私の昔話 ①

「……ジャンナは、『救国の乙女』だったんだな」



 昔話をしましょうか、そう告げた私の言葉にクロは頷いてくれた。




 そして椅子に腰かけ、向かい合う。

 クロは私をまじまじと見つめていった。






「ええ。そうね。『救国の乙女』になるだろうと私は言われていたわ。——私は八歳の頃、『救国の乙女』になるだろうと預言された。そして王城に引き取られたの」



 私は八歳の時に、百発百中だと噂されていた預言者に『救国の乙女』になるだろうと預言された。

 まだ子供だった私は、自分が特別な存在になるという事実に浮かれて、預言者についていくことを選んだ。






「私は王太子――現在の王の婚約者として、王城に迎え入れられた」





 私は王太子の婚約者として、王城に迎え入れられた。平民の少女を王族に迎え入れようとするなんて……という反対の声もあったようだが、それだけ『救国の乙女』になるであろうという預言の力は強かった。








 私が『救国の乙女』になるであろう、とそう言われていたからこそ、そうなると定められていたからこそ、私は王城に住まうことを許され、王太子の婚約者という立ち位置になった。






「私は『救国の乙女』になることを望まれた。ただ何をもってして、私が『救国の乙女』に至るのか――それを誰一人分からなかった。あの預言者は未来を預言することは出来ても、その預言に至るまでに私が何をするのかというのは分からなかった。……そして私は王城で王妃教育と、『救国の乙女』としての教育を受けることになったの」




 懐かしい日々。

 王城に迎え入れられ、『救国の乙女』となるために教育を受け続ける日々。




 その懐かしくて温かい日々は、今ではもう一夜の夢のよう。








「正直只の村娘であった私にとっては、王城での暮らしは慣れないものだった。私が『救国の乙女』になるだろうとそう預言されていたから、王城の人たちはまだ大目に見てくれていたと思うけれど、それでもただの村娘だった私には大変だった。

 でもそんな中で私が頑張ってこれたのは、婚約者や優しい友人たちがいたからだった」



 私は婚約者の事が好きだった。思いやりがあって、優しい王子様のことが。それは私が『救国の乙女』と呼ばれると預言されていたからこその優しさだったかもしれないけれど、大変な暮らしの中で優しくしてくれる婚約者のおかげで、私は王城で頑張ってこられた。






 いつしか、恋をしていた。

 王妃になるんだ、婚約者の力になるんだ――そんな風に疑っていなかった幼い自分。




 そして、そんな私の事を受け入れてくれた友人。

 彼らが慰めてくれて、彼らと共に過ごすことが出来て――、私はあの時、確かに幸せだった。








「だけど、私は何年経っても『救国の乙女』としての特別な力なんて顕現しなかった。あらゆる技術を学んだけれど、飛びぬけた才能なんて何一つなかった。最初の数年は良かった。まだ子供だったし、まだその時ではないのだろうと、そんな風に皆笑ってくれたから。

 けど、私が力を発現しないまま時が過ぎて、国難に覆われた時にも私は何の力にもなれなかった。期待され、何かしらの力を発現することを望まれたのに……私は何もできなかった。私はただの、小娘でしかなくて、何もできなかった」




 私は何もできなかった。

 婚約者が困っている時も、王国に国難が訪れた時も、何かしらの力をもってして『救国の乙女』に至ることを望まれていたのに、私は何もできなかった。





 ――クロは何を考えているのか、私の言葉を黙って聞いている。









「何もできなかった私への、周りの目は日に日にきつくなっていった。それでも婚約者や友人たちは、私の傍にいてくれた。王城での暮らしにピリオドを打つことになったのは、私が十六歳になった時だった。

 婚約者は二歳上で、十八歳だった。もう結婚してもおかしくない年だった。でも婚約者である私は『救国の乙女』としての結果なんて出せなかった。――王は私を、この場所に留めて様子見をすることに決めた。

 婚約者との婚約も解消された。婚約者はそれでも私の力が発現するのを待つといってくれていた」






 周りの目が日に日にきつくなっていった。『救国の乙女』になれなかった私は、ただの村娘でしかなかった。






 何で何の力もない少女が、王太子の婚約者であるのか。

 何で何の力もない少女が、王城に住まっているのか。

 あの預言者の言葉は嘘だったのではないか。








 そんな話を聞いたことがある。——私の立場は日に日に悪くなって、婚約者との婚約が解消された。






「此処にきた当初は侍女もいた。ひと月に一度は王城からの遣いが最低でもきていたし、元婚約者や友人たちからの連絡も来ていた。私はなんとか此処で結果を出そうと思っていた。

 けど、幾ら私が頑張っても、私より才能のある人は山ほどいた」








 私は一生懸命学んできた。

 それでも、私には才能なんてなかった。






 私は……、何処までも特別ではなかった。








 そんな事実、自分でも知っていた。

 自分でも痛感していた。








 それでも、婚約者や出会った人や友人たちのためにも、頑張ろうとしていたのだ。





「けど、そんな日々も終止符を打たれた。数年後に婚約者は隣国の王女と婚約した。その日から私の周りは人がいなくなっていった。

 侍女たちが下げられ、王城からの遣いも減り、支払われていたお金も支払われなくなった。それに、元婚約者や友人たちからの連絡もなくなった」






 ――そして、私の周りから人はいなくなった。

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