけよ。だからもっと落ち着いて、ね?」






 きっとクロは、『魔王』の側近として追われて、捕らえられて、大変な目にあってきた。だからこそ、差し出さなかった私を特別に見えているだけだと思う。




 ただ吊り橋効果のように、私を特別視しているだけで、その高揚感がなくなればクロみたいな素敵な青年が私にこんなことを言ってしまっているのだと思う。






 だって私は、見た目的にも普通なのだ。自分の見た目が普通なことは周りの対応から理解している。

 クロよりも年上だし、きっとクロは気持ちが高揚してそんな風に見えているだけだわ。






 こうしてちゃんと言えば、クロは落ち着いて、こういう態度もなくなるだろう――とそんな風に思っていたのだけど、






「誰が、ジャンナを可愛くないっていったの?」

「……えー、それはどうでもよくない??」




 なんかもうクロが変なところで食いついている。








「もしかして元婚約者だっていう陛下? あの王城の連中?」

「え、っと、クロ、それはどうでもいいわ!! それよりも落ち着いて。ほら、冷静になってみたら分かるでしょう? 私が可愛くなんてないって。クロはとても素敵で優しい子だから、私じゃなくたって受け入れてくれるわ。だから落ち着いて、ね?」

「そのね? っていうの可愛い。やっぱりジャンナが一番可愛くて、綺麗」

「……ク、クロ、話聞いている? もっと落ち着こうね?」

「俺の女神の話を聞かないわけがないだろ。俺は落ちついている。落ち着いたうえで、ジャンナが可愛い」








 ……なんとかクロに落ち着いてもらおうと思ったけれど、私は返り討ちにあった。






 しばらく経ったら、ちゃんと落ち着くかしら。

 そう思いながら私は、変化したクロと過ごす事になった。

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