拾った青年 ①
拾った男は、ずっと使っていなかったお世話係が住むように整えられていた部屋に寝かせた。流石に大の男をここまで連れてくるのは大変だった。
なんとか連れてくることが出来て良かったと安堵している。
それにしても、見れば見るほど綺麗な顔だなと引き込まれそうなほどに整った顔立ちをしている。
『救国の乙女』になると言われた当初は婚約者がいた事もあったが、森の中へと押し込まれてからは異性と関わったことなどなかった。いい年になるのに、年頃の青年が家にいるかと思うと今更ながら少し緊張した。
よく考えたらお世話係もいなくなってからは、この部屋の中まで人が入ってきたことはなかった。ポーションを納品しに行くことはあったものの、人と深く関わることはなかった。
いまだにこの森で生活する頃に言われた言葉が頭に残っているからかもしれない。
――もし本当に『救国の乙女』になれたなら、相応しい婚約者を用意しよう。『救国の乙女』の夫はきちんと選ばなければならないからね。
と、そんな風に言われた。
私はもう二十年も経つというのに、『救国の乙女』になるだろうという預言に捕らわれている。二十年も経過すれば、もうあの預言は間違いだったのではないか――とそんな気持ちの方が強い。
だけど、本当に私が『救国の乙女』になるというならば下手に誰かと恋をして恋人になったり、結婚したりしたら――、その相手まで『救国の乙女』という柵に捕らえてしまうことになってしまう。
『救国の乙女』として此処に住んでいるが、誰も自分が知らない所にいって平穏に暮らすことも考えなかったわけでもない。
けど、私はやっぱりこの国に愛着を持っている。
生まれ育った国を救うかもしれない可能性が自分にあるのならば、この国に留まり続けたいと思った。
まぁ、そんな風に思ったところで結局おばあちゃんになっても『救国の乙女』になれない可能性もあるけれど、それはそれだと思う。そうなったとしても自分で選んだ道なら後悔はしない。
と、そんなことを考えてしまったが、それよりも今は目の前で眠っている青年のことよね。
よっぽど疲労がたまっていたのか、目覚める気配のない青年。時折苦しそうに顔をゆがめる。何か嫌な夢でも見ているのだろうか。
身に着けている衣服は、ボロボロだった。これは囚人服のようだ。
これで重い鎧でも身に着けていたら、私は此処まで青年を連れてくることが出来なかっただろう。そう思うと軽い囚人服で良かったと思った。
ポーションは飲ませたとはいえ、もう傷が塞がっていることに驚く。もしかしたら青年は人以外の血が混ざっているか、加護でも持っているのかもしれない。
「……俺は」
苦しそうな青年の声が聞こえる。
こんなにも青年を苦しめているものは何なのだろうか。
『魔王』の側近なんて言われて捕らえられていることは知っているけれど、そもそもどうしてそんな『魔王』の側近になんて彼はなったのだろうか。
『魔王』の側近だからと無条件に捕らえたようだけど、この青年は明らかに人間で、きっと『魔王』の下についたとしても何かしらの理由があったのではないかと思う。
こんなに苦しそうで、意識を失う前もとてもつらそうにしていた。
きっと色んなことがあったんだろうな、ってそう思った。他人じゃ分からないような何か事情があって、きっとそうなっているんだとそう感じる。
目が覚めて青年が私に酷い事をする可能性もあるけれど、やっぱり放っておけないと思ってしまったのだから仕方がない。
「……違う」
夢の中で青年は苦しんでいるのだろう。悲しい出来事があったのだろう。もしかしたら眠る度にそんな夢に苛まれているのかもしれない。
私は音魔法はあまり得意じゃない。けれど、少しでも彼に安らかな眠りを与えたくて、久しぶりにハープを取り出す。
これも『救国の乙女』というのならば、そういう魔法が得意になるのではないかと言われて学んだことだ。
音魔法は楽器の音色に乗せて、魔力を流し、それによって周りに効果を与えるものだ。凄い人だと、その音色をあたり一面に響かせて、荒廃した土地に緑を咲かせたり、戦争で自軍の防御力をあげたり出来るらしい。
私は音魔法が使えないわけでもないけれど、そんな凄い効果は発揮出来ない。
ハープを弾くのも久しぶりだ。昔習ったことを思い出しながら、ハープを鳴らす。
それと同時に魔力を流して、周りが穏やかな気持ちになるように小さく歌を歌う。私は音魔法が得意じゃないから、歌魔法と一緒に音魔法を使った方が大きな効果が出るのだ。
どうか、苦しみがなくなりますように。
どうか、穏やかな眠りにつきますように。
そんな願いを込めて、眠っている青年のために魔力を乗せる。
久しぶりの音魔法だったけれど、それが終われば青年の口から穏やかな寝息が聞こえてきてほっとした。
良かった。効果が出てくれて。長時間は効果がないかもしれないけれど、少しでも青年がゆっくり休めたらいいとそう願って、その部屋から出た。
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