帰宅 ①

 家に戻るために、森の中を歩いていく。

 森の中を一人で歩くのには慣れているけれど、それでももし魔物に襲われたら恐ろしいと思うから毎回ドキドキしてしまうのだ。






 それにしてもクロのために情報収集をしようと、色んな人に話しかけたけれどクロの情報が集まらなかったということになんとも言えない気持ちになる。






 それにしてもクロのことを王都では私が知らないことも分かるだろうと思っていた。けれど情報を集めることは出来なかった。






「……クロの過去って分からないのよね」






 ぼそりと呟いて、クロの過去が分からないという事実を実感する。

 クロが『魔王』の側近として、表に出る前には何をしていたのだろうか。そのあたりをクロから聞くことが出来れば、クロがどうして『魔王』の側近と呼ばれているかなどが分かるだろうか。




 一番の問題は、クロが私の事を信頼してなんてくれていなくて――それでいてクロが私にそういう話を一切してくれないというそのことだろうか。

 クロが私に向かって、過去を話してくれるぐらい信頼してくれたら……何か変わるだろうか。








 そんなことを考えながら森の中を歩いていき、家へとたどり着く。






 家にたどり着いた時、クロが家にちゃんといてくれるだろうかと不安になった。もしかしたらクロは私が出かけている隙にもう私の元から去ろうと考え、家から去っているかもしれない。

 ――『救国の乙女』であることに失望され、此処で暮らすことになった。王都に出かけるという少し気を使うことを終えた後に、此処に戻ってきて――、誰かが出迎えてくれることなんてなかった。




 最初の頃なんて『救国の王女』の噂ばかりが沢山出回っていて、王都に行った時は肩身が狭かった。












「……ただいま」






 クロは「おかえり」と言ってくれるだろうか。

 クロはまだ此処に残ってくれているだろうか。








 私はそんなことを考えながら、家の扉を開けた。




 クロは出てこなかった。

 私はクロが何処かにいってしまうのだろうかと不安になる。




 そう思いながら、私は家の中へと足を踏み入れる。

 ドキドキしながらクロに貸し与えている部屋に向かった。ちらりと覗いたら、クロがベッドで眠っていて私は安心する。




 布団にくるまって、丸くなって眠るクロ。

 私がいる時よりも、安心した姿を見せているように見えた。やっぱり私という存在がいるとクロは落ち着かないのかもしれない。






 『魔王』の側近だと言われて、人に追われて人を信頼する気持ちもなくなっているのだろう。








 クロに私は近づく。

 すやすやと眠っているクロの顔を見る。




 クロは穏やかな表情を浮かべている。クロもこういう表情を浮かべることが出来るのだと私は安心する。

 苦しそうな顔を浮かべずに眠っている――そのことが嬉しい。








 そう思いながらクロを上から覗き込めば、急にクロの目が開かれた。

 そして次の瞬間には、私はクロに手を押さえつけられ、ベッドに押し付けられていた。












「……ジャンナ?」






 寝ぼけているらしいクロは、驚いたような顔をして私を見つめる。






 私がそれでもクロに対する恐怖心を感じていなかったのは……クロが私を本気で殺そうとしているわけではなく、ただ寝ぼけているから私を押さえつけているのが分かる。


 クロは私よりもずっと強い存在だけど、それでもクロはむやみに私に危害を加えたりしないことも知っている。








 ――だから私は押さえつけられていてもクロの目を真っ直ぐ見つめていた。










 クロは押さえつけた相手が私だと分かると、はっとなったように押さえつけている手をどかす。










「すまん」






 クロは申し訳なさそうな顔をする。






「大丈夫。寝ぼけていたの? 気にしなくていいわ。クロは私をどうこうしようという気はないでしょう?」






 私は体を起こして、クロを見る。


 私が笑ってクロの事を見つめているからか、クロは不思議そうな顔をする。もしかしたら私が怯えたりするとでも思ったのかもしれない。






 何かに不安になって、それでいてこんな行動を起こしているのだろうとそう思うから、それ以上何か言う気にはならないのだ。


 ああ、でももっと私が若かったらこういうことが起こったらこんなに真っ直ぐにクロを見つめることも出来なかったかもしれない。






 私はもう若くもないし、一度『救国の乙女』になるだろうと言われた一件で、色々とあったからこそこういう気持ちになれるのかもしれない。












「……クロ、王都から帰ってきたから料理作るわね」


「うん……おかえり」








 私がベッドから立ち上がって台所へと向かえば、クロが後ろからおかえりと声をかけてくれた。


 ぼそりっと聞こえてきたお帰りという言葉に、私は嬉しくなった。おかえりと言ってくれただけだけど、クロが私の事を少しずつ受け入れてくれている、そんな気持ちになるのだった。

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