来訪者 ①
クロは私に呪術について聞いて以来、たまに何かを考えるような素振りを見せている。
――クロが何を思っているのか、クロが何を考えているのか、それを気にして、私はクロの気持ちを紛らわせようと話しかける。
私はクロを知らない。
――そしてクロも、私を知らない。
クロを拾ってから、数か月ほど経過しているにも関わらず、私たちはただ共に過ごしているだけだ。
私たちの関係は、なんと表したらいいのか分からない。
倒れていたクロと、拾った私。それは友人でもないし、家族でもない。ただ一緒に暮らしているだけの関係。
「クロ、今日は何を食べたい?」
「ジャンナの作るものは何でもおいしいからなんでもいい」
「ありがとう。美味しいと思ってくれているのね。嬉しいわ」
クロの嘘偽りのない言葉が私は嬉しい。クロは素直で、あまり嘘はつかない性格である。
そう言う性格は人によっては嫌がるかもしれないが、私はそういうクロの性格が好ましく思える。
「ジャンナは料理が得意だよな。どうやって学んだんだ?」
「そうね。生まれ育った村で習ったのと、侍女たちから習ったのと、あとは一人暮らしで学んだことぐらいね。そう考えれば私は習ってばっかりね」
「侍女?」
「あー、えっと、ちょっとそういう機会があったのよ。侍女とかと接する機会が」
クロは私の”侍女”という言葉に不思議そうな顔をしていた。侍女なんてものがつかえているようなお嬢様はこんな森の中で暮らしたりなんてしないし、そもそも侍女になれるだけ教養があればこんな所にはいない。
うん、クロが不思議そうな顔をするのも当然だろうなと思う。
クロも侍女という存在はなじみ深いのだろうか。侍女と呼んだその響きを聞いた限り、何だか接したことがありそうなそんな感じに聞こえる。
クロは侍女という存在となじみ深そうだというのならば、クロもいい所の出なのだろうか。
でもそういう雰囲気でもないのよね。でも侍女がいる屋敷などに仕えていたとかなら、『魔王』の側近なんて呼ばれることなんておかしいし。
うーん、やっぱりクロはよく分からない。
クロはどういう風に生きてきたのだろう。
「ねぇ、クロ。私、クロと一緒にいるの、楽しいわ」
私がそう言って微笑めば、クロは照れたように笑う。
クロの照れたような表情が可愛いなぁと思う。男の子にこんなことを言ってしまったら、クロも嫌だろうから口にはしないけど。
かっこいい部分も、可愛い部分も持っているクロは魅力的な男の子だと思う。
「……俺も、ジャンナと過ごすのは、楽しい」
ぼそっとクロが言ってくれた言葉。
その言葉が嬉しくて、だけど、照れくさくて、クロの頭を撫でた。
私はただ、クロとの穏やかな日々が続いて欲しい。
少なくとも、クロがもっと元気になってくれるまでは。
クロがもう少し、前へと進もうとしてくれるまでは。
――そして私より年下で、未来ある若者であるクロがちゃんと生きられるように。
――『救国の乙女』になんてなれない私が、誰かに対してそんなことを思ったのがいけなかっただろうか。
ずっと、『救国の乙女』だと自分が呼ばれていたことなんて忘れるほどの暮らしをしていたから、気を抜いてしまったのがいけなかったのだろうか。
――だけど、穏やかな日々が続いて欲しいと願っても、確かな変化は訪れる。
クロと過ごす日々は、何処までも穏やかで。
それは私が『救国の乙女』と呼ばれていたことも。
それはクロが『魔王』の側近とされていることも。
それもすべて忘れていた。
ただ、穏やかで優しくて――。
ただの私と、ただのクロがそこにいるだけで。
他の物なんて誰一人として存在しない。
そんな暮らしが続いているから、私は忘れていたのだ。
幾ら、私が忘れ去られていても、
幾ら、私が『救国の乙女』になるはずがないと諦められていても、
幾ら、私が預言されたとしても、普通の女でしかなかったとしても、
それでも私が預言された乙女であることは事実なのだ。
何を言われたとしても、誰が何を言ったとしても、
私が『救国の乙女』と呼ばれた事実は覆らない。
その日は、ある晴れた日のことだった。
私とクロは、「おはよう」と挨拶をしあって、いつものように一日を始める。
クロが外で訓練を終えてから、朝食を一緒に食べる。
「クロ、今日はどうする?」
「そうだな、今日は森の方に――」
クロが口を途中で閉ざす。そして警戒したように扉の方を見る。
「誰か来る」
クロはそう口にして、警戒したようにこちらを見る。——ここでクロは、まだ少しは私の事を疑っているのかもしれない。私が誰かを呼んだのかもしれないと、少しはまだ、疑いがあるのかもしれない。
「クロ、隠れて」
――私はクロのことを誰にも言っていない。そもそも私は王都に行った以外はクロ以外と交流を深めていない。
でもクロが私を疑うのも当然だ。
「私への来訪者だと思う。もしクロを探しに来たっていうなら、私を人質にしてでも逃げなさい」
――クロへの来訪者というより、『救国の乙女』と呼ばれていた私への来訪者である可能性の方が高い。
ここ数年私の元へ様子見に来ていなかったから、ふと私の存在を思い出して此処に来たのかもしれない。
忘れられた、英雄と呼ばれるほどの力などない私の元へクロが居るなんて彼らは期待などしていないだろう。
――私にそんな力がないことは、彼らが一番知っている。
クロは私の言葉に何か考えたような態度で、だけど頷いた。
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