クロとの距離 ⑥
「ねぇ、クロ。剣を習っていたというなら、剣をあげましょうか」
クロは私に体を小さなころから動かしてきたと、剣を振るってきたと私に教えてくれた。
きっとクロにとって、剣を扱うことは特別だったのだろうと思う。
自分から体を動かしたあの日から、クロは暇さえあれば運動をするようになった。走ったり、飛んだり――ただ体を動かしているだけでクロは良い汗をかいていて、満足したような表情を浮かべていた。
けど、もしかしたら剣を振るいたいのではないかと見ていたら分かったのだ。
倒れていたクロは何一つ持っていなかった。けど、幸いにもこの家の中には武器も少なからずある。
これも私が『救国の乙女』になることを期待していた王国がくれたものである。私はどういう意味で、この国にとっての『救国の乙女』になるのかというのが分かっていなかった。
分かっていなかったからこそ、様々な物を学ばされた。その中の一つに武器もあった。
「剣を?」
「ええ。この家にも武器はおいてあるの。あまり使っていないけどクロはきっと剣を使いたいでしょう?」
「……いいのか?」
「ええ」
まったくもって問題はない。『救国の乙女』に与えられる武器として、それなりに良い武器たちなのだ。
その武器がほとんど使われることなくこの場所で眠り続けるというのはもったいない。どうせなら使ってくれる人の元に武器があった方がいい。
「それか気にいるのがなかったら簡単なものとかなら、私が打つ事も出来るわよ」
「……鍛冶も出来るのか?」
「ええ。一応基本的なものは」
鍛冶も、学ばされてきたもののうちの一つだった。
最近あまりやっていないけど、そういう施設も家の外においてあったりする。……結局そこまで才能を発揮できなかったし、鍛冶より錬金の方が好きだったからあまりやっていないけれど。
クロは私が何でも基本的にやったことがあることに不思議そうだ。それはそうよね。というか、クロからしてみれば本当に私って少し不思議な存在だと思う。
クロは何か思案した表情だったけれど、私の言葉に「一先ず見せてもらいたい」と言った。そのため、私は武器などがおいてある物置に向かうことになった。
離れにある物置には沢山の物が収納されている。クロは物置の中においてある武器たちを見て目を見開いた。
「沢山あるな。有名な鍛冶師のものもある」
「もらいものだけどね」
一人で此処に捨て置かれた後、本当に貴重なものは回収されたけれど、それ以外のものは恩情なのか置いてくれた。回収が面倒だったからというのもあるだろう。あとは私が『救国の乙女』として覚醒をするかもしれない……という希望を彼らは一応まだ抱いていてくれているのだ。
そのためにもそういう道具があった方がいいだろう……ということらしい。
元婚約者とか、王国のお偉いさんたちから直接聞いたわけではないから実際の所は分からないけれど、私が此処で一人で過ごすことが決まった時に、偉そうな文官がそんなことを言っていた。
「何か気に入ったのあった?」
そう問いかけた頃には、クロは一振の長剣を真っ直ぐに見つめていた。黒い柄の、その長剣は今ではもう有名になった鍛冶師が、見習いの頃に打ったもののはずである。確か彼は友人のためにも良い武器を打つと言ったらしい。それで鍛冶師として大成しているというのだから、その友人は幸せものだろう。
「――これは」
「あの有名な鍛冶師の長剣よ。見習いの頃のって話だけどね。クロはそれが気に入ったの?」
「……ああ」
この長剣も、その鍛冶師が有名になってから打ったものだったら王国から回収されていたかもしれない。でも見習いになる前の作品とは思えないぐらい、出来がいいのよね。
その長剣を見据えるクロは、……ちょっとだけ悲しそうに見える。何かつながりがあるのだろうか? と思ったが、そもそも『魔王』の側近と呼ばれているクロと、王国で有名な鍛冶師の接点とかあるものなのだろうか? とよく分からなくなった。
「これをもらってもいいのか? 本当に?」
「ええ。私は使わないもの」
クロは震える手でそれを手に取り、腰に下げる。何だかすごく様になる。クロってやっぱり剣を使ってきた人なんだなと思う。
先ほど悲しそうな表情を浮かべていたけれど、今は、長剣が手元にあることに子供みたいにキラキラした目だ。
クロを悲しませる何かがあの長剣にはあるのかもしれないけれど、やっぱりクロは剣というものが好きなのだと思う。
拾った当初のクロは、自分から何かをしたいとかいうこともなかった。表情も変えることがなく、無気力で……だからこそ、心配だった。
そんなクロがこんな風に、剣を手に取れて嬉しいと顔に浮かべていることにほっとする。
――ああ、でもクロはきっと、このまま生きていけるようになったら、此処からいなくなるのだろうな。
そんな思いにかられて、思わず私はクロが元気になって良かったのだから――と首を振るのだった。
クロは突然首を振った私を不思議そうに見ていた。
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