クロと本 ⑤
「クロ、どうしたの? 何か怖い夢でも見た?」
私はクロが顔をこわばらせていて、様子がおかしくても、恐怖は感じなかった。
クロが私に対して、そのいら立ちをぶつけることなどないとそう知っているから。それよりもクロに何かあったのだろうかと心配になる。
クロは呪術の本を読んでいたはずなのだけど、どうしたのだろうか。
私が心配そうにクロに近づけば、クロは口を開く。
「……呪術について、聞いてもいいか」
「ええ。いいわよ」
クロが何を思って、呪術を知りたいと思ったのかは分からない。だけど、クロは「呪術ってすごい!」という単純な好奇心からそのことを聞いてきたわけではないことは分かる。クロは呪術の本を読んで、何かしらの感情を呪術に対して抱いている。
クロにとってみればもしかしたら重要なことなのかもしれない。
それにしても私は呪術の事を学んだとはいえ、全てを知っているわけではない。クロの知りたいことを答えることが出来るだろうか。
……答えられなかったらクロに失望されたりしてしまうだろうか。
そんなことを考えながら「クロ、座って話しましょう」と声をかけ、互いに椅子に腰かけ会話を
始める。
「それで、クロは何を聞きたいの?」
「……呪術っていうのは、大きな呪術だとどんなことが出来る? この本には広い範囲で影響を与えるとあるが」
「そうね。呪術というのは、その名の通り呪いの力よ。簡単な呪術だと、相手を少し不快にさせたり、ちょっとだけ動物に嫌われるように仕向けたり――とか、そういうものね。そういう簡単な呪術なら私も使えるわ。でも大きな呪術だと、それこそ数えきれないほどの街単位の人に対して影響を与えることも出来るはずよ。昔、犯罪者として処刑された呪術師は町全体を洗脳のようにして、ハーレムを作って好き勝手していたらしいわ。そういう犯罪者がいたからこそ、呪術というのは忌避されてきた」
呪術というのは、それだけ強大な力だ。
もちろん、魔法も似たようなものだけど。呪術というのは呪いの力だ。上手く活用をすれば、魔物に不快感を与えることができたり、周りの生物に働きかけて魔物討伐に役立てたりもする。国家としては、呪術師の呪術を使って、他国との交渉を上手くいかせたり――とかそういうのは出来るだろう。
でも犯罪にも使いやすい。
過去にいた犯罪者の中には、驚くべきことに街単位で呪いを施して、人を操るような真似も出来た人が居たぐらいだ。
クロが改めて私に呪術の事を聞いているのは、本に書いてあることが本当に正しい事なのかという確認のためだろう。
「呪術というのは、術者が死んだら解かれるものなのか? その後も続く呪術もあると、此処にはさらっとかかれているが」
「基本的には呪術は術者が亡くなったら解かれると思うわよ。先ほど言った街単位で呪術を使っていた呪術師の呪術も、死んだ後は解かれたはずだわ。私に呪術を教えてくれた人も、基本的にはそうだと言っていたわ」
それにしてもクロは呪術に良い意味でか悪い意味でかは分からないが興味は抱いているようだ。
少し強張った顔をしているとはいえ、クロは呪術を悪用したりはしないだろうけど――、こうして知りたがるというのは、クロの心の傷に何か関係があるのだろうか。
気になりはするけど、これで聞いて、クロから嫌われたらいやなので自分からは聞かないことにする。
呪術というのは、基本的には呪術師が死ねば解除される。死んだ後も続く呪術なんてよほどの例外がなければない。
「とはいえ、その本に書かれているように術者が死んだ後も続く呪術はあるわ。よっぽど強い思いを込めて呪術を放ったか、何か触媒を使っているか――のどちらかだと思うわ」
「術者が死んだ後に放たれる呪術についても、ちょっと書かれているが、そんなこともあるのか?」
「そうね。ほとんど例がないからその本にも少ししか書かれていないけれど、あるらしいわね。呪術師の人に私も気になって質問をしたことがあるのだけど、その場合は誰かがその呪術師の魔力のこもった呪いを使って行っていたのではないかといっていたわ。死んだあとも続くような呪いを宿せる人なんてそうはいないから、私も実物は知らないわ。事例も数百年前の文献に一件のっているだけみたいだし、現実味がない話だと思うわ」
私がそう告げれば、クロは少しだけ何かを考えるような仕草をする。
クロは結構細かいところまで気になる人なのだろうか。術者が死んだ後に行使される呪術なんて数百年間、事例がないものだ。文献にのっているその死したあとの呪術も本当にあったことなのかは今は確認する術もない。私はどうしても本当にそんなことが出来るのか? と疑ってしまっている。
「もし本当にその死んだ後の呪術が続いていて、それを解除するには何が必要だと思う?」
「そうね……。結局のところ、誰かが呪術を発動させたからこそ、その呪術があるわけだからその発動させた犯人を突き止めて、おそらくあるであろう触媒となった何かを壊すことだと思うわよ。あくまで、そういう呪術があると仮定をすると、やっぱり触媒となる何かがなければそんなものできないと思うもの」
あくまで仮定だと告げて、私はクロにいう。
本当にそういう呪術があったとして、何か触媒となるものがなければ――、呪術の発動など出来ることはありえないだろう。幾らその呪術師が生きていた時に偉大であったとしても、その呪術師の呪いの込めたものがなければ、残されたものが呪術を行使することなんてありえない。
「……そうか、分かった」
クロはただそう口にした。
それ以上、クロは呪術について聞いてくることはなかった。
ただその日から何を思ってか、呪術の本をクロはよく読むようになった。
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