クロとの距離 ⑦
クロが目の前で、剣を振るっている。
私があげた長剣はクロの手に馴染んでいるようだ。
クロが楽しそうに、剣を振るっているのを見ると何だか嬉しい。
それにしてもなんて洗練された動きだろうか。その美しい動きに、私は思わず見惚れてしまいそうになる。
私も少しは剣を扱ってきた身だからこそ、余計にわかる。
クロがどれだけ剣を扱うのが得意なのか。クロは本当にずっと剣を振るってきたのだろう。——そしてその努力を持ってして、これだけの力を手に入れたのだろう。
それにしてもいいなぁ、年下の男の子がこれだけ一生懸命、剣に夢中になっているのを見ると、とても応援したくなる。
じーっとクロを見ていたら、視線に気づいたらしいクロがこちらを向く。
「ジャンナ、何」
「クロは凄いなと思って」
「凄い?」
「ええ。素振りをしているだけでも、貴方の剣が洗練されていることが分かるもの」
見ているだけでも分かる。クロがどれだけ努力をしてきたのか。それが分かる剣筋。
「クロはずっと頑張ってきたからこそ、これだけ凄いのねって思って。凄いなって思うのよ」
「……そうか」
「ええ」
「……ジャンナは、剣の腕とか、分かるのか?」
「少しはね。私も少しだけ剣を振るったことあるもの」
私が笑ってそう告げれば、クロはまた不思議そうな顔をする。だけどクロはそれ以上聞かないので、私は農作業を続けることにした。
しばらくクロは剣を振るっていたけれど、少し経つと私の方にやってくる。
「どうしたの、クロ」
「いや、手伝おうかと思って」
「いいの? クロは剣をやりたいんじゃないの?」
「……俺は剣ばかり振るってきたが、流石に世話になっているからな」
ようやく色々と何かをやろうという意欲を出したクロ。正直、そんなクロなので好きなことを好きなだけやってもらえればいいと思っていたのだけど、クロは私のお手伝いをしてくれるらしい。
自分からこんな風にいって、重いものをもってくれたりするクロはやっぱり優しいなと嬉しくなる。
クロは私がやっている農作業を手伝ってくれる。やっぱり男の子は力が強いなと実感する。
「あ、待ってクロ。その採り方じゃダメよ」
「そうなのか? ごめん」
クロは果実や野菜をとる事はそこまで慣れていないらしい。
綺麗な顔をしていて、私よりも強そうで――そんなクロでも苦手なことがあるのだなと思うと、ふふっと笑ってしまう。
クロが初めて収穫した野菜は、ちょっとかけてしまっていた。農作業などをすることなく今まで生きてきたんだろうなと分かる。
その手は剣ダコが見られて、本当にずっと戦ってきたんだなとわかる。
「クロ、あのね、ここは――」
「クロ、これはね」
お手伝いを申し出てくれたクロに、嬉しくなって色々と教えてしまう。
色んな事を口に出してしまって、私ははっとなる。
「あ、ごめんね。つい、色々話しちゃったけど、退屈してたりしない?」
「大丈夫だ。ジャンナは物知りだな」
私はつい、色々教えてしまったけれど――クロは退屈を感じたかもしれないと不安になった。けど、クロは私を感心したような目でみてくれた。
そういう目を向けられて、悪い気はしない。
クロを拾うまで、こんな風な目を向けられるのは久しくなかった。やっぱり人と喋って、こんな風に交流できると嬉しいものだ。
「クロ、お手伝いありがとう」
「いいんだ。俺は此処にお世話になってる。これまで、腑抜けたようになっているからって、何もしてなかったから……」
「それは気にしなくていいのよ? だってクロがそんな状況になっていたのは理由があるのでしょう? 私はクロが元気になってくれただけで嬉しいもの」
私はそう言って笑って、続ける。
「それにしばらく一人で過ごしていたから、誰かと一緒に過ごせることが嬉しいもの。クロがいてくれて、一緒に過ごせるだけで私もクロに感謝したいもの」
私がそう言ったら、クロは「そうか……」と口にした。
本当にクロが元気になってくれただけで私は嬉しいし、クロと過ごせるだけでも充実している――とそう実感できるから拾われてからしばらく何もしていなかったことを気にしなくてもいいのだ。
「そもそも私が好き好んでクロを拾って、面倒を見ているんだもの。クロは何も気にする必要はないわ」
結局、私がクロを拾ったのも、クロの面倒を見ているのも、全部私の自己満足だ。私がただやりたいからやっているだしね。
やっぱりクロは私がそう言えば、変な顔をする。
「……ジャンナはかわっているよな」
「はは、変だっていいたいの? 私も自分が変な自覚はあるわ」
「いや、いい意味で言っている。よい意味でジャンナはかわっていて、ジャンナが変わっているから、俺を拾ってくれたんだろ……」
「そうね」
「ならそれだけ変わっていてくれてありがとうって俺は思うよ。あのままだったら……」
あのまま倒れたままだったら――の続きはクロは口にしなかった。でもきっと、私が拾わなかったら大変なことになったと思っているようだった。
変わっていてくれてありがとう、なんてそんな言葉は『救国の乙女』にもなれなかった今の私を肯定してくれている言葉に聞こえて、ただ胸がじんわりした。
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