クロと本 ④

 私はその日、何時ものように錬金をしていた。

 王都にはしばらくいかないとはいえ、錬金は私にとって趣味で学んでいて楽しいものなので、時間があるとやはりやりたくなるものなのだ。






 クロが時間を見つけては剣を振るっているのと同じことだろう。






 今日はいつものようにポーションを作るというだけではなく、錬金でクロのために何かを作れたらと思っている。

 私はクロがもっと穏やかな日々を過ごせればいいのにと望んでいる。








 最近のクロは自分から何かをしようとしたり、私に話しかけたり、表情が豊かになったり――と以前よりも良い変化が見られている。






 とはいえ、クロの問題が何か解決したわけでもない。クロは時々うなされていたり、何かを思い出してか怖い顔をしていることもある。クロの中に刻まれた心の傷というのは無くなっていない。






 今は私とクロしかいない生活だからこそ、クロは傷つくことなく此処に居れる。

 けれども、そんな生活が延々と続くことはありえない。クロの心の傷が癒されますように、クロが穏やかに過ごせますようにと、願いを込めて錬金窯で道具を作ろうとぐつぐつ煮ているが、流石にあまり作り慣れていないものは失敗してしまった。






 あまり材料も多くないから、失敗してしまってがっかりした。

 初めて作るものだし仕方がないとはいえ、錬金を学び始めた頃より私は成長したから作れるかなと思ったのだけど……とそんな気持ちに陥ってしまう。

 今作ろうとしていたのは、『救国の乙女』として過ごしていた頃に失敗した道具である。あれから結構な時間が経っているというのにまた失敗してしまったのだ。






 此処で一人暮らしをするようになってから、生活のためにもポーションばかり作っていたとはいえ、錬金の技術は前よりも上がったと思っていたのだけど。






 そう落ち込むものの、クロのためにもまた挑戦だと私は錬金を再開する。








 ――結果として、全て失敗した。

 私に錬金術を教えてくれた人は、簡単に説明していた気がするが、やはり錬金術の才能もそれなりしかない私にとっては難度の高いものだったのかもしれない。








 でもクロのためにももう少し挑戦してみようと思う。










「ジャンナ、どうかしたのか」

「……少し錬金で失敗しただけよ」






 流石に出来てもいないので、クロに何を作ろうとして失敗したかは告げるつもりはない。




 それにしてもクロは私が何か失敗したと知るや否や、昼食を作ってくれていた。食材を焼いただけという簡単なものとはいえ、こんな風に誰かに何かをしてもらえることは心が温まる。












「少しぐらい失敗しても落ち込まなくていいだろう。あれだけ良いポーションを作れるんだから」

「ありがとう、クロ」






 クロが慰めるように口を開いてくれた。やっぱりクロは優しいなぁとその頭に手を伸ばしそうになって、慌てて引っ込めた。






 けれど、クロには私が手を伸ばしたのは把握されていたので、クロは「どうしたんだ?」と怪訝そうに聞く。






 折角クロと仲良くなれてきたのに、私が手を伸ばしてクロに何かをしようとしていたと誤解されているのだろうか。




 此処で嘘をついてもクロからの不信感が募るだけだろうと、私は慌てて口を開く。










「クロ、あのね。私、貴方の頭を撫でたくなっていたの」

「……俺の頭を?」

「ええ。クロはとても良い子ねって、そう思ったからクロの頭を撫でたくなったの。でもクロは小さな子供ではないし、頭を撫でるのは駄目かなと手を引っ込めただけよ。クロに何かをしようとしたとかではないからね?」






 年下とはいえ、大きな男の子の頭を撫でたいなんて口にするなんてクロに引かれたりしないだろうかとそんな気持ちになったものの、クロからの信用を損なう方が大問題だ。






 私が慌ててそう答えれば、クロはぽかんとする。可愛いなんて男の子に思ったら失礼かもしれないけれど、少し可愛いなと思った。








 そしてぽかんとしたあと、クロは無言で頭を差し出す。






「え」

「撫でたいんだろ、別に、ジャンナならいい」






 驚く私にクロはそんなことを言うから、クロがそんなことを言うと思っていなかった私は驚いてしまった。








 わざわざ頭を撫でやすいように、差し出してくるクロに思わず笑みが零れる。






 私はクロの頭へと手を伸ばす。クロの綺麗な黒髪は、さらさらだ。出会った時は追われていたのもあって、少し汚れていたけれど、この家でお風呂に入っているのですっかりクロの髪は綺麗だ。

 触り心地の良い綺麗な黒髪。幾ら撫でていても飽きないように思える。






 それにしてもクロが頭を撫でていいというなんて私にとっては予想外だった。








 クロは平気そうに見えてもやっぱり、傷ついていて、人恋しいのかもしれない。

 『魔王』の側近として、人々に追われる中で疲れて、癒しを求めているのかもしれない。






 ならば、クロが嫌がらない限り年上としてもっとクロのことを甘やかそうと思った。

 そうすることで、クロがもっと心穏やかに過ごせるようになれたら私は嬉しい。










 その日から、私は機会があるごとにクロの頭を撫でるようになった。クロはそれを嫌がりもしない。














 また私とクロの日常に新たな事が刻まれた。——穏やかに過ぎていく中で、クロは呪術の本を読もうと思ったらしく、その本を手に取って、部屋へとこもった。






 私はその本がクロへ何かしら良い影響を与えてくれたらいいなと思っていたのだけど、






「ジャンナ」




 しばらくして本を手にリビングにやってきたクロは少しだけ怖い顔をしていた。




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