戸惑う青年 ③
クロはずっと戸惑っている。
私という存在に戸惑い続けているように見えた。
だからこそ、腕によりをかけてクロが美味しいと感じるものを作りたいと思った。
おいしいという感情は、感じることが出来れば少しでもクロは戸惑いを無くしてくれるのではないか、とそんな期待を込めて。まぁ、ただ単にクロの笑顔を見たいというのもあるのだけれども。
おいしいものを食べると悲しいことがあっても笑顔になれると思う。そういう不思議な力があるのだと私は思ってる。
一種の魔法のような効果があるもの、という認識というのかな。
そのため、これから作る料理はいつもより気合を入れて作る。生まれ育った村で、特別な時に作られていたものだ。
コーンを煮込んで、ふんだんにハーブを使った料理。
あとは魔物のお肉を沢山使ったものだ。お肉は村では貴重なものだったから、お肉をふんだんに使っているというだけでも嬉しくて仕方がなかったっけ。
故郷には随分帰っていないけれど、思っていたよりも昔の記憶を覚えている。私が『救国の乙女』であると預言されたあとも村人総出で作ってくれたっけ。美味しかったな、あの時の料理。
作り方もお母さんに習っていたから、なんとなく作ることが出来る。『救国の乙女』として生活をしていた時は料理なんてさせてもらえなかったし、一人になってからはお祝い事なんてなかったから作るのは久しぶりだ。
こうして誰かのために故郷の村の料理を作れるのは嬉しくて、思わず鼻歌を歌ってしまう。
その鼻歌は『救国の乙女』として、歌を習っていたからそこで習っていた歌だ。今、私は此処で忘れ去られた存在として暮らしているけど、今まで学んだことや経験したことはちゃんと私の中に残っているんだなと思う。
私の故郷の味がクロに響くかは分からない。けど、クロが『魔王の側近』と言われていたとしても、クロにもきっと過去があって、クロの中に何かがきっと残っているはずだ。
今は幾ら戸惑っていて、何かをしたいという気持ちがなかったとしてもクロの中には何か残ってる。だって、クロは生きているんだから。死んでいなくて、ちゃんと息をしている。だったら、何かが心にあるはずだから。
だからこそ、温かくて美味しい料理を食べて、ぽかぽかした気分になってくれたらなと思うのだ。
……田舎の料理だし、クロが気に入るかどうか分からないけれど。
でも、クロに笑ってほしいから作ったものなのだ。
何だか色々考えていたら作っている最中から、そんな思考になって少し心配になってしまった。
クロって、何だか雰囲気が城にいた頃に接していた人たちと似ている気がするのだ。そういう所を考えると、クロはもしかしたら結構良い所の出なのではと思う。所作もとても綺麗だから。
本人に聞かなければ分からないけれども、そんな想像をしてしまった。
一緒にパンも焼いた。地元の料理と一緒にパンを食べると美味しいのだ。パンによく合うし、私はこれが食べられることが昔嬉しかった。
両親とは手紙のやり取りはしているけれど、私が『救国の乙女』と預言されたり、その後実は違うのではないかと疑われたりした関係で村も大変だったらしいのだ。両親も私の影響で生まれ育った村を今は離れているし。
そんなことを思い出しながら料理を並べていった。
我ながら美味しく出来たと思う。味見した時に美味しくて笑みが零れたほどだ。自画自賛しすぎと言われるかもだけど、美味しいものは美味しいのだ。
やはり美味しいものを食べると、幸せな気持ちになるのだ。
クロにこれを食べてもらおう。そして色々話をしよう。戸惑うクロが笑ってくれるように。
「クロ、ご飯出来たよ」
「……ありがとう」
クロはスプーンを使って、それを食べる。
最初に食べる時に不思議そうな顔をしたので、食べたことがない料理だったのだろう。そういう顔を見れたのが私は嬉しかった。
口に含んだら、思ったのと違う味だったのかクロが表情を変える。そうやって表情を変えただけでも私はやったと心の中で思う。
バクバクとクロは料理を食べてくれた。美味しかったと言ってくれた。まだ心からの笑顔というものはないけれど、戸惑いの中で、美味しいを感じてくれるのは良いことだと思った。
一人暮らしでちゃんと料理をしていて良かったと思う。適当な料理をしていたらクロだって美味しそうに食べてくれなかったかもしれない。
もっと、食べたい。
また、食べたい。
そんな言葉をまずは引き出せるようにしないとね。
「クロ、私の故郷の料理なんだよ」
「……そうか」
故郷の料理だと笑いかければ、クロは少しだけ目を伏せた。……故郷という単語を出さない方がいいかもしれない。考えてみれば、『魔王の側近』と言われているのなら故郷に帰れないのかもしれない。
そこまで頭が回っていなかった。
でも下手に腫物を扱うようにするのも違うと思うし、難しいわね。
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