王都 ④
「『魔王』の側近は恐ろしいわよね」
「あら、貴方いい男ね。私と一緒に遊ばない? え? 『魔王』の側近の話? 良く知らないけど、怖いわよね」
「『魔王』の側近は突然王城に現れ、あの英雄たちから逃げ果おおせたのです。なんて恐ろしい」
「『魔王』の側近がそれまで何していたか? 知りませんよ。そんなことは」
「『魔王』の側近は美しい男性なのでしょう? うちの娘がたぶらかされないか不安だわ……」
「英雄様たちが『魔王』の側近をどうにかしようとしているみたいだけど、まだ捕まらないって話だものね」
「『魔王』の側近なんていう悪人は俺が倒してやる。この国を滅ぼそうとしている存在なんて、許せないもんな」
商人の話を聞いた後、王都をぶらぶらしてクロについての情報を集めた。
普段の私は自分が『救国の乙女』であるとバレることを恐れて、ポーションを売り終えたらさっさと家に戻るのだけど、クロのことを思うとそんなことを言ってられないと思った。
私はクロの力になりたい。あれだけ生きる気力がないクロがもっと前を向いて欲しいとそんな風に思って仕方がない。
そのために私はいつも以上に王都に留まっている。
ただ王都で沢山の人に話しかけて話を聞いたけれど、誰一人として商人が知っていた以上の情報は持っていなかった。
だけど、皆、クロが王城に侵入した以前のことを知らない。クロという存在のことを詳細に知っているのに、クロが何をしたのかというのは王城に侵入したということしか皆知らない。
うーん、という不思議な気持ちになる。
悪人だとされるクロと、私の家にいるクロ。
私にとってみれば、クロという存在は決して悪人ではない。
だけどきっと王都に住んでいて、その事実だけを知っていたら――、何不自由なく暮らしていたら私はクロの事を悪人としか思えなかったかもしれない。
私があまりにもクロのことを聞きすぎたからだろうか。巡回している騎士に話しかけられてしまった。
……私は『救国の乙女』として生きていた時、王都の騎士たちとも交流していた。というか、前に見た事がある騎士なので、ちょっとだけバレないかとハラハラする。
けど、「おい、そこの男」と話しかけられたからきっとバレてはいないんだろう。
「何を『魔王』の側近について嗅ぎまわっている。何者だ」
「……僕はポーションを卸しに来ただけですよ。主に悪影響を与えられると困りますから」
私は何でもない風に言うように言った。
こういう時に焦ったように言うとまた色々勘繰られるかもしれない。
「ポーションを卸しにきている?」
そんな風に怪訝そうだった騎士たち。
私が『救国の乙女』なんて、彼らは欠片も気づいていない様子だった。それにほっとする。
「はい」
私は淡々とどこの商人に対して卸しているかなどを説明する。
そうすれば、先ほどまでの怪訝そうな表情が変わった。
私のポーションを王都に卸しているというのもあって、それなりに知名度はあるのだ。あの商人のおかげで、私の身分も保証されるようなものだし。
「なるほど、あのポーションを卸している所の者か」
「はい。主は王都には来ませんが、もし『魔王』の側近が現れたら大変ですので、情報を集めていたのです。それで僕が怪しく見えたのならすみません」
「いや、構わない。英雄の皆さまも貴公の主には感謝している。王城に来てもらえれば褒美もやりたいと陛下も言っていた」
陛下、という言葉を聞いて少しだけ心が動かされた。
けれど、それを隠して私は答える。
「主には伝えておきます。では、主が待っておりますので」
私はそれだけ答えて、王都を出ることにした。これ以上長居していれば、自分が『救国の乙女』だと悟られてしまうかもしれないから。
本当に『救国の乙女』になると預言されて、王都の外に追いやられている存在が簡単に王都に来ているのも問題だし、『魔王』の側近について調べていることを知られたら勘繰られそうだし。
本当はもっとクロのことを調べたかったのだけど、仕方がない。
王都の外に出て、後ろから誰かがついてきていないかなどを確認しながら私は帰路についた。
たまに、私のポーションのことを気にして私の跡をついていく人もいるのだ。『救国の乙女』として暮らしていた間に見つけた技術でまくことは出来ているけれど、特に今はクロが私の家にいるわけだし、人がついてこないようにしなければ………。
それにしても騎士たちは『魔王』の側近について調べている私に警戒心を露にしていた。それだけ『魔王』の側近が見つかっていないことにいら立ちを感じているのかもしれない。
……『魔王』の側近とされているクロが家にいるとされたらどうなるかな、そのあたりも考えて準備をもっと進めておかないと。備えあれば憂いなしという言葉もあるものね。
そんなことを思いながら、私は家に戻るのだった。
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