私の昔話 ②
私の周りから人はいなくなった。
この場を訪れる人もいなくなった。
「落ちこんで、悲しくて、自棄になっていた時もあった。でも、それでも私は生きていて、生きるためには行動を起こさなければならなかった。
王城から支払われていた生活費もなくなったから、自分で稼がなければならないって、それでポーションを作るようになったの。王城で習っていた中で私は一番錬金術が好きだったから」
落ち込んでいた。悲しかった。『救国の乙女』にもなれずに、役にも立てない自分なんて――と居なくなってしまった方がいいのではないかとそんな風に思った事もあった。
だけど、私は生きているから。——落ち込んでばかりじゃいられない。誰かが世話をしてくれる時間は終わった。『救国の乙女』として、期待される時間は終わった。
一人で生活をするために私は動き出したのだ。
「それからはまぁ、なんとか王都にポーションを売りに行って、生活費を稼いで、此処で暮らしていたの。
最初の内は数か月に一度とか一年に一度、王城からの遣いは来ていたけれど、いまじゃもう何年も来ていなかったの。
だからもう誰もここには来ないだろうと油断していたわ。
ごめんね、クロ。私がクロを差し出すんじゃないかって不安にさせて」
クロはずっと黙って私の話を聞いていた。何を思っているのか、それを不安にも思う。けど、とりあえずクロを警戒させてしまったことを謝っておく。
「……それは、別にいい」
「よかった。そうそう、さっきのクロの何で差し出さなかったんだっていう質問の答えだけど、私が『救国の乙女』になるだろうと言われて、その呼び名の影響で人生が変わっていったからといえるかな。
私は『救国の乙女』になると預言されて、それで良い暮らしをさせてもらった。周りの人たちは私が『救国の乙女』になると預言されているからこそ、私に優しかった。
けどね、私が幾ら経っても『救国の乙女』としての力を顕現させることもなかったから、周りの人たちの態度は変わっていった。どんどん冷たい視線を浴びるようになった。私っていう存在は何一つ変わっていないのに、私が皆の期待に応えられなかったから」
”私”という存在は、何一つ変わっていなかった。それでも周りの人々は、私が『救国の乙女』になれなかったからこそ、態度を変えていった。
あくまで私が王城で良い暮らしが出来ていたのは、私が『救国の乙女』になると期待されていたからだった。
期待外れであった私に、優しくする必要もなかったのだ。
「――預言者を脅して嘘の預言をさせたんじゃないかとか、何か悪い術でも使ってるんじゃないかとか、そんな根も葉もない噂が出回ったり、王城での暮らしの後半は大変だった。
本当の私はそんなことはしていなくても、大勢が私がそれをしたと告げれば、いつしか真実のように語られる――」
元婚約者は私の王城での立場が日に日に悪くなるからこそ、一旦王城の外に出すと言っていた。——それは私を思っての言葉だった。
でも今ではそれが本心からの言葉だったのかも分からない。
『救国の乙女』になれなかった私と、国王になった彼では会話を交わすことさえ出来ない。
いつしか噂は、語られ続けることで本当のことのように囁かれる。
「私はそういう経験があるから、自分が見て感じたものを信じようと思っているの。
私はクロを拾ったわ。クロは確かに『魔王』の側近だと言われているわ。でも私はクロの事をそんな風に言われる恐ろしい存在だとは思えなかった。
放っておけないと思って、一緒に暮らしているうちに、クロはそんな存在じゃないって私の心は言っているもの。クロは優しいわ。それにクロは強くて、本当に国をどうこうしようというならもっと残忍な行動に出るはずだもの。クロは私に酷いこともしないし、私はクロが『魔王』の側近と呼ばれている事は知っているけれどクロが本当にそうだとは思えない」
――自分が『救国の乙女』になるという預言によって、翻弄されてきたからこそ。
だからこそ、『魔王』の側近と言われていても、クロのことをちゃんとクロ自身としてみて、自分が見て感じたことを信じようと思っているのだ。
私の心はクロが王国に仇を成す『魔王』の側近だなんて信じられない。クロは優しくて強くて、体を動かすことが好きな年下の男の子。ただ、それだけだ。
「私がクロを差し出さなかったのは、貴方に笑っていてほしいって思うから。クロの事を好ましく思っているし、クロが大変な目に遭うことが分かっているのに差し出すわけがないでしょう」
そう口にしてクロを見る。
クロはぽかんとした顔をする。こんなことを言われると思わなかったのだろうか。
そして、クロは驚くべきことに、涙を流した。
「クロ!?」
「……そんなこと言われると思わなかった」
「クロ、ごめん。私嫌な事を言っちゃった?」
「……ううん」
クロは首を振って、だけど、静かに涙を流す。
嫌がって、悲しくて泣いている涙ではない、と思う。
私は静かに泣くクロの頭に手を伸ばす。もしかしたら嫌がられるかもしれないと思ったけれど、クロは私が頭を撫でるのを許してくれた。
その後、私はクロが泣き止むまで頭を撫で続けるのであった。
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