第98話 日常に戻る?
「あの魔王を倒しただと! 本当か? アーノルド殿」
「別に疑ってもいいですけど、私たちはもうそろそろ学校に戻りたいのです」
「疑ってはいないが、確認は必要なので偵察部隊を魔王城に送り出そう。そういえば君たちには学校があったか……。試験もあると聞くし、どうせ確認に時間がかかるので先に戻ってくれていて構わない」
「それはありがたいです。それでは……」
魔王を倒した俺たちは、ロッテ伯爵に魔王を倒したことを報告した。
信じてもらえるかどうか……。
もし信じてもらっても、功名欲しさにロッテ伯爵が報告を偽るかもしれない。
別にどちらでもいいけど。
下手に、この荒れ果て、魔王軍の残党が残っているかもしれない政情不安な土地でも与えられたら面倒だ。
俺たちは錬金術師で、この身があればいくらでも稼げるのだから。
動産の褒美なら大歓迎だ。
「じゃあ、王都に戻るか」
「オードリーさんの『縮地』で戻らないの?」
「ボクは、このマカー大陸から一歩も外に出たことがないのです。『縮地』の目的地を覚える必要があります」
オードリーは、正式にホッフェンハイム子爵家の家臣になったので、彼女が『縮地』で行ける場所を増やさないと。
とにかく学校もあるので、俺たちは急ぎ港へと向かった。
そして、船でホルト王国へ。
無事に北の港に到着し、さらに王都を目指して十日ほどで、ようやく王都に辿り着いた。
「アーノルド君、よくぞやってくれた」
王都にある家に戻ると、偽装工作を担当していたデラージュ公爵が出迎えてくれる。
事前にロッテ伯爵から報告が行っていたようで、俺たちが魔王を倒したことを知っていた。
「ロッテ伯爵が錬金通信で伝えてきた」
「随分と豪気ですね」
「情報が情報なので、高価だが錬金通信にしたのであろう。さすがにあの男も、普段の吝嗇ぶりを発揮しなかったわけだ」
錬金通信は、その名のとおり錬金で作られた機材を用いて行われる通信のことである。
無線並に便利だが。一つ弱点があった。
それは、魔石の消費量が多すぎて、とにかく通信にコストがかかるのだ。
大切な通信以外では使われず、当然世間にもあまり普及していなかった。
ゲームでも、たまに使われているくらいの描写しかないくらいなのだから。
「魔王城に、魔王及び暗黒魔導師、モンスターたちの姿はなかった。現在、マカー大陸全土の占領作戦を実施中だが、野良モンスター以外はほとんどいないそうだ。少数が討伐されたが、連中は上を失ったせいか統率が乱れており、以前ほど強くないらしい」
それは、魔王たちと連絡がつかなくなったので狼狽して当然というか……。
別世界と繋がっていた鏡も破壊したのでもう戻れず、大変だったんだと思う。
そんな中で、士気が高い人間と戦えと言われてもというわけだ。
「本当に魔王を倒してしまったのだな、アーノルド君は」
「みんなで倒したんですけどね」
さすがに俺一人では魔王は倒せない。
これも、俺の言うとおりに動いてくれたみんなのおかげだ。
「だが、アーノルド君の役割は大きかろう。ヒンブルクの城塞都市では大きな戦功をあげたと聞く」
「戦闘では貢献していないですよ」
補給で貢献しただけなので、戦功なんてないことにしていいと思う。
下手に称されると、脳味噌筋肉な軍人たちがうるさいからだ。
それよりも、ツケにした錬金物の代金を支払ってもらえる方が嬉しいかな。
「結局、マカー大陸はホルト王国が併合することになった」
他国は、暗黒魔導師の蠢動により自国内でモンスターたちが暴れ始めたため、討伐と治安維持のため派遣軍を引き上げてしまった。
その前に、欲に駆られて魔王軍と相討ちになり、再編も厳しい状況まで追い込まれていたけど。
少しでも軍勢を残しておけば、多少の領地なり、利権を得られたんだが……暗黒魔導師の秘術は彼の死後もしばらく続くという設定のため、いまだ他国は暴れるモンスターたちの対処で忙しかった。
それどころではないというわけだ。
「我が国は、アーノルド君がレシピを開発した回避の水晶があるので、暴れるモンスターたちの被害がほとんどない。おかげで助かっているよ」
死んでも、その秘術がしばらく解けない。
ゲームの設定だけど、暗黒魔導師の底意地の悪さがわかる事例であった。
魔王が倒れたあとも、他国は暴れるモンスターたちのせいで準戦時状態というわけだ。
「陛下とも相談したのだが、今回の一連の件の勲功はちゃんと精査してから行うことになった。当然アーノルド君たちも対象になるが、それまでは学業に集中してくれたまえ」
「ありがとうございます。僕たちは学校に戻ります。錬金工房もありますしね」
「そうだな。色々と忙しいとは思うが……実はもう一つお願いがあってだね」
デラージュ公爵は、俺に頼み事があるという。
できれば叶えてあげたいが、実際にどんなお願いなのか聞いてみないことには。
「回避の水晶なんだが、他国が欲しいと言っていてね。今さらマカー大陸に手を出されても困るので、これをホルト王国が窓口になって販売することにしたのだ。これが注文書だ」
「……えっ?」
と言いながら、デラージュ公爵は注文書の束を俺に渡した。
そのあまりの量に、レベルアップのおかげで重たいわけがないのに、眩暈がしてくるような……。
「他にも、君の錬金工房の傷薬や毒消し薬、魔力回復ポーションの人気は高い。なるべくその需要に応えてほしいというのが、私の願いなのだ」
「はあ……」
「大変だと思うが頑張ってくれ」
「それ、学校に行けないんじゃあ……」
シリルの呟きを、聞こえないフリをして無視するデラージュ公爵。
彼の予想は当たり、俺たちは学校どころか、次の日から錬金工房で錬金し続ける羽目になっていた。
お休み?
そんなものはないのです。
あの注文書を見れば、それは一目瞭然という。
「アーノルド君、ちゃんとお金は払うから」
「これが無料奉仕なら、他国に亡命するかもしれません」
「はははっ、アーノルド君は冗談がキツイなぁ……」
いや、冗談じゃなくて!
そうなると、没落前に他国に亡命ルートかぁ……。
完全にゲームから外れるな。
もっとも、この時点でゲームのフローチャートなんてどうでもいい状態に陥っていたけど。
「我が国とマカー大陸安定のため、回避の水晶を作ってくれ」
「(暗黒魔導師の野郎……)」
ゲームだとフィールド上でモンスターが際限なく出現するが、野良モンスターはともかく魔王の配下たちは人間により掃討作戦が進めば……。
それに、この現実世界で暴れるモンスターたちに苦慮する人たちのことを考えると……睡眠時間が取れないわけでもないから……。
「お父様、他国に回避の水晶を売って国内が安定した結果、マカー大陸に再び野心を抱いたらどうするのです?」
「それは……ないはずだ……」
裕子姉ちゃんの際どい質問が、デラージュ公爵の胸に突き刺さる。
表面上は恩義を感じていても、裏ではマカー大陸に対し再び野心を燃やすかもしれないからなぁ……。
裕子姉ちゃんが、『国家に真の友情なんてあり得ないのよ!』と言いながら、他国との戦争に勝利するとイケメンの王様や王子様を捕虜にできるシミュレーションゲームをしながらドヤ顔で語っていたのを思い出した。
えらく変なゲームだなと、俺は裕子姉ちゃんがプレイしている様子を見ていたけど、やはりセールスは見事に爆死したそうだ。
現実ではともかく、ゲームでは駄目なジャンルなんだな。
「回避の水晶を販売するスピードをコントロールして、マカー大陸が安定するまで時間を稼げばいいのよ。回避の水晶が欲しい間は、他国も悪事を働かないはず。そして、私たちも忙しさがマシになるわ」
「おおっ! さすがは我が娘ローザよ!」
頭いいなぁ。
さすがは裕子姉ちゃん。
善悪は別としてだけど。
「もうすでにそうしているんだが……考えてもみろ。全世界で回避の水晶を作れるのはアーノルド君だけだ。世界中からの注文である以上、制限してこれなのだ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
絶句する俺たち。
だが、基礎ステータスの知力と器用が百で、レベルも高いみんなを逃さない。
頑張って、回避の水晶を量産する道連れ……仲間となっていただこう。
ちゃんと報酬は出すから!
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