来訪者 ②
「『救国の乙女』様」
「いらっしゃいますか!!」
大きな声が聞こえてくる。
私の事を『救国の乙女』と呼ぶ彼らは、もしかしたら私の名前なんて覚えていないのかもしれない。
それにしてもこれだけ大きな声を出されていると、クロにも私が『救国の乙女』と呼ばれていることを知られてしまっているだろう。……クロは、私が『救国の乙女』と呼ばれていたことを知って何を思っているだろうか。
そんなことを思いながら私は扉を開けた。
――もしかしたら扉を開けたら、大勢の兵士がいるのではないかと思っていた。もしかしたら、クロの事を追いかけている人がいるなら――と、でもそんなことはなかった。最低限の人数しかそこにはいない。
私を見る目は、訝し気だ。——というより、あれね、私なんて認めないといったそういった様子である。『救国の乙女』であると預言されながら、何の力も顕現しなかった私に期待外れだったと失望した目を向けていた人たちに似ている。
――あの時、私はショックだった。悲しくて、苦しくて仕方がなかった。
そのころから比べると、私は大人になった。
あの時のような、いま目の前で見せられているような視線を向けられるのは当たり前になった。
きっと彼らは、私の事を見て、これが『救国の乙女』かとそんな風に思っているのだろう。
「私に何か用かしら」
私は真っ直ぐに彼らの事を見る。こちらを見つめる彼らに――、何か一つでも疑いの目を向けられてしまったらいけない。
彼らはきっとクロが此処にいることは分かっていない。
ならば、クロが此処に居るともっと悟られないようにしなければならない。
「――こんな何処にでもいる女性が『救国の乙女』ねぇ」
「国王陛下たちをだましたんじゃないか。王妃になることを望んで……なんて浅はかな女なのか。こんな女に話を聞きにくる必要なんてなかったんじゃないですか」
まだ若い男性二人がそんなことを言いながら、私の事を睨みつけるようにみる。
あらあら、私の事を彼らはどんなふうに聞いているのだろうかとそんな気持ちになる。
――私にとっての悪い噂が王都で出回っていることは知っているけれど、長い年月が経過して、私の噂は結構薄れてきていたと思っていたのだけどな。
王都――特に王城だと、当時の私を知っている人も多いから、そういう噂が出回っているのかもしれない。
なんだか面倒だなと思いながらも、久しぶりに私の元を訪れた王城からの使いがどういった用なのだろうかと思案する。
「――やめないか。すみません。『救国の乙女』様。——貴方に聞きたいことがあります」
一人の壮年の男――先ほど言葉を口にした二人の若い男たちよりは、位が高いのだろう――その男の言葉に、私は「なんでしょうか」と答える。
彼らにとって、私は『救国の乙女』と呼ばれる予定であった女性でしかない。私の名前も何もかも興味はない。
――婚約者であった人や、仲よくしていた人にとっても、私は『救国の乙女』としての価値しかなかったのだろうか。だからこそ、『救国の乙女』になれなかった私に、彼らは会いにも来ず、手紙もよこさないのか。ああ、駄目だ。目の前の彼らの態度を見ると、昔のことを少し思い出してしまう。
私が、『救国の乙女』と呼ばれていた頃の事。
……あの頃は、親しい人達はちゃんと私の名前を呼んでくれた。
――ジャンナ、ジャンナ様と、名前を呼んでくれていた。
懐かしい記憶に目を細めていると、目の前の男が言った。
「貴方は、最近我が国を騒がせている『魔王』の側近の事を知っていますか」
彼はそう口にした。
私はその言葉に反応を示しそうになった。けれど、此処で反応を示してしまったら――、駄目だということが分かる。だからなんとか冷静さを装って、彼らに問いかける。
「『魔王』の側近、ですか?」
彼らが何を思って、私に対してクロのことを聞きに来たのか。クロが此処にいると知っているわけではない――とそのことは分かる。だって知っていたのならば、きっと彼らはこんなまどろっこしいことなどしない。
私の事を侮っていて、私のことを何も出来ない存在だと思っている。
「はい。『魔王』の側近です。二年前に『魔王』が倒されたことは、『救国の乙女』様もご存じでしょう?」
まるで私が『魔王』の側近のことを知らないわけがないといった言い草。——私が本当に彼らが思っているように、ずっとここで大人しく過ごしている女性だというのなら、知らない可能性もあるだろう――とそう思うのだけど。
それとも彼らは、私がどういう生活をしているかなど知らないこともあるのだろうか?
「ええ。それで何を私に聞きたいのですか」
「貴方は、『魔王』の側近の居場所を知っていますか」
男の言葉にドキリとする。
けれど、次の言葉に冷静になる。
「貴方は、『救国の乙女』になると言われていました。
そんな貴方は『救国の乙女』として力を開花しなかった。でも、貴方のことを預言した方は必ずあたると有名でした。
もしかしたら貴方は『魔王』の側近のことで『救国の乙女』に至るのではないですか?」
――真っ直ぐに見つめて、そう問いかけてきた。
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