戸惑う青年 ①
青年の意見を聞かずに私は押し切った。
きっと青年の方が私よりも強いだろうに、私が押し切って無理に出て行こうとしないということは、彼の心が弱っている証なのかもしれない。
というか、互いに名前も教えあっていない。
青年も聞いて来ようとしないしなぁ。私から聞いてもいいものだろうか。
ちなみに食事の後は、青年はなんか椅子に腰かけてぼーっとしている。
緊張した面立ちというか……、全然気を許していない表情だということが分かる。
この青年はどういう暮らしをしてきたのだろうか。そういうことも聞いてもいいのだろうか。というか、アレだわ。最近、全然人と話してこなかったからなんて話しかけたらいいか分からない。
無理やり此処に留めることにしてしまったけど、どうしよう。ただ、此処に留まってほしいと思って引き留めてしまった。
それは私の我儘であり、青年にとっての本意では決してない話だ。
それでも私は此処に居てほしいと思った。彼と話をしたいと思った。だからこそ、私は此処に留めた。
ならば――、私から話しかけてグイグイ行くべきだろうか。青年は私が此処に留めているだけなんだから……幾らなんて話したらいいのか分からないといっても話かけるべきだろう。
皿を洗い終えた私は、いざ、話しかけるぞと青年に話しかけることにした。
青年は、本当に美しい面立ちをしている。改めて見ても何というか、女の私よりも彼が女装したらそっちの方が男の目を引きそうだなと馬鹿みたいなことを考えてしまう。
そんなことを考えてしまうのは、いざ、話しかけてみようと思うと緊張してしまっているからだろうか。
「ねぇ」
「なんだ」
青年はまだ警戒するような視線を向ける。
射貫くような視線。——こんな視線は、『救国の乙女』として生活していた頃も、『救国の乙女』ではないと言われて呆れられた頃も、此処まで警戒する視線は向けられていなかった気がする。
ちょっと怯みそうになるけれど、私は話しかける。
「名前を聞いてもいいかしら。私はジャンナ。よろしくね」
……自分が『救国の乙女』になると言われていたこととか、そういう余計な事は言わなくていいと思った。というか、そもそも、そんな実績も一切ないのに自分が『救国の乙女』だと主張するのも改めて考えてみると恥ずかしいものである。
それにいきなりそんなことを言っても信じてもらえないと思うし。でもタイミングがあったら言って見た方がいいかもしれない。私がそういう話をしたら青年も色々話してくれるのかなとも思う。
けど……、どのタイミングで話を聞くべきか。焦ったら青年からの信用とかを無くすかもしれない。まぁ、今はとりあえず青年の返答を待とう。
「……好きに呼べばいい」
名前を教えてくれる気もないらしい。
なので、私はその返答を聞いて、答える。
「そう、じゃあクロと呼んでもいい?」
「ク、クロ?」
青年――クロは戸惑ったように言う。流石にクロとまるでペットか何かのように呼ばれるとは思わなかったらしい。でも私って、ネーミングセンスは一切ないのよ。そんな名前とか人につけたこともないし。
「文句があるなら呼ばれたい名を教えてくれる? それか、本当のあなたの名前」
「……クロでいい」
クロは顔をぷいっと背けて、そういう。
結局、クロでいいらしい。なので、私はクロと呼ぶことにする。
「じゃあ、クロ。これからよろしくね。私は此処で生活しているから、クロも自由に過ごしてもらっていいから。ただ外に出て誰かに見つけられたら大変っていうならここにずっといればいいわ。ただ少し生活のお手伝いはしてもらえると嬉しいかな?」
なんというか、私が此処に居てほしくて此処にいてもらっているので言ってしまえば何もしないでただいてもらっても構わない。クロはそんなことをする必要はないのだから。
まぁ、でもお手伝いしてもらえたら嬉しいなとは思うけど。
折角誰かと一緒に居れるのだから、会話をしながらのんびり過ごしていきたいと思っている。
誰かと一緒に居れるということが嬉しくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「……本当に俺が此処に居ていいのか?」
「ええ。もちろん。私は貴方に此処に居てほしい。ゆっくりしていって」
安心させるためにも笑いかけるけど、クロの表情は訝し気なままだ。私はクロを安心させたいと思っている。もっとゆっくりして、和やかに過ごしてもらえればって。
でもクロからしてみれば、私は怪しい女でしかないだろう。
どうにか怪しい女から怪しくない女へと、クロの中で変わっていけたら嬉しいなと思った。
「……分かった」
クロは相変わらず仏頂面をしているけれど、この表情が笑顔になってくれたらいいと思う。
クロの笑顔、見たいなぁ。何だかつれない態度のペットに懐いて欲しいみたいなそんな気分になっている。
頑張って、こんな戸惑った表情のクロを笑わせるんだと決意するのだった。
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