第100話 褒賞と魔王軍残党

「やあ、アーノルド君。この一ヵ月、ご苦労だね」


「なんか嫌な予感しかしない……」


「そんなことはないよ。アーノルド君は、うちのローザの夫に相応しい格を得られるのだから」


「それってつまり……」


「アーノルド君たちの対魔王戦における戦功を表彰し、その功績に相応しい褒美を与えるための式典が行われるので、アーノルド君たちは必ず出席するように」


「……(すげえ緊張しそうでやだなぁ……金だけくれ。名誉いらん)」




 この一ヵ月間。

 ほぼ錬金三昧で世情に詳しくなかったが、ホルト王国は無事にマカー大陸の全土占領に成功したようだ。

 新しい領地を完全に併合し終わったので、ようやく対魔王戦における戦功を表彰する式が開催され、俺たちにも参加するようデラージュ公爵が言ってきたわけだ。

 どうもこの手の式典に参加するのに慣れておらず、俺としては断りたい。

 褒美だけくれと言いたいところだが、相手はローザの父親で、公爵閣下で、ホルト王国の宰相でもある。

 典型的な日本人としては、断るという選択肢は選べなかった。

 そんな度胸はないとも言う。


「俺もかぁ……」


「シリル、パーティメンバーは全員よ」


 アンナさんの言うとおりだ。

 魔王を倒したパーティメンバーは、全員が出席を義務づけられている。

 褒賞しないわけにいかないのだから当然だ。


「アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム。魔王討伐に大功ありと認め、貴殿を伯爵に任じ、マカー大陸副総督にも任じる。他の者たちにはそれぞれ褒美を下賜する」


「ありがたき幸せ」


 王城に赴いたら、デラージュ公爵からそう告げられ、陛下から任命書と金銀宝石、錬金で使えそうなものを褒美として貰った。

 裕子姉ちゃんたちが褒美だけなのは、俺がパーティのリーダーだからなのか?

 あとは、派遣軍に参加していた貴族たちも爵位を上げてもらったり、褒美を貰っていた。

 ロッテ伯爵もいて、彼は侯爵になっていた。

 派遣軍のトップだから当然か。


「それにしても、僕が伯爵なのか……ホッフェンハイム子爵家がホッフェンハイム伯爵家になったってことなのかな?」


「いやそれは違うぞ。アーノルド殿は独立した法衣伯爵家の当主になったのだ」


 見た目が子供の俺は、その辺の細かいところがよくわかっていないと思われたようだ。

 ロッテ伯爵……じゃない、侯爵か……が俺の家を訪ねて来たので、その辺の事情をみんなで聞くことになった。

 彼はお酒が一滴も飲めず……見たままとも言う……リルルが作ったケーキを美味しそうに食べながら事情を説明してくれた。

 一応、俺に恩義を感じてくれているようだ。


「独立ですか? 僕はホッフェンハイム子爵家の嫡男ですよ」


「お父君はまだ若い。これから、アーノルド殿が二人以上子を成せば済む問題だ」


 なるほど。

 俺の嫡男がホッフェンハイム伯爵家の、次男が父のホッフェンハイム子爵家の跡取りというわけか。

 随分と気前がいいんだな。

 この世界のどこの国も、貴族をあまり増やしたくないのが本音なのに。


「魔王軍と内乱のせいで、かなりの数のバルト王国貴族たちが消えたのでな。マカー大陸の八割がホルト王国の直轄地なのだ。二割の旧バルト王国貴族たちの監視で、こちらから加増移封するホルト王国貴族も合わせたところで三割。その分、王都があるバーン大陸における直轄地が増えた。王国としては、功績著しい者たちに貴族の枠を少し用意するくらいなら寛容にもなるさ」


 ロッテ侯爵、意外と皮肉屋なところもあるのか。

 どの国も、直轄地が多い方が中央の力が大きくなるのでそうしたい。

 だが、そう簡単に領地なんて増えないし、下手に貴族から領地を奪うわけにいかない。

 最悪反乱になってしまうからだ。

 紆余曲折があったし、犠牲も多かったが、ホルト王国がマカー大陸を独り占めできたのは、長い目で見れば大きな得というわけだ。

 軍官僚で計算が得意なロッテ侯爵らしい説明ではある。


「しかも、法衣伯爵じゃないか。アーノルド殿は」


「その方がありがたいですけど」


 ホッフェンハイム子爵家は、代々法衣子爵家なのだ。

 そう簡単に、領地持ちの伯爵にされても統治する人材が集まらない。

 それなら、法衣貴族の方が楽というもの。

 金なら錬金で稼げるのだから。


「だからだよ。アーノルド殿に領地を与えた結果、忙しくて錬金できなくなったら本末転倒ではないか。どうしてアーノルド殿が、お飾りのマカー大陸副総督に任じられたと思う?」


「お飾りなんですね、やっぱり」


 十歳の子供に一大陸を統治する総督の補佐を任せるほど、ホルト王国も頭が上っていなかったということか。


「アーノルド殿に任せても大丈夫そうだがな。これから長い復興が続くマカー大陸なので、錬金物は欲しいよなということだ。これからアーノルド殿が死ぬまで出す役職手当以上の利があるからこそ、お飾りの副総督職というわけだ。なお、私も副総督に任じられている」


「副総督なのですか?」


 俺はてっきり、総督に任じられると思っていた。


「我がロッテ家は、王族の血を引いていないのでね。総督はデラージュ公爵だが、これもお飾りだ」


 なるほど。

 陛下の弟であるデラージュ公爵を実務者にしてしまうと、他国からの離間工作があるかもしれない。

 なにより彼は宰相で暇ではない。

 彼を名ばかり総督にして、実務は功労者である副総督ロッテ侯爵に任せるわけか。

 そして俺は、マカー大陸が錬金物を優先的に入手するため、やはりお飾りの副総督に任じられたと。

 名誉とかなりの額の給金はくれるわけだ。


「忙しくなりそう」


 百年以上魔王軍と戦ってきた大陸の復興。

 お金も物資もどれだけ必要か……。

 お飾りとはいえ、まだ子供の俺に地位を与えるということは、錬金物で貢献とまではいかないが、融通は利かせろよということなのであろう。


「それ以上は忙しくならないな」


「そうなんですか」


 意外だな。

 もっと錬金物を寄越せと、言うと思っていたのに……。


「すでにギリギリまで働かせているのでな。アーノルド殿はどうせ錬金学校を卒業するまで今のままだ、あまり無茶はさせられない」


「……わーーーい、その優しさに涙が出てくるなぁ……」


 それは、学校も俺たちを放任するわけだ。

 卒業するまで、注文の品を錬金していろと言われ、それに対応できる奴が生徒だなんておかしいのだから。

 俺になにか教えるだけ無駄というか、その労力を他の生徒たちに回したいのであろう。


「俺はどうなるんだろう?」


「そうね、私たちはアーノルド君ほど優秀じゃないもの」


「まだ作れないものも多いよね」


「アーノルド君から教わればいいだろう」


「「「ああっ! 問題解決!」」」


 実際に教えられるし、完全に見抜かれているとはなぁ……。

 さすがは、レブラント校長というべきか。


「で、早速相談なんだが……」


「はあ……」


 さすがというか、ロッテ伯爵は仕事に関しては効率よく進めるよな。

 一度で済むから、この方が都合もいいのだけど。


「復興に必要な錬金物はいい。アーノルド殿たちが作ってくれるからな」


「完全に頼りにされているわね」


「それはそうだろう。ローザ殿が私の地位にいたとして、アーノルド殿を使わずに済ますかな?」


「ないですね」


「そういうことだ。問題は金なのだ。バルト王国の資産はどこに消えたのであろうか?」


「「「「「「「……」」」」」」」


 俺以外の全員がロッテ侯爵から視線を逸らしたが、なにも魔王城の宝物を全部回収した件を責めているわけではない。

 戦で戦利品を獲ることは、別に後ろ指を指されることではないし、それを認めなければ誰も魔王軍の領域に入らないのだから。

 危険でも利益があるからこそ、将兵も冒険者も命がけで働くわけだ。


「確かに、質はともかく量の点において、あれが魔王軍の資産すべてなのかという疑問は出ましたね」


 RPGのラストダンジョンでいきなり数兆円とかが手に入るわけはないので、魔王城のお宝の量はゲーム基準でいうと適正、平均値なんだと思う。

 だが、現実では国を回してるのだ。

 ましてや、魔王軍は仮想通貨や電子マネーを使っているわけではない。

 バルト王国資産、当然国立の銀行もあったので、多くの国民の資産を預金として預かっていた。

 それはどこに消えたのだという疑問が出てくるわけだ。


「それをアーノルド様に……」


「わかるだろう?」


「あっ、いえ……まあ……」


 ビックスは、ロッテ侯爵の質問に答えにくそうだ。

 俺の常に先を読む戦法でビックスたちは効率よく強くなり、魔王やその幹部たちも思ったほど苦戦せずに倒せてしまった。

 俺になにかあるのはわかっているが、それをホッフェンハイム子爵家に仕えている彼が軽々しく口にするわけにいかない。

 だから口籠ってしまうのであろう。


「『神託』、『予知夢』、『未来視』などの特殊な特技なのかは知らないが、とにかくヒントが欲しいわけだ」


 魔王軍が隠したのではないかと予想されている、旧バルト王国の資産。

 ゲームの設定では実際にあった。

 ゲーム画面に出てくるわけではなく、キャラの会話に出てくるわけでもない。

 なぜ俺が知っているのかといえば、ネットのHPに掲載されていたネット小説の内容だったからだ。よくある話だが、シャドウクエストの制作会社はこのゲームが大ヒットすると考えていた。

 マルチメディア展開の用意をしており、その中の一つが『ゲーム後の主人公たちの活躍を記した』ファン小説というわけだ。

 もっとも、出版して勝算があるほどファンがいなかったので、ネットに無料掲載されたものを読んで、俺を含むファン有志たちが騒いでいただけだけど。


 その小説によると、バルト王国は滅んでいないが、主人公たちは魔王軍に奪われた財宝を巡って、魔王軍の残党と死闘を繰り広げていた。

 ゲームの続編が出れば描写されたのであろうが、それは商売の都合上なかったので、ネットに掲載されたファン小説のみ。

 ゆえに、この情報を知る者は少ない。

 この世界ではまず間違いなく俺だけであろう。


「あてはありますよ。あと、魔王軍の残党。まさか、もう全滅したと思っていました?」


「まさか……。マカー大陸全土を掌握する過程で、多くの魔王軍の残党らしきモンスターは倒しているし、今も討伐中なのに変わりはない。もっとも、それが本当に魔王軍にいたモンスターなのか、もしくは野良モンスターなのか完全に区別はできないがね」


 モンスターは倒すと消えてしまうから、事後報告を信じるしかないという。

 魔王軍に操られていた野良モンスターは多く、そのモンスターが話せるのか確認している場合ではないケースも多い。

 ロッテ侯爵も、すでに魔王軍は全滅したなどと思い込んでいるほど、おめでたい性格をしているとは思わないか。

 そういう人でなければ、副総督などできないのであろう。


「魔王軍の残党ですか。慎重なのはいるでしょうからね」


 この時期にわざわざ暴れまわるバカたちは駆除されて当然。

 むしろ危険なのは、ちゃんと状況を理解して潜伏している奴らであろう。

 こちらの探索の手が緩んだ時、なにかやからす可能性が高い。

 警戒が薄くなっているので、小さな手間で大きなことをやれてしまうからだ。


「魔王軍の残党と旧バルト王国のお宝は繋がっている」


「だろうな」


 俺の推察……ファン小説の知識からの情報を聞き、ロッテ侯爵は納得したように首を縦に振った。

 慎重で賢い魔王軍の残党は、その隠し財宝を使ってなにかするかもしれない。

 喋れて知能も高いから、人間を欲で釣って共犯者にしてしまうのだ。


「任せていいのかな?」


「準備と、錬金工房の件もあるから一週間後に着手します」


「わかった、期待している」


 魔王軍の残党だから、魔王を倒した俺たちなら簡単に倒せる……ほどシャドウクエストの設定は優しくないので、ちゃんと準備を整えなくては。

 そしてそれよりも、錬金工房を数日休んでも大丈夫なようにデラージュ公爵と打ち合わせを……十歳の仕事じゃないと思うんだよなぁ……。

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