第97話 魔王戦
「随分と外が静かだな……。暗黒魔道士が、うるさいモンスターたちを静かにさせているのか。召喚に集中したい余には好都合。奴にすべてを任せて正解だったな」
別の荒廃した世界より、この世界に侵攻して百年以上。
順調だった世界征服と人間抹殺であったが、このところ人間側の思わぬ反撃により大分進捗が滞ってしまった。
かなりの支配領域を削られ、多くのモンスターたちが討たれてしまったが、それについては大した問題ではない。
この世界に連れて来れたモンスターたちの数が少なかったので、数だけは多い人間に押されることもあるのは想定済み。
今、余は大規模な召喚の準備をしている。
これに成功すれば人間など……あと数年かかるが、守りに徹していれば惰弱な人間が攻め込むことなどあり得ない。
数年後、我ら魔王軍に対し優勢だった人間たちは、別世界より溢れたモンスターたちに絶望することになるのだ。
今度こそ、人間たちを根絶やしにしてやろうぞ。
「静かなのはいいが、暗黒魔道士の奴め、定時報告に来ないな」
組織において、『報連相』はなによりも大切だろうに。
確かに奴はよくやっているが、そこのところを忘れてしまっては駄目だ。
昨晩も、今朝も、報告に来なかったのはよくない。
せっかく余より得た信用を失う結果となってしまうかもしれないからだ。
「暗黒魔道士! いるのか?」
余が、バルト王国よりこの城を奪ってより百年以上。
増改築や修繕を繰り返し、広大で荘厳な雰囲気となった城内に余の声が響き渡る。
余の声を聞けば、暗黒魔道士はすぐに駆けつけるはず……なぜ奴は来ないのだ?
「おいっ! 暗黒魔道士!」
「鈍いなぁ……奴はもう死んだよ。しかも昨日のうちにな」
「人間か!」
この百年以上、余と余が認めた者しか入って来れなかった……ましてや人間などが入って来ていいはずがない玉座の間に、人間が八人も!
しかも、リーダーらしき人間はまだ子供ではないか。
口の利き方も生意気で、いったい親はどのように躾けたのやら。
まあ、それはどうでもいいか。
どうせ余が惨たらしく殺してしまうのだからな。
それよりも、暗黒魔道士を殺しただと?
そちらの方が気になるので、それを問い質してからバラバラに引き裂いてくれよう。
八人……引き裂き甲斐があるというものだ。
特に子供が二人。
子供は体は柔らかく、さぞやよく裂けるであろう。
ここに入り込んだ不運を呪うがいい。
「魔王だ」
「魔王ね」
まさにRPGのラスボスの王道といった、漆黒の巨人が俺たちの前に姿を見せた。
玉座に余裕綽々な態度で座りながら、俺たちを観察している。
周囲に黒いオーラを纏っているが、これこそが魔王が魔王たる『暗黒の衣』と呼ばれるものであった。
これに覆われている魔王は、とにかく攻撃が通らないのだ。
しかも、物理、魔法両方だから困ってしまう。
「暗黒魔道士を倒しただと?」
「倒したし、しかも昨日のことじゃない。あんた、間抜けなの? 普通気がつかない? 本当にこんな間抜けが魔王なのかしら?」
「なっ!」
裕子姉ちゃん、まがりなりにも相手は魔王なんだけど……。
でも、気持ちはわからないでもない。
隣の空間で自分の配下が倒されて断末魔の声をあげているのに、それに気がつきもせず、しかもそのあと俺たちが飯食って寝ていても気がつかないのだから。
まさにゲームどおりというか……。
「あっ、でも! 魔王は別の世界からもっと強力なモンスターを呼び出す召喚の準備で忙しいからさ。集中していると、周りが見えなくなるっていうか」
「アーノルド君、魔王の配下でもないのに魔王に詳しいんだね」
「……勘です」
エステルさん、一見天然なんだけど、意外と鋭いというか……。
やっぱり、アンナさんの幼なじみなんだよなぁ……。
「それで、敵の侵入に気がつかないなんて間抜けだと思うけど……」
「うるさい! 小娘のくせに生意気な!」
アンナさんからの指摘が図星だったようで、魔王は若干キレていた。
確かに、魔王にしては行動が間抜けすぎる。
それだけ、暗黒魔道士を信用していたのだろうけど。
「暗黒魔道士は俺たちが倒したし、城内のモンスターたちも全滅だから。お前はもうボッチなんだよ」
部下がゼロで。ボッチな魔王。
シュールというか、間抜けではあるな。
「というわけで、あんたはこれから私たちによって袋叩きなわけ。理解した?」
「ふっ、これだから小娘は無知で困る」
「無知? 私が?」
裕子姉ちゃんは、魔王から無知だと言われてもピンとこなかったようだ。
「余が誰だと思っている?」
「ボッチの魔王」
「ボッチ言うな!」
ボッチというワードは、魔王の心の琴線に触れてしまうようだ。
それにしてもこの魔王、意外と面白いな。
ゲームだとすぐに戦闘になってしまうから気がつかなかった。
「おほん! とにかく余は、お前たちが倒したとはしゃいでいる四天王よりも強いのだ。奴らを倒したくらいで浮かれているようでは……いい気になって死に急ぐつもりか?」
「うるさいわね、さっきから無駄口ばかり。弱いから、喋りで誤魔化しているんでしょう?」
「なっ! 小娘が言うに事欠いて!」
「さっきからグチグチうるさいのよ」
「そうね、変な魔王」
「男らしくないんですよね」
「八対一で怖じけづいているんだと思うな」
こういう時って、男性よりも女性の方が正直……言いたい放題だな。
裕子姉ちゃんは、俺からレベル差について聞いているから、さらに優位に立とうと魔王を煽ってる。
アンナさんは、伝承などに出てくる魔王と大分性格が違うので首を傾げていて。
リルルは、きっぱりと魔王が男らしくない……魔王に性別が? 『王』だから男性だよな。見た目も男性だし……と言い放ち。
エステルさんは、魔王にビビってるんだと言えてしまうのが凄い。
オードリーは、空気を読んで静かだった。
魔王は、怒りのあまりプルプル震えていた。
挑発で我を忘れればもっとこちらが有利になるから、俺は女性陣を止めなかった。
止められなかったというのもあるけど、それは企業秘密ってやつだ。
だって、裕子姉ちゃんは怖いから。
「死ぬまでの、覚悟の時間をくれてやったんだがな。余の温情が理解できないとは、所詮は下等生物よ」
「そんなもの温情でもなんでもないわよ。そんなことも理解できないあんたの方が下等生物でしょう」
裕子姉ちゃん、昔から口の悪い男子を言い負かすのが上手だったよなぁ……。
裕子姉ちゃんからしたら、魔王でも同じ学校だった口の悪い男子レベルなのか。
「もう許さん! お前たちはバラバラに引き裂いてくれる! 死ぬまで絶望に打ち震えるがいい!」
いかにも魔王っぽいセリフを吐いたのち、魔王との最終決戦が始まった。
作戦は事前に伝えてあるので、みんなそれに従って動いていく。
「『ウィークン』!」
「はんっ! 他の連中ならいざ知らず、余にそんな魔法が効くと思ったのか? 愚かな」
さすがに魔王には、『ウィークン』は通用しなかった……あくまでも現時点ではだが。
魔王は『暗黒の衣』を纏っているので、すべての魔法が通用しないのだ。
そのせいで、最初魔王に殺されるプレイヤーが続出しただけのことはある。
レベルをいくら上げても、一切の魔法無効というのが酷いと思う。
勿論対策はあるのだけど。
「リルル! ビックス!」
「はい!」
「わかりました!」
俺の合図で、二人は懐からあるアイテムを取り出した。
鶏卵ほどの大きさの、虹色に光る宝玉であった。
アイテム名は『光の宝玉』。
魔王の暗黒の衣を消滅させ、さらに身体能力を弱体化させるのだが、実はその存在は大分あとになってから発見された。
どうして大分あとなのかというと、ゲームを作ったメーカーが、そのアイテムのヒントすらゲーム上で出さなかったからだ。
そのため、暫くはかなりレベルを上げて物理で殴るしかないという、極めて野蛮な魔王戦が行われていた。
ゲームバランスが崩れると思ったのかもしれない。
確かに、光の宝玉が対魔王戦で用いられるようになると、魔王は雑魚という認識がプレイヤーたちの間に広がり、隠しダンジョンの攻略に集中するようになったのだから。
「こんな玉あったっけ?」
「あれだよ。『光る石』」
「あの、なにに使うのかよくわからないアイテムね」
ゲームを進めていると、光の石というアイテムが手に入る機会が増える。
使用目的が不明だったのだが、錬金すると光の宝玉になることが判明したのだ。
以前割れたものを錬金で戻す設定だったらしいが、それならヒントくらい寄越せというやつである。
光の石五個で、一つの光の宝玉になる。
ゲームでは十個手に入り、俺はちゃんと十個手に入れていた。
錬金して二つの光の宝玉を手に入れたわけだ。
対魔王戦の切り札がどうして二つあるのか?
そういう細かいことを、シャドウクエストの運営に問うだけ無駄であり、『予備があるのは親切だ』と考えるのが、よく訓練されたシャドウクエストファンであった。
「とにかく、二つあるから魔王はもう終わりだろう」
光の宝玉のせいでご自慢の暗黒の衣がなくなりつつある魔王に、二人を同時に攻撃する余裕はないよな。
「こんなアイテムがあったとは!」
「あったんだよね、これが」
魔王から暗黒の衣が消え去り、魔王の魔法無効効果は解除された。
防御力、魔法防御力も落ちてしまう。
これで魔王は、完全に丸裸となってしまった。
「『ウィークン』!」
「体の力が抜ける……」
暗黒の衣があれば効かないが、基本的にシャドウクエストの敵には『補助魔法』がかかりやすい。
俺たちは次々と『ウィークン』をかけて魔王を弱体化させていく。
「攻撃いけ!」
俺の合図で、みんなが一斉に魔王に襲いかかる。
こうなるともう虐殺だな。
ビックスに剣で斬られ。
リルルに爪で引っかかれ。
シリルに槍で突かれ。
アンナさんに矢で射られ。
エステルさんに槌で殴られ。
オードリーからは攻撃魔法を連打され。
そして……。
「鞭の往復攻撃!」
裕子姉ちゃんは、執拗に魔王を鞭でしばいていた。
その様は、まるで女王様のようである。
さすがは公爵令嬢……これで見た目が子供でなければ完璧だったのに。
そのくらいの勢いで、連続鞭攻撃を食らった魔王はのけぞっていた。
ダメージも深刻だ。
.
「うがっ! なぜ……余が……痛っ! どうしてこんなにあっさりと……やめろ!」
瀕死の魔王は、どうして自分がこうもあっさりと討たれてしまうのか理解できないのであろう。
それはゲームの知識から、己の弱点や行動パターンをすべて読まれ、先に動かれていたから。
などとは、予想もつかないはずなのだから。
「もう倒される寸前だな」
「貴様……このような卑怯なハメ技ばかり……勇者と呼ばれる身として……卑怯だと思わない……のか?」
「勇者? 僕たちが?」
いつの間にか、俺たちは魔王から『勇者』だと認識されていたようだ。
ゲームの設定とは恐ろしいものだ。
「ふんっ! 人間とお前らモンスターたちとの生存競争に卑怯もクソもあるか。寝ぼけたことを言うな!」
事ここに至って、魔王が言うセリフじゃないだろう。
というか、ゲーム中でもそんなセリフは言っていなかった。
『また別の世界から、余と同じような存在が……その時こそ、お前らの最期だ!』だったのだから。
「サヨナラだ、魔王」
下手に時間をかけた結果、なにか企まれると困ってしまう。
俺は、『古代王の杖』による一撃で魔王にトドメを刺した。
この世界のモンスターの宿命で、魔王は完全に消え去ってしまう。
「あれ?」
「どうかしたの? ローザ」
「なにかアイテムや魔石は?」
「ないよ、そんなもの」
どこのゲームで、ラスボスから高価で貴重なアイテムがドロップするゲームがあるってんだろう。
だから俺は、とっとと終わらせたかったのだ。
骨折りばかりで、見返りがなにもないのだから。
「使えない魔王ね」
「使えないくらいならいいけど、迷惑そのものだったから消えてよかったんだよ」
俺たちの明るい未来のためにもね。
「お前ら、大概酷いな」
さすがにシリルが呆れていたようだけど、これで俺たちの将来を不幸にする存在が一つ消えた。
それは素直に喜ぼうと思う。
そして……。
「玉座の裏だな……あった! えいっ!」
俺は、魔王が座っていた玉座の裏側にある鏡を見つける。
「この鏡がなんなの?」
「別の世界からモンスターがやって来ないよう、先に破壊しておく。
ゲームの設定だと、間抜けにもこの鏡を破壊し忘れたばかりに、また別の世界の魔王が召喚されてしまうのだ。
シャドウクエスト2は、こうして始ま……らなかった。
その理由は、シャドウクエストが不振すぎて続編が作られなかったのだ。
シャドウクエストのエンディングでは、鏡から何者かが出てくるシーンで終わるのだが……。
まあ、人気とお金がないというのは辛いことである。
予定と設定があっても、結局儲からないからという理由で容赦なく続編が中止になるのだから。
こちらはゲームではないので、別世界の魔王が飛び出してくる鏡は事前に壊しておくに限るというわけだ。
俺はマゾではないので、二度と魔王と戦うのなんてゴメンなのだから。
「これで本当に終わりだ」
念のため、俺は鏡の破片も回収しておく。
バカな奴に錬金で修復でもされると厄介だからだ。
「経験値もゼロね」
それはね。
RPGで、ラスボスに経験値なんてあっても役に立たないのだから。
それに、俺たちはもうレベル950を超えているのだからいいじゃないか。
オードリーですらレベル924だってのに。
「終わったな。じゃあ、ヒンブルクに戻ろうか」
戦後処理なんて面倒なものはロッテ伯爵に任せるとしても、一応報告くらいはしておかないと。
それに、夏休みどころかもうすぐ一年の期末試験が始まってしまう。
筆記試験を受けないと留年なので、急ぎ戻らないとな。
「オードリー、頼むね」
「任せてください」
魔王と城にいたモンスターたちをすべて倒し、RPGの主人公に認められたお宝漁りを終えた俺たちは、オードリーの『縮地』で久々にヒンブルクへと帰還するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます