来訪者 ③
――『魔王』の側近のことで『救国の乙女』に至るのではないですか?
その問いかけに、何とも言えない気持ちになる。
『救国の乙女』になれなかった私。『救国の乙女』になれるかもしれないという可能性なんて、もう考えていなかった。
私が『救国の乙女』と呼ばれるだろうという預言をされてからもう長い年月が経っている。
だからもう、私はそんな可能性なんて頭にはなかった。
でも目の前の彼らは、私に少なからずの期待をしてくれている。その期待が嬉しいとは思う。微かに心が動かされる。
「貴方が『魔王』の側近の場所に私たちを導くことは出来るのではないか。陛下は貴方に、そんな期待を抱きました」
敢えて、目の前の彼は私のやる気を引き出そうと、この国の王の事を口にしている。
――この国の今の王、数年前に、王位を継いだ、私の元婚約者。
姿さえも全く見かけることが出来ない、それほど今は距離が離れてしまっている、そんな元婚約者。
「貴方は『救国の乙女』になるだろうと預言された。貴方が『魔王』の側近へと私たちを導くことが出来れば、この国は救われ、貴方は本当に『救国の乙女』へと至ることが出来る」
なんだか、甘い誘惑のようだ。
八歳の頃に、『救国の乙女』になるだろうと預言された。
そして預言者に連れられて、私は王都にまでやってきた。
王城での暮らしは私にとって幸せで、どうしようもなく充実していた。
けれど、その暮らしは夢だったかのように終わった。
楽しかった日々は、私が何の力も顕現しなかったという事実に覆いつくされ、私は『救国の乙女』になれなかった少女として、この場所で暮らすことになった。
最初は私に一欠けらの期待が残されていた。その期待故に、最初の頃は私の元へ人が訪れ、私の傍には侍女がいた。
けれど、何年経っても『救国の乙女』になれなかった私は……、完全に諦められた。
私の元へ訪れる人々は減り、侍女達も引き下げられた。援助もなくなり、本当に一人で暮らしていかなくてはならなくなった。
なんとか生活費を稼ぐために王都でポーションを売り、一人で細々と暮らしてきた。
――そんな私に期待の眼差しを向けている。
そんな私が、『魔王』の側近へと導く事が出来れば『救国の乙女』に至れると目の前の男は言う。
私の事を訝し気に見ている若い男たちは、黙って私と男の話を聞いている。
――『魔王』の側近を、クロを差し出せば、確かに私は『救国の乙女』へと至れるのかもしれない。
『救国の乙女』になるであろうと預言された女性ではなく、真に『救国の乙女』と呼ばれる女性へと。
昔の幸せで満足していた日々に戻れるのかもしれない。
――けれど、
「いいえ。貴方達も知っているでしょう。私にはそのような特別な力は何一つありません。だからこそ、こうして此処で暮らしているのです」
私は期待の眼差しを向ける彼らを、はっきりと否定する。
もしクロを差し出せば、私がクロの事を彼らに言えば――という甘い誘惑のことは頭にはよぎった。
「私は何の力もない存在ですよ。私は自分が『救国の乙女』になれるなんて思ってもいません。私には『魔王』の側近なんて恐ろしい存在を探すような力はございません」
でも私はクロを、裏切らないと決めた。
私はクロの事を好ましく思っている。少なくとも、幸せになってほしいと、心穏やかに過ごしてほしいと、そんな感情を抱くぐらいには。
私はクロが『魔王』の側近と呼ばれるようなことを行っているとは思えない。
私の目の前にいるクロは、私と共に過ごすクロは、『魔王』の側近なんて呼ばれ、この国を危険に反らすような存在だとは思えない。
私は目の前の彼らが告げる『魔王』の側近よりも、一緒に過ごしたクロという存在を信じている。
幾らクロが『魔王』の側近だと言われていても、私は自分が見て、自分が感じた思いを信じる。人から聞いたことで、一緒に過ごしたクロを否定して、信じないなんてやりたくない。
私の心は、クロはそんな存在じゃないと訴えている。
「私はただ静かにここで暮らしたいだけです。陛下のご期待に沿えないのは残念ですが、そのような力はないことをお伝えください」
だから私ははっきりとそう言い切った。
「……そうですか。それは残念です」
代表の男はそういって踵を返す。これ以上追及されたら、無理やり連れて行かれそうになったら――とも考えたけど、私にはそんな価値もなかったということだろう。
素直に踵を返した男の後を、他のものたちも続く。
その中で私の事を睨みつけていた若い男たちは「金食い虫が」「『救国の乙女』ではなく、疫病神なのではないか?」などと酷い言い草だった。
彼らが去った後、私ははーっと息を吐いて、床に座り込む。
最後に王城からの遣いが訪れたのは、もういつだったか思い出せないぐらいだった。久しぶりの王城からの遣いで、クロのことを問いかけられるとも思っていなかった。
でもよかった。
なんとか対応が出来てとそんな気持ちでいっぱいだ。
正直言って男たちに睨みつけられると、足がすくんでしまいそうだった。怯えてしまいそうだった。でもなんとか、私は彼らに「何の力もない」とはっきり告げる事が出来た。
彼らはそもそも私に大きな期待はしていない。
ただ、『救国の乙女』になるだろう――とそんな預言をされていた私のことを、クロのことがあって思い出しただけなのだ。
だからこそ彼らは大人しく帰っていった。一応確認をしたけれど、何か魔法具や魔法が仕掛けられたという痕跡もなかった。それは私が侮られているからに他ならないけれど、私が侮られているからこそクロの存在がバレないだろうというのが分かってほっとした。
「……ジャンナ」
気づけば、座り込んだ私の傍にクロがいた。
クロは座り込んだ私の前にしゃがみこんで、問いかける。
「なんで、俺を差し出さなかった。俺を差し出せば、『救国の乙女』になれただろう」
やっぱりクロに私と彼らの会話は聞こえていたのだろう。
私はそんなクロの疑問に、
「昔話をしましょうか」
とそう言った。
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