王都 ③
「ところで、店主は『魔王』の側近のことは聞いていますか?」
私がそう言って話を振れば、店主は顔をしかめた。
それは、『魔王』の側近という存在がそれだけこの王都で忌避されているということだろう。それだけクロという存在がそういう風に思われている……というのは何とも言えない気持ちになる。
「忌々しい『魔王』の側近の噂は貴方の耳まで入っているのですね。折角『魔王』が討伐されたというのに、今もなお『魔王』の側近が身を潜めているかと思うと、恐ろしいものです」
馴染みの商人は、基本的に温厚な人物である。いつも笑みを浮かべていて、物腰が柔らかくて……基本的に誰かをこういう風に言うことはない相手だ。
今までの付き合いの中で、こんな風にこの商人が言っているのは初めて見た。
忌み嫌われる『魔王』の側近。
折角魔王を倒したというのに、『魔王』の側近が生き続けている。野放しにされている。
その噂だけ聞くと、はやくどうにかなればいいと私も思ったかもしれない。もし、クロに出会っていなければだ。
クロの事を私は知っている。
だからこそ、『魔王』の側近といわれるクロのことは見つからなければいいと思う。だって私の家にいるあの子が、この国に害をなすなんて私には思えない。……何かを成そうとする意欲もなく、ただ息をしているだけのクロ。
そんなクロは、きっとそういうことをする気さえもない。
――家にいるクロと、討伐されるべきとされている『魔王』の側近はまったくもって結びつかなかった。
「――僕も主も、『魔王』の側近がいるということしか知りません。主の平和のためにも、『魔王』の側近の事を知りたいのですが、教えてくれますか?」
そう申し立てれば、商人は少しだけ驚いた顔をする。
私がこんな風にポーションを売る以外の事を話すことはほとんどないからかもしれない。
「そうなのですか。国内中に『魔王』の側近のことは広まっていると思っていましたが、貴方の所には広まっていないのですね。それは不安でしょう。私としても貴方や貴方の主が『魔王』の側近の手によって酷い目に遭うのはさけたいです。お話しましょう」
クロは、ひどいことなんて私にしないのになと何とも言えない気持ちになる。
クロは私よりもずっと強い。それが一緒に居て分かる。クロは私に酷いことをしようと思えば簡単に出来るし、私を殺そうと思えば簡単に殺せる。それだけの力がクロにはある。
だけどクロは私の事を傷つけようとも、殺そうともしない。
――それだけでも、危険な存在ではないと断言できるなんて考えるのは私が楽観的過ぎるのだろうか?
それにしても『魔王』の側近の事が、国内中に広まっているとは……。クロは本当に行く宛がないのだろう。この国は広く、王都は中心部に位置している。国外に出るにしても、かなりの距離がある。他国にクロの顔が広まっていなかったとしても、国家が敵なら国外に出るのはまず難しいことだろう。
でもそれを考えるとそもそも、何でクロは『魔王』の側近なのにこんな王都にまで入れたのだろうか。
「『魔王』の側近は、あの日、『魔王』を倒した後に王城に現れました。『魔王』を倒した英雄様たちに復讐をしようとしたのでしょう。英雄様たちが気づかなければ、今頃国は大変なことになっていたかもしれません」
王城に侵入していたことは私も知っている。
そして捕らえられて酷い拷問を受けていたことも知っている。
……何だか改めて他人の口から聞くと、不思議な違和感というか、何とも言えないもやもやが私の心に広がっていた。
なんだろう。私は何に違和感を感じているのだろうか。
「『魔王』の側近は幾ら痛めつけても、死ぬことはなかったのです。どれだけ英雄たちが力を振るっても驚異的な生命力であの『魔王』の側近は生きながらえました。そして意味の分からないことを口にして、『魔王』軍の残党の情報も吐かなかったのだといいます。
不死の化け物のような、そんな恐ろしい存在です。そんな存在が牢獄を抜け出して自由の身になっているなど、なんと恐ろしいことでしょうか」
王城に侵入していた。英雄たちを殺そうとしていた。——何か理由があって、クロは王城にいたのではないか。そして何か止むをえない理由があって英雄たちを殺そうとしたのではないか。
英雄という存在は良くも悪くも目立つ存在で、その分、敬意も憎悪も抱かれるものだ。私も『救国の乙女』になるだろうってそうやって生活していた時は散々、敬意も受けたし、憎悪も抱かれた。
「疑問なのだが、その『魔王』の側近はそれまで何をしていたんですか? 『魔王』の側近なのに『魔王』が倒されるその場にはいなかったのでしょうか?」
「え? いえ、そこまでは知りません。そんなこと考えたこともありませんでした」
商人はふとわいた私の疑問にそう答えるのだった。
そしてその後、商人は「『魔王』の側近は黒髪に黄色の瞳を持つ、長身の男だと言います。見た目は美しいですが、その見た目に惑わされてはいけませんよ」と忠告をくれるのだった。
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