クロと本 ③

 クロの日常の中に、読書というのが含まれるようになった。

 クロは体を動かすことが得意だけど、何かを学ぶことも嫌いではないのだと思う。まぁ、やる気がないことはこんな風に必死にはやらないだろうけど。






 クロの本の好みもなんとなくわかるようになった。

 クロは戦いの本などの方が好きだ。クロも男の子だから女性の興味を抱くものよりも、そういうものの方が好ましく思うのだろう。








「クロ、本を読むのはどう?」

「結構楽しい」




 クロは案外、本を読むということを楽しんでいた。







 こういう時、詰まらなかったらクロは「あまり面白くなかった」とか口にしそうな気がするし。

 そう考えると本当に心から楽しんでいるのだろうと思う。








 クロがこうして、何かを楽しいと口にしてくれるだけでも嬉しい。このままクロと穏やかに時を過ごせれば――なんてそんなことを考えてしまうけれど……私が『救国の乙女』になるだろうと預言されていたことや、クロが『魔王』の側近と呼ばれていたという事実がある限り難しいだろうか。






 そもそも私はクロにずっと、此処に居てほしいなんて淡い期待を抱いているけれど、クロが何処に行きたいと望んでいるかも私は知らない。






 クロが何処かに行ってしまうかもしれない。そう思うと、寂しくなる。

 ――けど、きっとクロは『魔王』の側近という誤解が解ければ、私の傍にいる意味はなくなる。誰かから追われる日々もなくなる。——こんな所にいる意味もなくなる。






 クロが心穏やかな日々をおくれますように、『魔王』の側近という肩書が外れますように、とそれを願う一方――私はクロがこのまま此処にいてくれたらとも願っている。






 ただクロがいる日々が穏やかで優しいから、それを望んでしまう。

 ……クロ自身に、そういう感情を口にしても困らせてしまうだけだろうし、そういう気持ちを告げるつもりはないけれども、それでもそんな気持ちにさえ、なってしまう。












「ねぇ、クロは他の本には興味がない? 色んなジャンルの本がこの家にはあるのよ」

「……どんなのがあるんだ?」

「そうね。魔法のものとか、珍しいものだと呪術のものとか、あ、呪術の本を持っているとはいっても後ろ暗いことに使ったことはないわよ。ただ私は自分が何を出来るか模索していた時があって、その時に色んなことをやったの」






 呪術と口にした時に、クロが少し怪訝そうな顔をしたので慌てて私は口を開く。






 呪術というのは、少し危険な力だ。人を呪ったり、人に働きかける力。それはその言葉からして忌避されることは多い。とはいえ、その力の有効性も証明されているので、この国でも呪術師として有名な人もいるものだ。






「いや、それは心配していない。ジャンナはそんなことをしないだろう」

「あら、クロは私の事をそんな風に信用はしてくれているのね。嬉しいわ」

「一緒に過ごしていればそのくらいわかる。そもそもジャンナが本当にそういう事を行う人間だったら、『魔王』の側近と呼ばれている俺のことを拾ったり、面倒を見たりしないだろう。たとえ、ジャンナがこれで俺をだましていたとしても、それは俺の見る目がなかったというそれだけの話だ」








 ――クロは私の事を完全に信頼しているわけではない。けれど、私がそういう事を行わないという事は信用してくれているらしい。


 最初にクロに出会って、クロが私を警戒していた頃に比べれば、この穏やかに過ごしてきた時間の中でその信用を勝ち取ることが出来たと思うと心がじんわりとする。








「私はクロをだましたりしていないわよ。まぁ、口でいっても信用できないかもだから、そのあたりは行動で示すだけね」

「そうか。それにしても呪術の本は数が少ないのに、よく持っていたな。使い手も少ないのに」

「そうね、貰い物よ。この国も前までは呪術師などに対する差別も強かったものね」






 現在、この国では呪術師への差別は薄れてきている。






 とはいえ、呪術と言うのは少し前までこの国でも認められていない力だった。呪術師として活躍した英雄が過去にいて、その英雄の功績から、呪術師の力は認められるようになった。

 しかしそれまでは呪術といった類のものは、危険なものだとされていた。






 『魔王』や魔族、魔物といった人に仇をなすものたちと同一視されていた。そしてその書物やそれにかかわるものは処分されてきた。




 私がどういう形で『救国の乙女』へ至るのか誰も分かっていなかった。

 だから私は呪術といった今まで忌避されていたものなども学んでいたのだ。その一貫で、この国でもそんなに数がない本が此処にはある。








「呪術も、忌避されているものだからな。俺は……純粋な人間以外の血も継いでいるから、それに加えて呪術なんて学ぶ気もならなくて、それで学んだことはなかった」

「ああ。そうなのね。それは想像していたわ」






 この世界には人族というのは、様々な種族がいる。








 人間、エルフ、ドワーフ、竜族など、そういう人たちだ。クロが強いのは、そういう人間以外の血も継いでいるからのようだ。

 この人間以外の種族に関しても、この国や周辺地域では少し前まで差別の対象でもあった。人間と他の種族では様々な違いがあるのだ。

 今は同じ人として受け入れられているとはいえ、クロも人と違うことで何か嫌な目にあったことがあるのかもしれない。






 そんな中で同じく過去に差別の対象である呪術について学ぼうとは思わなかったのだろう。






「それに俺は、剣の方が好きだったから。あとは魔法も使えはするけど、やっぱり剣の方がしっくりきた」

「そうなのね。まぁ、興味を抱いたらでいいから読んでみたら? 全然知らない世界を知る事が出来るのは案外楽しいわよ」








 クロが全く知らないものならば、学ぶことが出来たら余計に楽しいのではないかと思ってそう口にした。






 クロはその言葉に「そうだな。気が向いた時に読む」と、ただそう答えるのであった。

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