クロとの距離 ④

 クロはぼーっと過ごしている。

 私が涙をこぼしていたことに、クロを優しいと口にしたことに対して、何か告げたそうにしていた。

 けれど、私との距離を縮めようとは思っていないようで、何かを問いかけてくることはなかった。








 クロは不思議だ。

 でも、クロは優しい人だと思う。

 優しくなければ、私に大丈夫かなんて聞かない。




 それにクロが何だかんだ、私が此処に居てほしいと望んだらこの場にいてくれている。

 今のクロは、心から何かを無くしている状況だ。無気力で、何も考えることがないような状態。だからこそ、私にされるがままなんだろうけれど。

 それだけじゃなくて、きっとクロが独りになりたくないという気持ちがあるからじゃないか。








 クロは『魔王』の側近なんて言われていても、本当は優しい。そんな風に周りから言われるような男の子ではないと私は思う。

 この国の人たちだってきっとクロと接すれば、クロが『魔王』の側近だと言われるような存在ではないと分かるだろうに。

 きっと彼らは、クロのことを『魔王』の側近としてしか見ていないから、そういうクロの内側に気づけないのではないか。






 ……とはいえ、私が『魔王』の側近は本当はそういう人ではないというのを言ったところで、王都の状態を思えば私が捕まるだけだろう。……っていうか、『救国の乙女』になるだろうと言われていた私が『魔王』の側近を擁護しているなんて思われたら処刑とかされる未来しか見えない。









 そもそもクロはそういうことを望んでいるのだろうか。私が勝手にクロにとって良い事と思って行動をしたとして、クロにとって良い結果になるとは限らないし。






 そうね。やっぱりクロから直接話を聞いて、クロにとって良いようにしないと。




 でもそのためにはやっぱりクロがもっと生きようとしてくれないと、そして私に話そうとしてもらわないと……。








 でも下手にクロに話しかけすぎても駄目だし、色々とそのあたりのさじ加減を考えないと駄目ね。












「クロは、何かやりたいこととかある?」

「やりたいこと?」

「ええ。クロは何をしたいとか、これからどうしたいとかある?」






 ふと気になって、そう問いかける。



 思わず口から洩れた言葉に、しまったなと思う。……クロにこんなことを聞いてしまうのは即急だったかなって。






「……別に。今はそういうの考えられないかな」

「そうなの?」

「ああ。……ジャンナは?」








 クロも私がこんなことを聞いてくると思わなかったから、その拍子に私に対して問いかけてしまったようだ。

 クロも私に質問を返した後に、ちょっと変な顔をした。こういうこと聞くつもりなかったんだろうなと分かる。








 クロに問いかけられて、私も考える。

 私が何をしたいか。私がやりたいこと、将来のこと。






 私は『救国の乙女』になるだろうと言われて長い間過ごしてきた。

 そして『救国の乙女』になれないだろうと諦められて、今はもうここで過ごしている。






 ――私は錬金術を学びたいとか、此処での暮らしをのんびりと過ごしたいとか。

 そういう小さな願望はあるけれど、自分がこれから何かしたいという目標があるわけではない。








 ……私はこのまま、何者にもなれずに――此処で朽ちていくのだろうな。そんな風には思っているけれど。










「そうね……。私にとってもやりたいことっていう大きな目標はないかもしれないわ。ちょっとした目標ならあるけれど」






 やりたいこと。

 これからどんな風に生きていくのか。






 此処での生活が当たり前になっていて、そういうことなんて考えても居なかった。






 どうしても私には『救国の乙女』になるだろうと言われてきた過去がついてくる。——私はその過去があるからここを離れない方がいいのではと思っている。この国の事を私は大切に思っているから。






 私は国に良いことばかり与えられたわけではない。けれど、王国から受け取ったことも多くあるし、『救国の乙女』になれないだろうと思われてからは捨て置かれていたけれど……、それでも恩がある。


 だから私は此処から離れようとは思わない。




「そう考えると、私とクロは案外似ているかもしれないわね。

 でも私は大きな目標はないけれど、小さな目標はあるわよ。もっと錬金術を極めていきたいとか、収穫できる果物をもっと美味しいものにしたいとか。明日は寝過ごさないようにしようとか……」






 大きなやりたいことは、私にはない。けれども小さなやりたいことは幾らでもある。





 そうクロに告げれば、クロはちょっとだけ笑った。








 クロは小さくだけど笑ってくれることがある。その表情の変化を感じられることが嬉しい。




「――今は、そういうの考えられない」






 そしてクロは小さく笑ったかと思えば、そう口にする。

 だけど、続けてクロは言うのだ。





「けど、此処で過ごしていたら……なんか、やりたくはなるかも……しれない」






 クロがそんな風に言ってくれて、私はほっとする。






 クロは今は何もかもやる気を失っていて、心を失っているようにも見える。

 けれど、こうしてクロが何かやろうという意欲を持とうとしてくれている。






 ――それを知れただけでも十分だ。

 大きな変化はなくても、私が何か大きな事を起こさなくても。

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