戸惑う青年 ②
「クロ、おはよう」
「……おはよう」
クロは私が声をかければ、おはようと返してくれる。
だけど、決してクロは私の名前を呼ぶことはない。
それはきっと私と本当の意味で仲良くなりたくないと、思っているからかもしれない。
仲良くなってしまったら、別れる時が大変になってしまうから。……だからこそ、名前も教えてくれない。
二人分の食事を作って、朝食を食べる。
「ねぇ、クロは今日は何をしたいとかある? 外に出るのは今はやめた方がいいなら、家で出来ることかな」
「……何もない」
クロは朝食を食べながら興味なさそうに言った。
私の問いかけにもクロは無気力で、何もやる気がないようだ。なんというか、捕らわれていたということを踏まえると、今の現状に現実味が分からないのかもしれない。
クロは『魔王』の側近だとして、捕らわれ、大変な目に遭っていたはずだから。多分、心も大分折れている。寧ろ死んでもいいとさえ思っているかもしれない……。クロは、私の目から見てもとても強い人に見える。
多分やろうと思えば、何でも出来るだけの力を持っているのだろう。
それでもそれをやるだけの気力も何もない。
生きているようで、生きていない。死んではないけれど、その目に生気はない。
もうちょっとやりたいことをやりたいと言って、ちゃんと生きてほしいと思う。だって、何もやりたいこともなく、ただ生活しているだけなんてつまらないもの。
……私も『救国の乙女』として生活をしていた頃は、自分が何をやりたいかというよりも『救国の乙女』として相応しくならなきゃと焦っていたな。ただそれだけを行っていて、必死だったなぁと思い起こす。
自分の意思とやりたいこと。
それをきちんと持って、行動出来た方がいいって私は思うんだよね。
少なくとも、今、彼がこんな風に何を言っても何も感じていない――人間味があまりない。でも彼が笑ったら、怒ったら、どんな風になるんだろうか。どんな風に笑うんだろうか。——どんな表情を見せるのだろうか。
――私は、それが見たいと思った。
「そうなのね。まぁ、好きにしてくれたらいいわ。でももし気が向いたら一緒に錬金とか料理とかしてくれない? 気が向いたらでいいんだけど……」
「そのくらいなら、言われたらやる」
本当は言われないでも何かやりたい、と言う気持ちが湧いてくれたらいいのだけど。でもまぁ、一緒に何かをするというのは仲良くなるために必要なことよね。
丁度良い距離感を保ちながら、クロと接しないと。
クロは嫌な気分になったら幾らでもここを去る事が出来る。今は私の強い言葉で此処に残ることを決めてくれているけれど、此処から去ろうとする可能性も高い。
だからクロが嫌な気持ちにならないように、きちんと考えて接しないと。
ああ、なんだろう、この野良魔物と仲良くなろうとするような気分。クロは人間なんだけど、どうしてもそんな気分になってしまう。
それからクロと一緒に錬金をした。
クロは錬金はあまりやったことないらしく、私が錬金を行うのを見て興味深そうに見ていた。ここで、何か問いかけてくれたりしたらいいんだけどな。
そう思ったのだけれど、クロは興味深そうにしていても私に何かを聞く事もない。
私が何かやってほしいと言えば、ちゃんとやってはくれる。錬金の手伝いもしてくれる。けど、私に対して何かを働きかけようとは、一切しないのだ。
もう少し私に興味を持ってもらって、話しかけてもらえるようになるのが一番の目標だよね。
どうにか、心を許してもらえればクロのことを知ることが出来るはずだもの!!
そうやって決意した私は沢山話しかけた。一人でべらべら喋っているような感じになってしまって、もっと返事をちゃんとしてくれたら嬉しいなと思うけど、まぁ、仕方ないわね。
ああとか、わかったとか、そんな言葉ばかりが聞こえてくる。
「じゃあ、クロ、少し休みましょうか。私も休むから」
「ああ」
クロは私に言われるがままに部屋に入っていった。私は椅子に腰かけながら、クロが本当に休んでいるあろうかと、気になってしまう。
覗き込んでもいいだろうか。いや、でもそれだと変人よね。人との距離感がどうもわからなくなっている気がする。私もなかなか、人と交流をしてこなかったから。
クロに近づくために、どんな風にしていったらいいか……。分からないわ。
でも分からないからといって、黙ったままでは駄目ね。そのままじゃクロはきっと心を開いてくれない。
だからこそ、私はクロが居心地がよく暮らせるようにしないと。
とりあえず今日は錬金を手伝ってもらえたから、あとは自由にしてもらおう。あまりにも一緒に何かをしようと行動し続けても嫌になりそうだし。人との付き合いって難しいわね。距離感も。
「ねぇ、クロ、何が食べたい?」
「……なんでもいい」
しばらくしてそう問いかけたら、やっぱりそんな答えしか返ってこなかった。
なので、腕によりをかけて美味しいものを作ろうと決意するのだった。
「美味しいもの作るからね」
そう言って笑った私に、クロは相変わらず戸惑った表情だった。
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