クロと本 ②

 クロと剣を交えるようになってから、またしばらくが経つ。

 また私の当たり前の日常の中に、クロと行うことが刻まれる。——クロという存在は私の日常を、徐々に侵食していき、クロがいるのが当たり前だと私は認識している。




 本当にクロが此処からいなくなる、そんな日が来たら私はどれだけのショックを受けるだろうか。

 そんな考えても仕方がないことを考えてしまうぐらい、私はクロを気に入っていた。










「クロ、これはね――」






 クロは自分から沢山の事を質問するようになった。私自身のことを聞いてくることはないのだけど、何か気になることがあったら、私に問いかけをする。






 クロの口数も前よりも増えてきて、クロは表情を豊かにしていく。






 クロが質問をしてくると、私は嬉しくなって、意気揚々と沢山喋ってしまう。やっぱり私は人と話すことに餓えていたのかもしれない。自分では全く自覚なんてなかったけれど、きっと私は人と話したくて仕方がなかったのだ。

 ずっと、一人で過ごしていたから。




 王都に行くことはあっても、『救国の乙女』になると言われていたなんてバレるわけにもいかないし、誰かとこれだけ話すことなんてなかった。

 ううん、『救国の乙女』として王城に引き取られてからも、限られた人以外とはこんな風に仲良く話すことなんてなかった。






 ……もしかしたら故郷を出てからずっと、私はこうして当たり前に誰かと話すことをしたいと思っていたのかもしれない。

 『救国の乙女』になるであろう――というレッテルがない状態で、ただ人と話すなんて、本当に久しぶりだ。












「本当にジャンナは物知りだな。そういう知識はどうやって手に入れているんだ?」

「私はそうね、学ぶ機会があったのと……あとは全部本で学んでいるわ」






 ただ必死に学び続けた『救国の乙女』として過ごしていた時期。その時期は、婚約者に相応しくありたいと、ずっと私は学び続けていたんだなと昔を思い出すと懐かしい。




 その後は残された本を読んで、知識だけはつけてきた。

 でも今は『救国の乙女』になれるかもしれない、なるんだ――っていう期待から学んでいるのではなく、本当に自分のために、学びたいから学んでいるだけだけど。








「そうやって物知りなの凄いと思う」

「私なんて全然よ」






 自分が凄いなんて全く思えない。私はただ人より時間があって、ただ学んでいただけだから。

 そういうと、クロは「過小評価だな」なんていうけど、私は自分の事をちゃんと評価していると思う。






「俺も、何か読んでみようかな」

「読みたいなら、家にあるものならどれでも読んでいいわよ」








 クロは本を読むことは苦手なのではないか、と思っていたけれど本を読みたくなったようだ。聞いてみたら、本を読もうと思ったのは、私が沢山知識を持っているから――らしい。








「今まで本を全然読んでこなかった。身体ばかり動かしていた。でもジャンナと一緒にいると、本も読んでみようかなと思ったから」

「そうなの? でも今まで本を読んでこなかったなら、急に難しい本を読むと疲れるわよ。まずは簡単な本から読む? 伝承などの本もここにはあるのよ」






 本当に沢山の本が、私の家にはある。

 様々なジャンルの本たち。その中には、本をあまり読んでこなかったクロでも読みやすいものがあるだろう。




 まずは絵本からがいいだろうか。いや、でも流石に青年であるクロに絵本を読ませるのはどうなのか?






 うーん、とりあえずクロが読みやすそうなものを持ってこようか。

 私はそう決意して、部屋の中から初めて本を読む人でも読みやすいものを物色してくる。






 絵本や簡単な説明書、あとは武器についての本。そういうものを手に取る。クロは剣が好きなら、剣について書かれている本なら気に入るだろうかとも思った。それに絵本は剣を手に持った英雄が戦うものもある。




 クロは気に入ってくれるのではないか、とそう思って「まずはこういう読みやすいのから読むのはどう?」とクロに対して本を進めた。






 クロはその本、一つ一つを手に取って、どれを読もうかと悩んでいる。






 そしてクロは一冊の本を手に取る。それは絵本だった。








「……あんまり本読まないから、とりあえずこれ読む」

「いいと思うわ。全然本を読まないなら、はじめはそういうところから読んだ方が読みやすいもの」

「ああ。それにこれは、昔聞いたことがある絵本だから」






 この絵本のことを昔誰かにクロは聞いていたらしい。

 まぁ、この国でもこの絵本は有名な英雄譚をもとにしている。






 王国民には広く知られている絵本だ。






 クロはパラパラと絵本を捲り、読み始めた。私はそれをちらりと見ながら、自分も読書に勤しむのだ。






 少しずつ知識が蓄えられるのは嬉しい。

 この場所で生活するための多くの知識が本には詰まっていて、とても役にたつしね。






 それにしても黙々と本を読むクロもとても様になる。

 整った顔立ちをしているからというのもあるだろうけど、クロって何をしていてもなんというか……絵か何かを見ているような、そんな気持ちになる。










 クロはしばらくして読み終えると、



「面白かった」



 と口にする。








「楽しんでもらえたなら良かった。次は何か読む?」

「……今日はいい。明日読む。ちょっと外いってくる」






 あまり本を読んでこなかったクロにとっては、絵本一冊読むのももしかしたら疲れたのかもしれない。慣れないことというのは、どんなことでも疲れるものだしね。






 一先ず今日はもう読書はしないらしい。明日またするつもりというのならば、クロにお勧めの本でも探しておこう。



 そんなことを思いながら、私は本を探しに部屋にこもるのだった。






 しばらくクロはどんな本を気に入るかなと悩んでいれば、すっかり時間は経過していたようだ。






 気づけばクロが、



「魔物狩ってきた」




 と、外から帰ってきていた。








 今日は少し小さ目の鳥型の魔物だ。でもこの魔物、すばしっこくて捕まえにくいと聞いているのだけど、クロは綺麗に傷をつけずに狩ってきていた。






 その鳥の魔物のお肉と、とれたての野菜でバーベキューのように今日はした。

 クロは美味しそうにバクバク食べていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る