第99話 放任

「アーノルド君が主席、ローザ君が次席、シリル君が三席、アンナ君が四席、エステル君が五席で決定だ。終業式まで学校に来なくても問題はない。錬金工房で頑張ってくれたまえ」


「レブラント校長、それは錬金学校の校長先生としてどうなのでしょうか?」


「いやあ、我が校としても、錬金もできない貴族たちが錬金に口を出せば文句は言うのだが、優秀な錬金術師である君たちに回避の水晶作りを任せると決まったことに文句はつけにくいのだ。功績稼ぎ名目の、駄目貴族の子弟たちが押しつけられたら拒否はするがな。生産量を落とすつもりかと」


「じゃあ、このまま二年生になるまで回避の水晶作りなのですか?」


「他国では、いまだあちこちでモンスターたちが暴れているらしいのでな。人助けとなれば、これはもう錬金術師の使命のようなものだ。拒否するのは難しいかの」




 まだ学年末まで三ヵ月近くあるのだが、渡された筆記試験に解答をしたらもう進級が決まってしまった。

 錬金学校は、才能がある錬金術師の卵たちが錬金を学ぶ場所である。

 すでに一人前の錬金術師扱いされた俺たちは、無理して学校に通わなくても成績優秀者として進級、卒業できるそうだ。

 こういうところは、錬金学校も融通が利くというか……。

 実利主義とも言うのか。


「実際のところ、普通の一年生など、傷薬(小)の錬金を七割成功させれば成績優秀者の扱いなのだ。君たちはもう学生とは呼べないレベルにある。在学期間は決まっているが、その間無為に過ごさせるわけにいかない。マカー大陸では、多くの錬金術師たちが命を落とした。現在、錬金学校の規模を広げるか相談しておってな。君たちが未熟なら教えるが、そうでない者に先生面して教える手間が惜しいのだ」


 バルト王国の錬金学校は、魔王軍の侵攻のせいで閉校となってしまった。

 前線に近い場所での錬金作業で、モンスターに狙われて命を落とした者たちが意外と多いそうだ。

 教師になれる錬金術師にも被害が集中しており……主に暗黒魔導師の仕業らしいけど。

 そんなわけで、マカー大陸から多くの生徒たちを受け入れるかもしれず、俺たちを教えている手間が惜しいらしい。

 実は、すでに教わるようなこともないのだけど……。


「定期試験は終わったのだ。あとは自由にやってくれ。回避の水晶玉……ワシには作れない高度な錬金物だ。天才とはいるものなのだな」


 すみません。

 それは俺が天才だからではなく、最初からレシピを知っていたからです。


「そろそろ入学試験もある。マカー大陸の生徒たちも受験するし、合格者の受け入れ準備などもあって、我らは忙しいのだよ」


「そうですか」


 わずか十歳で、教師たちからもう教えることはないと言われてしまった俺。

 『それってどうなんだ?』と思わなくもないけど、こういう割り切りのよさも錬金術師には必要なのかもしれない。


「あっ、実はオードリーも受験するんですよ」


 オードリーは魔法使いなんだが、基礎ステータスは運以外カンストしていてレベルも高い。

 錬金術の才能を自然と獲得していたのだ。

 食いっぱぐれないのと、俺のためにも錬金術師になってほしいと思う。

 錬金工房の手伝いもできるからね。


「アーノルド君の家臣だったな。魔法の名手でもあると聞いた。まず落ちることはないだろうな」


 さすがはレブラント校長。

 オードリーの才能を一発で見抜いたようだ。

 彼女が入学試験に落ちるとは、俺も思っていなかった。


「そういえば、今年は貴族の子弟の受験者が多いのだよ」


「そうなんですか」


 ホルト王国は、領地が大陸二つになった。

 人々の生活に錬金は欠かせず、これを習得できれば社会的な地位と収入を確保できるからであろう。


「アーノルド君の錬金工房に入りたいようだな。貴族たちは纏まるのが好きで困る。まあ、合格基準に達しなけば落とすだけだがな。噂では、アーノルド君は魔王討伐で比類なき功績を……おっと、これは秘密だった」


 さすがはレブラント校長。

 俺たちが魔王を倒したことも知っているのか。

 錬金学校に入学さえできれば、同じ貴族同士なので俺と知己になれたり、分け前があるはず。

 そう思った連中が、才能もないのに入学試験を受けるわけか。


「すみません、面倒かけて」


「基準に達しなければ、たとえ陛下でも不合格なのが錬金学校の不文律でな。我らはそれに従うのみだ。むしろ、不合格になったあとがまずい」


 同じ貴族なんだから、錬金工房に入れろとか言ってくるわけか。

 なんか面倒な話だな。

 錬金で忙しいのだから、俺たちの足を引っ張らないでほしい。

 ちゃんと錬金してくれるのならいいけど。


「というわけだ」


 レブラント校長との話を終えて校長室を出ると、そこにはシルビア先生が立っていた。


「シルビア先生」


「お久しぶりですね。私はアーノルド君たちの担任なんですけど、担任らしいことはなにもしていませんが……」


 シルビア先生は申し訳なさそうだが、事情が事情なので仕方がない。

 それに、クラスの他の生徒たちを優先して見なければいけないのだろうから。


「私は二年生になっても担任ですので、なにか困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」


「ありがとうございます」


 困ったことかぁ……。

 なにもないに越した方が……それだとシルビア先生の仕事がなくなってしまうか。

 無事に期末試験も終わり、留年はなくなったので、あとは終業式まで錬金漬けの日々というわけだ。

 魔王退治よりはやり甲斐のある生活なのかな。


 俺は、戦闘ジャンキーじゃないしね。

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