二十年経った私の暮らし ③
「あ、もうないのか」
ポーションを黙々と錬金していた私だが、錬金に使う癒し草の一種であるポーエ草が切れていることに気づいた。
以前、森に採取に出かけた時にしばらくは持つような量を採取してきたのだが、足りなくなってしまった。納品分は既に完成しているが、とちらりと時計を見る。
美しい精霊の絵が描かれている四角い時計は、まだ午後の三時を指している。まだまだ採取に出かけられる時間帯だ。今日のうちにポーエ草の採取を済ませてしまって、明日はゆっくりしようか。どうせ、私に予定はないのだから。
そう考えた私は採取用の荷物を入れているバックを手にする。そして中身の確認を行う。たまに使ったことを忘れてそのままにしてしまうことがあるのだ。魔物に対抗するための道具も入れておかなければ、一つ間違えれば死んでしまう。
この森の中での生活が慣れてきたとはいえ、この森は私にとってはまだまだ危険な場所だ。下手したらすぐに死んでしまう。まだまだ私にはやりたいことがあるし、どうせ死ぬなら寿命で死にたい。なので、きっちり準備はしておく。
切るのが面倒で伸ばしっぱなしの茶色の髪を、邪魔にならないようにまとめて一つに縛め、茶色のローブを身に纏う。
これは簡単な防御の魔法のかけられたものだ。
『救国の乙女』として与えられていた高性能で様々な魔法の組み込まれていた真白なローブは、この森に居を構える時に王宮に返還した。死者すらも条件付きでよみがえらせることが出来るという『白金の聖女』が今は所持しているらしい。二年前に『魔王』を討伐に向かった際にも身に着けていただとか。私のおさがりだってことで不満を持っていたらしいけど、高性能だから愛用しているらしい。
『魔王』が現れた時も私は『救国の乙女』になると預言されていたからまだかすかに期待されていたけれど、結局『魔王』を倒したのは国から選抜された最強の英雄たちで、私は何もできなかった。出来た事なんて、作ったポーションを適度に王都で売っていたぐらいだ。
あの高名な預言者が何をもってして私に『救国の乙女』になるだろうと言ったのかはいまだにわからない。
そんなことを考えながら、私は家を出た。
家を出てからは警戒をしながら歩いていく。魔物が寄ってこないように錬金した香水を振りまいているからある程度は大丈夫だろうけど、それで安心しきるというのはしてはならない。森の中とはどんな危険があるのか分かったものじゃないのだから。
ポーエ草は川や湖の近くに生えている。なので目指すは家から歩いて30分ほどの場所にある川である。その川辺には魔物もいるが、比較的おとなしい魔物ばかりなので採取が楽なのだ。
ついでに他の採取しておきたいものも採取しておこう。錬金にはあらゆるものが使えるから、こうやって歩いているだけでも採取したいものが沢山出てくる。
錬金を学び始めた頃は、頭の出来が良いわけでもなかったから中々錬金で使う素材の名前や特徴も覚えられなかった。でもこうして学び続ければ出来の悪かった私でも覚えられるんだなと思う。昔私に錬金を教えてくれた錬金術の先生は元気にしているだろうか? 王城に務めている錬金術師の方だからもうお会いすることは出来ないかもしれないが、もし会えたら「あの時、出来の悪い私にも教えてくれてありがとうございます」とは伝えたいと思う。ちゃんと根気強く私に教えてくれたからこそ、錬金の楽しさを知れたし、今の私があると思うから。
川に向かって歩いていれば、何かが倒れるような音がした。
私は何だろうと思いながら、そちらに向かった。
「――人?」
そこには一人の青年が倒れていた。美しい黒髪。私よりも年下の青年が、傷を負って倒れている。魔力を垂れ流しにしていて、警戒心をこちらに向けだした。
私が近づけば、彼は警戒を強めたように、その魔力をこちらに向けてくる。その目は、何も信じていないとでもいうような目だった。鋭く細められる目。
「大丈夫? 傷だらけね。ポーションを飲んで」
その魔力は強大だった。
魔法がそれなりにしか使うことが出来ない私にとっては、一瞬で殺されてしまうほどの魔力だった。でも、放っておけなかった。
だから声をかけた。
彼の目が大きく見開かれた。
近づいて、まじまじと彼を見たらその意味は分かった。
彼は、二年前に倒された『魔王』の側近と言われ、王城に捕らえられているはずの人だった。けど――、全てを諦めたような、何も信じていないような、そんな目を見て、これだけ傷を負っている人を放ってはおけなかった。
だから私は躊躇いはしなかった。
「――俺、は」
「いいから飲んで!!」
何かを言いかけた彼に、私はそう言って無理やりポーションをその口に突っ込むのだった。
ポーションを飲んだからと言って、全快する訳でもない。元々意識を失うぎりぎりの状態だったのだろう。彼はポーションを飲み込んだあと、そのまま意識を失ってしまった。
このまま放っておいては、彼はどうなるか分からない。そう思った私は、なんとかその手を肩にかけて足を引きずるようにして家へと連れて帰るのだった。
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