拾った青年 ②

 青年はずっと眠っていた。もしかしたらずっと深い眠りにつけずにいたのかもしれない。

 『魔王』の側近と言う立場で、捕らえられていたというのならば気が休まる暇などなかっただろうから。






 私は眠り続ける青年のことを時折見に行った。

 苦しそうにしていれば、音を鳴らして落ち着くようにと願った。

 なんとか落ち着いてくれて私はほっとする。私の力がもっと長時間、青年に効くものだったら良いのにと思うものの、そんな特別な力は私にはない。






 ――自分に特別な力がないことを実感するたびに、私はどうして『救国の乙女』になると預言されたのだろうかと、不思議な気持ちになる。




 考えても仕方がないことだけど、ふと疑問に感じたりする。

 答えは二十年経過しても出てこない。……それよりも今は眠り続けている青年のために出来ることを考えなければ。






 長い時間眠りについているから、きっと起きた時にはお腹を空かしている事だろう。

 こんな森の中だから豪勢な料理は作れないけれど、彼に食べてもらえるように食事を用意しておこう。







 ああ、なんていうか、誰かと食事を共に食べるのも久しぶりだと気づいて、彼は大変な状況で、苦しんでいるのに私は少しだけ心が躍っていた。

 もう私も二十八歳なのに、こんなに嬉しくて鼻歌でも歌ってしまいそうになるなんて……子供か、私は。






 でも誰かと食事を取れるんだとここまで嬉しくなるなんて……私はこういう生活を割り切っていても、誰かと過ごしたいという気持ちはあったのかもしれない。






 そんなことを考えながら私は食事を用意することにした。小麦粉をこねて、パンを焼く。敷地内で取れるイチゴで作ったジャムも準備する。

 あとは以前罠で仕留めた魔物のお肉を焼いておく。あのくらいの年頃の男の子だと沢山食べるかもしれないから、いつもより多めに食事を用意した。






 ……ああ、なんというか美味しいと言ってくれるだろうか、食事をしながら会話を交わせるだろうか。食事を作りながらずっとそんなことばかり考えていた。






 『魔王』の側近だと頭では知っていても、あの青年がそういうものだとは思えなくて、ただゆっくり眠って目が覚めた青年とどんな会話が出来るだろうかと楽しみになった。






 どのくらいで青年が目を覚ますか分からないので、青年のことを覗き見に行く。綺麗な寝顔をしている。まだ少し前にかけた音魔法の効果が続いているようで、ほっとする。

 穏やかな表情で寝息を立てている青年は、何か幸せな夢を見ているらしい。音魔法の効果が発揮される前は辛そうな表情をずっと浮かべていたので、そういう幸せな夢を見れたなら本当に良かったと思う。








 じっと、青年の事を見つめていたら、青年の瞳が開かれた。






 青年は一瞬、此処は何処だろうと言った寝ぼけたような顔を浮かべた。その顔は年相応で、何だか可愛いなと思ってしまった。

 その黄色い目は、不思議そうにあたりを見渡して、私に気づく。私と目が遭うと、その瞳は大きく見開かれた。






 そして次の瞬間には、警戒したようにその瞳が細められ、その体から魔力が放出された。

 ビリビリと、魔力の圧を感じて私は驚く。それは私の魔力量よりもずっと何倍も大きくて、私の魔力よりもずっと力を持っているように思えたから。








「誰だ。俺をどうする気だ」






 低い声で発せられた声に、少しだけ恐怖心が芽生えた。

 けれど、きちんと答えようと決意して私は口を開く。






「貴方、倒れていたの。だから私がポーションを飲ませたの。覚えてない? 無理やり私がポーションを飲ませたの」








 倒れる前、青年は確かに私と目が合ったはずだ。今は寝起きで混乱しているからぴんと来ないかもしれないが、きっと思い出してくれるはずだと青年を見つめる。






「……ああ。あれは、夢じゃなかったのか」






 ベッドの上で体を起こした青年は、なぜかそんなことを言う。

 私が助けたことを夢だと思っていたようだ。もしくは何か苦しいことがあり、それが現実だと実感出来ないほどだったのかもしれない。






「邪魔したな」

「ちょ、待って! お腹すいているんでしょ! ご飯作っているから一緒に食べましょう!」






 青年は体が重いだろうに、そのままどこかへ行こうとしていた。

 私が青年のことを引き留めたのは、もちろん、青年の事を思ってでもある。あれだけ傷だらけになり、人に追われ、『魔王』の側近なんて言われている青年が外に出るのは得策ではないと思った。






 ――けど、それ以外にも一人で過ごすことに寂しさを感じていて、誰かと一緒に居たかったという私の我儘な感情もあった。










 青年は私が引き留めれば、ぽかんとした顔をして、頷くのだった。

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