囚われ勇者の悠々自適生活!
地蔵
第1話
「これで余を倒す者は、いなくなった!」
魔王は勝ち誇る。
長年の宿敵でもある勇者を倒して、牢獄に捉えたからだ。
勇者は死んでも蘇る。
だからこそ、殺さずに捉えたのだ。
今回の勇者は珍しく女性だった。
今回のというのは、魔王は死んでも記憶を次の世代に引き継ぐ事が出来るからだ。
そして勇者は、魔王が死ぬまで、何度でも現れる面倒臭い訪問者なのだ。
そもそも、お互いの国は人間界と魔界と言う名称で呼ばれて、お互いの国には決められた者しか行き来することが出来ない。
人族であれば、勇者。魔族であれば、魔王だ。
例外として、加護を与えた者を同行させる事は出来る。
しかし、加護を与えられる能力は、勇者で多くて四人。
魔王は、千匹以上を与えることが出来る。
これは、一国の王である魔王が最前線で戦闘をする為だ。
人族も国王であれば、同じ能力だったが最初の国王が嫌がり、代案として勇者という存在を作った事で、人族と魔族のバランスが崩れた。
国王の行為に、神も呆れたようだ。
あとで、その事を知った国王は自分の愚かさに後悔したという。
今迄の勇者は、仲間を引き連れていた。
勇者の加護を受けた者は、勇者同様に甦ることが出来る。
勿論、魔族に倒された場合だ。
普通であれば、少人数の勇者一行など、魔族が結束すれば容易く追い返す事が出来る。
しかし、魔王が統治する領土では争いは起きずに、魔族は平和に暮らしている。
魔族から見れば、勇者一行は盗賊と同じ存在なのだ。
しかし、今回の勇者は勇敢にも、たった一人で魔王以上に乗り込んできた。
勇者は魔界に入って来た早々に、魔族に話し掛けて「強い者を呼べ!」と言い、その場で待ち続けたという。
最初に呼ばれたのは人間界近くにいた『フェンリル』だった。
魔界に一匹しか居ない為、種族名と名前が同じ珍しい存在だ。
そして、フェンリルは魔王直属である四天王の一人だ。
「俺は四天王の一人、フェンリルだ!」
フェンリルは大声で勇者を威嚇する。
「四天王? 魔王の居所を知っていますか?」
「知っていても、勇者であるお前に教える訳ないだろう」
「……それは、知っているという事ですね」
「ふんっ!」
余裕のフェンリルを、勇者は近づいて拳で叩く。
「痛っ!」
勇者は、フェンリルをひたすら叩いた。
「分かった。俺の負けだ!」
フェンリルの言葉で勇者は叩くのを止める。
「だが、俺よりも他の四天王は強いからな!」
負け惜しみのようにフェンリルは、勇者に言い放つ。
「お手!」
勇者はフェンリルの言葉を無視して、フェンリルの目の前に右手を出す。
「えっ?」
「お手!」
「俺は犬ではないぞ!」
「お手!」
「……」
勇者の圧力に耐えきれなくなったフェンリルは、思わず勇者の右手に左手を乗せた。
「これで貴方は私のペットですね」
「ペット!」
何故か、フェンリルはその響きに心が躍った。
そんな気持ちを無視して、勇者はフェンリルの背中に乗る。
「魔王の所まで全力疾走!」
「えっ!」
「早く!」
フェンリルは勇者に逆らえず、魔王の居る魔王城まで走り始めた。
◇◆
「フェンリル、何をしている! それでも四天王の一人か!」
空中から声が聞こえるので、見上げると魔物が勇者たちを見下ろしていた。
「お前はドラゴン族のゴン!」
フェンリルは説明するかのような言葉で叫ぶ。
「ゴン。私は飛べないので降りて来てくれますか?」
「……はぁ?」
「魔族は対等に戦う事が出来ないのですか? ……卑怯ものですね」
「卑怯とは聞き捨てならぬ。お前の希望通り降りてやるから、有難く思え」
ゴンが降りてくると同時に、勇者は攻撃をする。
「おっ、お前、卑怯だぞ」
「戦いに卑怯もへったくれもありませんよ」
「くそっ!」
勇者はゴンをひたすら叩く。
「おっ、俺の負けだ!」
勇者は負けを認めたゴンへの攻撃を止める。
フェンリルと、ゴンを勇者は見比べる、ゴンの背中に乗る。
「よし、ピッピ。貴方の方が早そうだから、魔王城へ連れて行ってもらえますかね。ポチは走って追いかけて来て下さいね」
「ピッピ?」
「ポチ?」
ゴンと、フェンリルは不思議そうな顔をする。
「変ですか? 貴方は今日からポチ。こちらの貴方はピッピ。」
勇者によって勝手に名前を変えられたフェンリルと、ゴンは激怒するが勇者に敵うはずも無く、力で捻じ伏せる。
「じゃあ、ピッピ。全速力で御願いします」
「……はい」
ゴン改め、ピッピは勇者を乗せて魔王城へと向かう。
◇◆
魔王城入り口に立つと、勇者は大声で叫ぶ。
「余計な殺生はしたくないで、魔王との一騎打ちを望みます」
一騎打ちを申し込まれた魔王は逃げる訳にもいかず、魔王は勇者の要求を受け入れる。
そして、一騎打ち。
あっという間に、魔王が勇者を倒した。
というよりも、開始早々に勇者が降参する。勇者の行動に、魔王自身も拍子抜けだった。
「私を殺すと何度でも蘇り、貴方の前に立ちますので!」
負けた勇者が魔王を挑発する。
「私が邪魔でしたら、投獄でもして下さい」
勇者の言葉で、魔王は殺さずに捉える事にした。
そう、これが昨日までの出来事だ。
◇◆
投獄された勇者は、寝転がっていた。
(これで、面倒な旅が終わりました)
勇者は、やっと自分に訪れた平凡な生活を満喫する事にした。
そもそも、魔族と人族は何年も抗争をしていない。
それは、お互いに領地にあるポイントに勇者もしくは魔王が、力を注ぐと領地が居れ変わる。領地を増やす事が出来るので、一方的に人族が魔族に攻撃を仕掛けているからだ。
しかも、国王自ら戦えば良いのに、戦うのは勇者と認められた者だけという理不尽極まりない神の教えがある。
勇者の名はローゼという。
村で堕落した生活を希望していたローゼは、何の因果か勇者に認定される。
その後、村をあげての見送りに、城での戦闘訓練。
過剰な期待に、謂れのない陰口。
ローゼは、王都での生活に飽き飽きしていた。
勇者たちの英雄譚を記した書物を読んでも、実感が湧かなかった。
しかし、そこでローゼは気になる一文を見つけた。
勇者は魔王を倒さなければ年を取る事も無く、全盛期のまま何度でも蘇る事が出来る。
魔王が国王を殺す場合は別だが……。
つまり、魔界に居れば、人族には頑張って戦っていると思われる。
自分が仲間を増やさなければ、確認する者もいない。
「これです!」
ローゼは名案を思い付く。
そう、魔王と交渉して、囚われの身になればぐうたらな生活が送れる。
時々、空間魔法で人間界に戻って報告するば、馬鹿な国王や腹心たちも疑う事はしないだろうと考えたのだ。
そして、ローゼはその計画を実行に移した。
(……しかし、この部屋は汚いですね)
ローゼは部屋を見渡しながら思う。
「掃除道具を貸してもらえますか?」
見張りをしているゴブリンに要求する。
「捕虜が何を言っている」
「もう一度、言ますね。掃除道具を貸してもらえますか?」
ゴブリンの喉元に剣を突き付けて再度、要求する。
勇者にしか使えない聖剣。流石の魔王も取り上げる事は出来なかった。
暫くして、ゴブリンが掃除道具を持って来た。
「有難う御座います」
ローゼはゴブリンに礼を言うと、礼を言われたゴブリンは頬を赤らめていた。
褒められることに慣れていないのだろう。
ローゼは部屋の掃除を始める。
拭き掃除をすると、桶の水が汚れるのでゴブリンに何度も頼んで桶の水を変えて貰った。
何度もゴブリンと話をすることで、ゴブリンも警戒心が解けたようで笑顔でローゼに接するようになっていた。
「……お主たちは何をしておるのだ」
勇者の様子を見に来た魔王と配下の者たちが、勇者とゴブリンの様子を見て呆気にとられていた。
「あまりにも汚かったから掃除をしていました。ねぇ、ゴブ蔵!」
「はっ、はい!」
魔王の登場で、ゴブリンは緊張していた。
「ゴブ蔵?」
「えぇ、彼の名前です。私がつけました。ポチとピッピもそうですよ」
「ポチとピッピ?」
魔王が不思議そうな顔をする後ろで、ポチ(フェンリル)とピッピ(ゴン)は下を向いていた。
勇者は知らない二匹が残りの四天王だろうと感じた。
「後ろの犬とドラゴンですわ」
「私は犬ではない狼だ!」
犬と言われたポチ(フェンリル)が思わず反論する。
「お前たちは……」
「魔王様。申し訳御座いません」
ピッピ(ゴン)は魔王に謝罪する。
「まぁ、よい。それよりも、勇者よ! お前の目的はなんだ?」
潔く負けを認めて投獄された勇者の行動に疑問を持った魔王が質問をする。
「ここで、ぐうたら生活をしたいだけです」
「……何をいっておるのだ?」
「だから、ここで食っちゃ寝生活をしたいだけです」
「馬鹿な事を……」
魔王はローゼの言葉に呆れる。
「ちなみに私を殺したら、絶対に許しませんからね!」
「お前と私は、殺しあう定めだろう?」
「はぁ、誰にそんな事言われたんですか?」
「いっ、いや、本能? 設定?」
「貴方は馬鹿ですか! 私が此処で生活していれば、魔族は殺される事も無く治安も安定しますよね。一国の王である貴方がそんな事も分からないのですか!」
「……」
後ろの四天王たちが拍手をする。
「いいですか、私は魔王を倒さなければ年を取る事も無く、自然に死ぬ事も無い。つまり、私が此処で暮らしている限り、魔族は未来永劫幸せに暮らせるという事なのですよ!」
四天王が再び拍手をする。
魔王は、少し涙目だった。
「そもそも、外見や考えが違うってだけで、変な目で見る事自体がおかしいんですよ。それは個性だと思いませんか?」
四天王が三度拍手をする。
「だから私は、この国では大事な客人です。丁重にもてなしてもらう必要があります」
「……」
「返事がありませんね?」
「はい!」
魔王は「余は、魔王なのに……」と心の中で呟く。
◇◆
ローゼが投獄されて三日が経ち、牢獄の前には魔物達が集まっていた。
特に四天王の一人ラミア族のアメリアとは女性同士という事もあり気が合った。
種族を超えた親友といっても過言ではない。
「しかし、女性が暮らすにはみすぼらしい部屋ですよね」
「アメリアも、そう思いますよね」
「私からドワーフ族に頼んで、部屋の改築でもして貰いましょうか?」
「いいのですか?」
「親友の頼みですから!」
既にローゼが暮らす場所は牢獄でなく部屋という認識でいた。
「ちょっと、隣の部屋を借りられますか?」
「使っていませんから、いいですよ」
既に鍵が外されて自由に行き来が出来るローゼは一人で隣の部屋に行き、部屋の一角に時空魔法『時の扉』を作成する。
(これで、王城と魔王城を簡単に往来が可能ですね)
ローゼは微笑む。
「ローゼ、ドワーフ族の皆さんが来ましたよ」
隣からアメリアが呼ぶ声がするので、ローゼは急いで戻る。
ドワーフ族と改築の打ち合わせをする。
まず、部屋が狭いので隣との壁を壊して二部屋を使用する事を前提に話を進める。
風呂に、簡単な調理が可能なキッチンにトイレ。
それと、寝室にリビング等の要望を伝えて、配置していく。
「風呂は難しいな。そもそも魔族は風呂に入る習慣が無い」
「そうですか……それは私が用意しましょう」
「分かった。他には何か要望は無いか?」
「私は暖房が欲しいわね」
魔王城のある場所は、気温でいえば寒い地域にある。
ラミア族のアメリアは、そもそも寒いのが苦手だ。
ローゼの部屋に入り浸りになるのであれば、暖房設備も欲しいのだろう。
「分かった。暖炉は作ろう」
ドワーフ族達は色々と相談して、暖炉の位置を決めて、それに伴い配置なども変更する。
書き上がった図面を見て、ローゼがある事に気付く。
「申し訳ありませんが、見張りのゴブ蔵がくつろげるような場所も用意してもらえますか?」
「ローゼ様」
ゴブリンのゴブ蔵は、なにかと自分に優しくしてくれるローゼの事に好意を抱いていた。
「今度は何事だ……」
「あっ、これは魔王様。実は、勇者様にお部屋を改築する相談をしていました」
「……部屋の改築? そもそも、此処は牢屋だぞ」
「しかし、魔王様が丁重にもてなすようにと、我らに言われましたので……」
どうやら魔王が言った「大事な客人」という言葉が独り歩きして、それ相応の待遇が必要だと間違った認識が魔族の間に広まっていた。
「まぁ、よい」
魔王も諦めたのか、ローゼの部屋(牢獄)の改築を認めた。
◇◆
「おぉ、勇者ローゼよ。魔王討伐は順調か?」
「それが、魔王は勿論ですが、配下の魔族の数も多く、一匹一匹の強さの強さも半波ではありません」
「そんな状況なのか……」
ローゼは『時の扉』を使い、王都で国王への報告をしていた。
「勇者様。魔族がそれほど強大な力を持っているのであれば、私や魔導士などを旅に同行させて下さい」
騎士団長がローゼに進言する。
「騎士団長! お気持ちは有難いです。しかし、騎士団長にもしもの事があったら、可愛い娘さんの合わせる顔がありません。それは他の方でも同じです。犠牲は自分一人で十分です」
「勇者様……」
ローゼの優しさに、その場にいた者達は感動する。
しかし、自分が堕落した生活を送るには邪魔な存在だ。
「国王様、御願いが御座います」
「何じゃ、申してみよ」
「はい。とある魔族の討伐に風呂桶が必要なので、王城の来賓部屋にある物を風呂桶を含めて、王城にある物を幾つか頂きたいと思います」
「……魔族討伐の為であれば、仕方あるまい。必要と思う物があれば、気にせずに持っていくがよい」
「有難う御座います」
ローゼは心の中で、歓喜の声を上げた。
時空魔法を使えるローゼには、何でも収納出来る【アイテムボックス】を使える。
来賓の部屋でローゼは、気になった家具なども含めて全て【アイテムボックス】に放り込んでいった。
戻る前には、厨房に足を運び食材や食器なども、手あたり次第奪っていった。
何か言われそうになるが「国王様より許可は頂いている」と言うと何も言ってこなかった。
ローゼが再び、魔界に戻った後に国王は驚いていた。
◇◆
ローゼが王城から戻ると、部屋の改築が急ピッチに進められていた。
「ただいま。これ、お土産です」
持ち帰った物をドワーフたちに渡す。
土産の品を見たドワーフたちは家具の配置などを考えながら作業を進めていた。
ローゼは改築中に過ごしている部屋へと歩いて、【アイテムボックス】からベッドを出して寝転がる。
(あ~、幸せ)
天井を見ながらローゼは、幸せを噛み締めていた。
「あら? ローゼ、戻っていたのね」
「あぁ、アメリア。ただいま」
アメリアに声を掛けられたローゼは起き上がる。
王都から持ち帰った菓子や飲み物で、お茶会が始まる。
アメリアとは殆ど毎日居るので、四天王の仕事は良いのかと、気になり質問をすると、笑って答えてくれた。
元々、四天王は各地にあった中継場所を人間界に倣って『支店』と名付け、その支店で一番偉い者を『支店長』と呼び始めた。その後、魔王の配下だという事を意識する為、『支店王』と呼び方を変えて、響きや字面がカッコいい『四天王』に変化したそうだ。
つまり、四天王とは支店長の事なのだ。
アメリアもローゼとの時間が楽しい為、魔王城での勤務に変更して貰ったそうだ。
他の四天王も同じように、四天王の座を他の者に譲って、魔王城で勤務しているそうだ。
「そういえば、ストレス溜まっているって言っていたわよね」
「えぇ、ストレス解消法でもあるのですか?」
「丁度、ローゼにピッタリの仕事があるわ」
「仕事?」
アメリアに、アンデッド族が多く居る場所に案内された。
「ジモン!」
アメリアが叫ぶと、フードを被ったスケルトンが振り返り、こちらに向かって歩いて来た。
「アメリア。何故、勇者も一緒なのだ?」
「貴方とローゼの悩みを解決してあげようと思ってね。ローゼ、彼は元四天王でリッチのジモンです」
牢獄に入れられた時に、一度対面しただけだったこともあり、ローゼとジモンは、お互い挨拶する。
「ジモンの悩みは、スケルトン軍団の戦闘力向上でしたよね」
「あぁ、そうだが?」
「ローゼはストレス解消をしたいので、ローゼにスケルトンを稽古して貰いましょう」
ローゼとジモンは黙ったままだった。
しかし、二人共がアメリアの提案が悪い事では無いと思いなおす。
「私で良ければお受け致します」
「勇者に稽古をつけて貰えれば、我がスケルトン軍団の戦闘力も格段に上昇します。宜しく御願い致します」
こうして、勇者ローゼによるスケルトンの稽古が始まった。
「アメリアよ。この報告書はあっているのか?」
「はい、間違いありません」
各部隊からの中間報告書を見ていた魔王は驚いていた。
スケルトン軍団の戦闘力が、魔王軍の中でもトップクラスまで上がっていたからだ。数週間前まで、戦闘力で言えば、中の下か下の上くらいだったはずだ。
「ローゼが稽古をつけてくれた成果ですね」
「……勇者が!」
ストレス発散に、ローゼはスケルトンを一方的に攻撃する。攻撃を受けたスケルトンは一定時間で復活するが、すぐにローゼの攻撃を受けて倒される。
一度、砕けた骨が再生すると以前よりも強くなる。超再生と言われるアンデッド系の魔物に備わっている能力だ。
通常であれば、一度倒されれば数か月から数年は倒される事は無い。
しかし、ローゼとの稽古だと分単位で再生を繰り返される。
その結果、スケルトンたちは驚異的な速度で強くなっていった。
しかも、スケルトンナイトやスケルトンメイジに、スケルトンウォリアーなどの上位種に進化している。
それだけでなく、デスナイトや、リッチまで複数体居る。リッチだったジモンも、デミリッチへと進化していた。
魔王はローゼのストレス発散の事情は知らないので何故、勇者が魔族の戦力強化に協力しているのか疑問だった……。
◇◆
「……その、勇者よ。魔王討伐は順調なのか?」
「いいえ、順調ではありません。人間界への侵略を止めるだけでも精一杯です」
「その割には肌艶も良いし、その……少し、体系もふくよかな感じが……」
何度も戻って来ては、理由をつけて王城から色々な物を持って行く、肌艶が良く太った勇者を国王が不振に思う。
「国王様! 失礼ながら発言させて頂きます。私は魔王討伐に出てから、一度も死んでません。その分、蘇生費が浮いている筈だと思います。その浮いた蘇生費は何に使われているのでしょうか? 蘇生には莫大は費用が掛かると旅立つ前におっしゃいましたかと思います。私は国民の事考えて、死なぬように努力しながら魔族と死闘を繰り返しているのです」
「あっ……その、余が悪かった。忘れてくれ」
神父は苦笑いして、勇者から目線を反らしていた。
蘇生に莫大な費用が掛かるなどは嘘だと、ローゼは知っていた。
魔王討伐に便乗して、資産を増やしたい協会が何度も死ぬ勇者の蘇生に対して、法外な費用を要求しているだけなのだ。
「それと、私からも大事な報告があります」
「なんじゃ、申してみよ」
「はい。実は歴代の勇者たちは、魔王と取引をして、領地の一部を貰う見返りとして、人族の情報を得ていたそうです。特に前回の勇者からの情報は、人間界にとって致命的なものらしく、何億という魔物が人間界に攻め込んでくると複数の魔族たちから情報を得ております」
「なんじゃと! それは誠か!」
「はい」
国王や大臣など、この場にいた者達は驚く。
まさか、人間界の代表である勇者たちが、自分達を裏切っていたのだから……。
しかし、これはローゼに虚言だったが国王たちには、思い当たる節があるのかローゼの言葉を信じてしまう。
確かに魔王討伐から帰還した勇者は、必ず領地を一つか二つだけ増やして戻って来たと記録されている。
しかも歴代の勇者は魔王討伐した事で、国王に次ぐ権力を持ち、人気だけであれば、国王を凌ぐ事もあった。
姫を要求された歴代の国王は、断る事も出来ずに勇者へ娘を嫁がせた事もある事を、国王は思い出す。
国王になる事も断ったのは、魔族に情報を流すには都合が悪かったからだと、勝手な解釈をしていた。
「私も信じられませんが、そのせいで私がこんなに苦戦してしまい、同じ勇者として恥ずかしい限りです」
「ローズよ。お主が恥じる事は何もない。むしろ、よくやってくれている」
国王は歴代勇者の末裔になる貴族に対して、不正や不穏な動きが無いか調べるように指示を出していた。
誰でも後ろめたい事の一つや二つはある。特に貴族同士は、他人を蹴落とそうと常に考えている。
例え、虚言だろうが勇者の末裔を良く思っていない貴族たちにとっては、格好のネタだろう。
◇◆
「ローゼ、おかえり」
「ただいま、アメリア」
「どうだった、人間界は?」
「疲れたよ。定期報告も面倒だし、考えないとね」
「そう……はい、どうぞ」
「ありがとう」
ローゼはアメリアが出してくれた飲み物を口にする。
「アメリア、魔界であまり使われていない場所ってある?」
「使われていない場所?」
「うん。ちょっと人間界と領地を交換したいところがあってね」
北の山脈の三分の一は魔界なのだが、三分の二は人間界になる。
何年かに一度、人間界で遭難者が出る程の危険な山で麓に村にも誰も住んでいない。
反対に、魔界では山に生息する魔物達は生息数が増えているので、活動範囲を広げたいと、魔物達から相談を受けていた。
「成程ね……あそこはどうかしらね」
アメリアは平地が広がる場所があるのだが、森などを好んで生息する魔族にとっては、平地はあまり活用されないそうだ。
しかも、人間界ではその近くに村もあるので、好条件の場所だ。
国王も平地を奪えば、山脈が奪われたとしても痛くも痒くも無いだろう。
勿論、奪い合いになるので、ローゼに疑いの目が向けられる事も無い筈だ。
「いいね。魔王に相談して来るね」
ローゼは一人で魔王の所へ向かった。
「お主は、本当に勝手に出歩くな」
「細かい事は気にしなくてもいいですよ」
「いや……」
魔王は、勇者と会話が噛み合わないと思っていた。
しかも魔物達が最近、勇者に色々な相談をしているという噂も聞いていた。
元四天王や、他の腹心たちも自分に報告を上げる前に一度、勇者の所に通っているそうだ。
既に勇者は、魔界にとって必要な存在になっていた事に、魔王は脅威を感じていた。
「この領地と、この領地を交換してくれない?」
「はぁ?」
ローゼは先程、アメリアに説明をした内容を魔王に話す。
「……そういう事情なら仕方が無いな」
「私が魔界の領地を奪った後に、山脈の領地を奪ってくれますか? それと奪う前に人間界に私が一人で魔族と戦って、手こずっている事も伝えて下さいね」
「何故、そんな事までいう必要があるのだ?」
「私が頑張っている事を、人間たちにアピールする為です」
「……」
魔王は言葉を失っていた。
「それと、その時にはこの情報も言って下さいね」
ローゼは歴代勇者との癒着していた嘘を話す。
「お主、流石にこれは酷く無いか?」
「やってくれますよね?」
「……いやっ、しかしだな」
「やってくれますよね?」
「……分かった」
魔王は自分より、勇者の方が性根が腐っていて、魔王に合っているのではないかと、考えていた。
◇◆
数日後。
勇者が領地を増やしたため、魔界との境界が移動した。
この事はすぐに、人間界全体に伝わった。
王都では祭りでもあったかのような騒ぎだった。
それほど、人間界では嬉しい出来事だったのだ。
しかし、浮かれる人間たちを、失意のどん底に陥れる事件が、その夜に起きる。
魔王自ら、人間界にメッセージを伝えたのだ。
「人間たちよ。この山脈は貰い受ける。今迄の勇者と違い、我の提案に乗らぬ今回の勇者は愚か者だ。今の勇者が倒れた時が人間界崩壊の時だ。覚悟しておくがよい!」
人々の間に不安が広がる。
しかも、歴代の勇者が魔王と取引していた事、今戦っている勇者は、魔王の取引を断り、自分達の為に必死で戦っていてくれる事。
一気に、勇者ローゼを応援する雰囲気が作られた。
そして、仲間を連れて行かない事も、仲間になろうとした家族たちを悲しませないためだと人々は知るとより一層、応援ムードに拍車を掛ける事になった。
「国王様。申し訳御座いませんでした」
「いいや、勇者よ。よくやってくれた。あの場所を取り戻してくれただけでも感謝する。山脈は仕方が無い……」
「申し訳御座いません」
ローゼは国王に対して、形だけの謝罪をする。
「魔王が正式に宣言した事で、今以上に厳しい戦いになるかと思います」
「うむ……」
「今迄のように、討伐の間にしていたこの定期的な報告も難しいかも知れません」
「仕方あるまい」
「私が死ななければ、魔王が攻めて来る事はありません。何年いえ、何十年と戦い続ける覚悟はあります」
「お主、一人に辛い任を背負わせてしまい、国王としてもう一度礼を言う」
「いいえ、これは私にしか出来ない事です。必ずや、人間界に輝かしい未来が訪れるように致します」
「……頼んだぞ」
「はい。これが最後になるかも知れませんが、お元気で」
誰も言葉を発しなかった。
「では、失礼致します」
ローゼは謁見の間を後にして、魔界へと戻る。
「うーん」
背伸びをしながらローゼは、これからの堕落した生活が嬉しくて笑顔になっていた!
囚われ勇者の悠々自適生活! 地蔵 @jizou_0204
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