クロと本 ①

 私とクロの日々は穏やかに過ぎている。

 クロはあれから時々、一人で狩りに出かけるようになった。






 私はクロが出かけるたびに、クロが帰って来ないのではないかと不安にさいなまれていた。

 此処はクロの家というわけでもなく、クロが出ていくのも自由なのに。私はクロが追手に捕まるのではないかという不安と同時に、クロが何処かに行ってしまうのではないかと不安がっている。






 ――私はただ、放っておけないからとクロを拾った。

 けど、私の中でクロを大切に思う気持ちは大きくなっていく。






 共に過ごしていればクロの性格も分かる。

 特に最近のクロは、精力的に動くようになっているのだ。前の抜け殻のように過ごしていた時とは違い、ちゃんと”生きている”というのを実感させる。








「――クロ、お疲れ様」






 今日もクロは朝から体を動かしていた。洗練された、身軽な動き。その動きが綺麗だと思う。クロはちゃんと剣を習ってきた人なのだと、見ていたら分かる。

 クロが何処か楽しそうに剣を振るっている様子を見ると、私は本当に良かったなと嬉しくなる。






 なんというか、クロに失礼かもしれないけれど――、拾った傷ついた動物が、少しずつ元気を出して、懐いてくれているようなそんな感覚というか。

 もちろん、クロは人であるからこんなことを思うのは失礼かもしれないし、クロは嫌がるかもしれないけど、何だろう、凄く良かったねと頭を撫でたい気持ちになるというか。……いや、まぁ、流石にやらないけどね。






 果実を絞ったジュースをクロにさしだせば、クロは美味しそうに飲んでくれる。

 私も搾りたてのジュースを飲む。やっぱり美味しい。自分が一生懸命育てているものだからこそ、より一層美味しく感じられる。








「美味しい」

「良かったわ」






 折角育てている果実だから、ちゃんと育ってくれた方が嬉しい。誰かに自分が育てたものをふるまうのもクロが久しぶりだから、毎回、それを思うと嬉しくなるものだ。








「ジャンナも、少しは剣をやるんだよな」

「少しはね。習っただけよ。護身にぐらいはなるのではないかしら」






 私のはクロみたいにずっと学んできたものでもない。しばらく習ってもいないし、せめて相手を怯ませる程度の効果しかないだろう。






「……こんな森の中に、女一人は危険だろ。ちょっと打ち合いでもするか?」

「それは助かるわ。クロは強いものね。クロに習えるならちょっと強くなれそう」






 しばらく剣を振るっていない私がクロに見てもらった程度で、強くなれるとは思わない。でもクロに習えば少しは力になるのではないかとそんな風に思う。






 だから私は頷いたわけだけど――、




「やっぱ、凄いわ」




 まったく、私の剣はクロに届く事はない。








 クロは私が何処から向かっていっても、どんな風に向かっていっても簡単に対処をしてしまう。それだけクロは戦い慣れていた。

 私なんかよりもずっと、戦いの中で生きてきたのが分かる。






 ――クロはやっぱり凄い。

 これだけ凄く強くて、優しくて――、まるで英雄か何かになれそうなほどに、魅力的なクロ。

 本当にどうして、『魔王』の側近だなんて呼ばれるようになったのだろうか。










 クロと剣を交えていると、余計にクロの人柄が分かる。

 剣を交えると、その人が見えてくる。——私に剣を教えてくれた騎士の人もそんなことを言っていたっけ。

 クロはやっぱり真っ直ぐで、優しい。傷ついて、悲しんで、それでも心の奥底では、優しいのだと思う。








 『魔王』の側近と呼ばれ、王国に捕らえられ、傷つけられていたクロ。

 それでもクロは、憎しみなどよりも、ただ無気力になっていただけだった。誰かを傷つけようなんて行動を起こすこともない。——クロが傷つき、無気力になった段階で私がクロを拾えたのは良かったのかもしれない。






 優しいクロが、もっと傷ついて、もっと心動かされる前に拾えた事。

 それは良かったことだと思う。傷つき続けた心はきっと、いつしか、クロを突き動かすことになるかもしれない。

 クロが後から後悔をするようなことを、行ってしまっていたかもしれない。






 そう思うと、今クロが、真っ直ぐでいてくれることにほっとする。










「はぁ、疲れた。久しぶりに剣を振るうと疲れるわね。でもこれからちょっとでも付き合ってくれると嬉しいわ。最近さぼっていたから」




 久しぶりに剣を振るったことは疲れたけれども、クロは人と剣を交えることが好きなのだろう。私と剣を交えることが出来て、満足している様子だったから。

 もちろん、私も剣の腕が磨けるなら磨いた方がいいとは思う。今の所、何も問題はおこっていないけれどクロが言っていたように私は此処で一人暮らしをしている。若くはないとはいえ、女の一人暮らしというのは、色んな意味で襲われる可能性はある。——そういう風に襲われることがないように、自衛はすべきである。








「ああ。幾らでも」




 クロはそう言って笑った。






 ああ、やっぱりクロは剣が好きなのだ。剣の事を語るクロは、普段よりも年相応で、何だか可愛い。

 それにクロは私に教える時も、丁寧だった。今まで誰かに剣を教えてきたことがあるのだろうかと、それを連想させるぐらいにクロは教えるのが上手だった。












 美しい見た目に、強さを持ち合わせ、これだけ洗練した動きが出来る。

 クロは改めて凄い人だと、接すれば接するほどわかる。私が拾ったからと傍においていてはいけないような――そんな特別な存在にさえ思えてしまうのだった。

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