第96話 魔王討伐前夜
「よく来たな、人間の勇者たちよ! 私はこれまでの奴らとは、ひと味もふた味も違うぞ。その身をズタズタに切り裂き、灰も残さず焼き払ってくれよう。あの世で後悔するのだな」
俺たちの前でテンプレなセリフを吐く、黒いローブ姿の不気味な奴。
こいつこそ、魔王軍四天王最後の生き残りである暗黒魔導師であった。
魔王の前に倒すべき、準ラスボス的な位置にいる奴だ。
ゲームでは魔王に次ぐ強さがあり、シャドウクエストでは不遇な攻撃魔法を操る。
その威力は強く、プレイヤーキャラはダメージを受けやすかった。
攻撃魔法による全体攻撃が得意なので、プレイヤー側のダメージ回復が追いつかず、倒されてしまうパターンが多かったからだ。
これに対抗するためには、レベルをなるべく上げて攻撃魔法の連発に耐えうるHPを得るか、魔法防御力を高めるか……。
とにかく、レベルか装備でなんとかするしかない。
最後に倒す四天王に相応しい強敵ではあるのだ。
「私がお前たちに引導を渡してやろう。魔王様の下へは向かわせぬ」
シャドウクエストで何度も聞いたセリフを聞きながら、俺は小声でみんなに命令を下す。
「(みんなは、先に説明した手筈どおりに。オードリーは『魔法封じ』の用意を)」
「(『魔法封じ』ですか? 暗黒魔導師ほどの強敵に効果があるのでしょうか? ましてや奴は、魔法の名手ですし……)」
大分魔法に慣れ、俺が用意した書物で勉強を続けていたオードリーは、暗黒魔導師ほどの魔法の使い手に『魔法封じ』が通用するわけがないと思っているようだ。
『魔法封じ』は、要は相手が魔法を使えなくなるようにするものであった。
『補助魔法』に属するのだが、とにかく使い勝手が悪い魔法とされている。
なかなか成功しないからだ。
『補助魔法』なので俺でも使えるが、使ったことはない。
とにかく成功しないのだ。
「安心して使うがいいさ。『魔法封じ』は必ず成功するよ。僕が保証する」
「わかりました、ボク、頑張ります!」
オードリーは、『魔法封じ』の用意に入った。
俺が、どうして彼女の『魔法封じ』が暗黒魔導師に通用すると思ったのか?
それは、レベルの差である。
魔王と暗黒魔導師を倒せる最低レベルがおよそ300とされている。なぜなら二人は300に少し欠けるくらいのレベルの持ち主だからだ。
『魔法封じ』を成功させるには、できれば二倍以上のレベル差がほしかった。
今、オードリーのレベルは900を超えている。
三倍以上の差があるので、最悪の展開になっても二回かければ一回は効果が出る計算だ。
一度『魔法封じ』がかかると、一時間は魔法を使えなくなる設定だ。
魔法の使えない暗黒魔導師など、まさに『○○ープの入っていないコーヒー』のようなもの……その例えはおかしいか?
「ろくに魔法も使えない低級種族どもが! その首を魔王様に捧げてやる!」
暗黒魔導師が愛用の杖を構え、ついに対魔王戦の前座が始まった。
「いくぞ! 『ウィークン』!」
まずは、オードリーを除く俺たち全員が一斉に『ウィークン』を使った。
これはあまり意味がない。
なぜなら……。
「人間のバカの一つ覚えの『ウィークン』か! 他の連中ならともかく、私に通用すると思ったか? 『ディスペル』!」
七重がけした『ウィークン』は、暗黒魔導師の『ディスペル』によって瞬時に無効化されてしまった。
「『インフェルノ』!」
続けて、とてつもない威力の火炎魔法が俺たちを襲う。
レベル900超えのせいで大ダメージではないが、熱くないわけがない。
「『トルネード』! 『ブリザード』!」
さらに、魔法で作られた竜巻と、猛烈な吹雪が俺たちを襲う。
暗黒魔導師は一ターンに四回攻撃できて、しかも強烈な魔法ばかり使う。
効果のある『補助魔法』も、四回に一回必ず使用される『ディスペル』によって解除されてしまうので、こちらはダメージの回復に忙しく、なかなか倒せない強敵というわけだ。
「はははっ! 手も足も出ないではないか!」
「そうかな?」
まずは、各自で傷薬(大)でダメージを回復する。
「オードリー!」
「はいっ! 『魔法封じ』!」
オードリーだけは傷薬を一ターン我慢してもらい、暗黒魔導師に向けて『魔法封じ』を使用した。
「愚かな! 下等な人間風情の『魔法封じ』など通用せぬわ! 『いn……』声が……『と……』、『あいす……し』あがっ! なぜスペルが言えない? まさか……」
そのまさかさ。
討伐可能なレベルではまずできない芸当だが、さすがにレベル900まで上げてしまえばな。
それに、裏ボスの破壊神ベルクチュアを倒した俺たちからすれば、魔王よりも弱い暗黒魔導師に負ける理由がないのだ。
暗黒魔導師は自分の方が上だと思っていたようだが、それは彼が勝手に思っただけのこと。
奴には『人物鑑定』もないので、俺たちの基礎ステータスやレベルなんてわかるわけがない。
完全な油断……ゲームだと、イキリボスが出ても不思議ではないか。
「逃げるか?」
「……」
逃げられるわけがない。
なぜなら、もしここで逃げたら、あとは魔王のいる玉座の間まで一直線だからだ。
魔王軍のモンスターたちは、仲が悪い同士もいるが、全員が魔王に心から忠誠を誓っている。
人間ではまずあり得ず、為政者の中には魔王が羨ましいと思っている人もいそうだ。
そんな暗黒魔導師が、魔王を見捨てて逃亡なんてあり得ないのだ。
どうせ素早さはこちらが上なので、まず逃げられないけど。
それに、せっかく一時間魔法が使えないんだ。
倒すなら、某予備校講師張りに『今でしょう!』と言うしかない。
「もう一度『ウィークン』!」
もう『ディスペル』が使えない暗黒魔導師は、俺たちの『ウィークン』重ね掛けに成す術なく弱体化してしまった。
「覚悟はいいか?」
「このガキ! 貴様が、私の策を悉く邪魔してきたのだな! 第一、お前はホルト王国によって保護されていたはずだ! ここになぜいるのだ?」
「今さら聞くかな? お前と同じだよ。『身代わりの藁人形』は『死者の形代人形』よりも錬金が楽だからさぁ。アンデッド公爵たちの木偶は意味なかったね」
「なぜそれを……」
それは、ゲームで知っていたからだ。
暗黒魔導師に事情を説明しても理解できないだろうけどね。
「そういうわけなので、お前は人間を沢山殺してきた報いを受けるのさ」
ゲームでは死者は情報だが、この世界ではリアルだ。
魔王軍によって生まれた土地を追われ、難民となり、人間同士の争いや飢饉で死ぬ人も多い。
俺の平和のためでもあるが、この世界の平和のためでもあるのだ。
お前たち魔王軍との和平はない。
どうせお前たち魔王軍だって、人間を滅ぼすために侵略してきたのだから。
「潔く死ね」
「うわぁーーー!」
破れかぶれになったのか?
魔法も使えない暗黒魔導師は、杖を振りかざしながら俺たちに襲いかかってきた。
だが……。
「食らいなさい!」
まずは、連続してアンナさんの矢が命中し。
「えいっ!」
裕子姉ちゃんの鞭で大きなダメージを受け。
「シリルさん!」
「おう! ビックス!」
シリルの槍が腹に突き刺さり、最後にビックスが背中から暗黒魔導師を袈裟斬りにしたところで、暗黒魔導師はそのまま消え去ってしまった。
「魔石と、使っていた杖ですね」
「『真の魔導師の杖』だな。なかなかに強力な杖だ。オードリーにあげるよ」
「いいんですか?」
「僕には、『古代王の杖』があるからね」
これも、家臣になってくれたオードリーの忠誠心を上げるためだ。
喜んでくれたのならなによりである。
最後の魔王戦の前で、オードリーの魔法攻撃力を上げられてよかった。
「アーノルド、これであとは魔王だけね」
「その前に……」
「まだあるの?」
魔王城のモンスターの駆逐。
これを先にやっておいた方がいいだろう。
「どうして?」
「魔王が倒れたら逃げるからさ」
それで、このマカー大陸に潜伏でもされたら困るじゃないか。
誰がわざわざ退治すると思っているんだ。
「もし指名されたら、ローザ一人で行ってよね」
「嫌よ、面倒だから」
「だからだよ」
魔王城のモンスターたちは、魔王が生きていれば城から離れない。
ならば先に全滅させておけば、面倒な戦後処理を任されずに済むというわけだ。
「あのロッテ伯爵のことだから、何食わぬ顔で依頼してくると思うよ」
「あの人、いい性格しているものな」
シリルも、俺の意見に賛同してくれたようだ。
ロッテ伯爵は使える者は親でもってタイプだから、ちゃんと効率よく動かなければならないのだ。
あとで面倒だし。
「魔王一人だけにするのね」
「可哀想な気もするけど……」
「寂しいですね」
アンナさん、エステルさん、リルル。
孤独が寂しいってのは、女性陣ならではの意見かな?
可哀想ではあるが、殺さないとは言っていない。
そこは現実的だよね。
魔王はこれまで沢山の人を殺してきており、ついにその報いを受ける時が来たというわけだ。
「魔王城のモンスターを駆逐するんだ!」
「「「「「「おおっ!」」」」」」
「(ねえ、弘樹。他に目的あるよね?)」
さすがは裕子姉ちゃん。
俺の考えはお見通しか……。
「(裕子姉ちゃん、RPGでラスボスがいるダンジョンのお宝、全部回収するでしょう?)」
「(当然)」
「(だよねぇ……)」
別に魔王を倒したあとでもいいのだけど、もしホルト王国に奪われたらもったいない。
魔王を倒す前に獲得しておけば戦利品扱いになるからだ。
もし裕子姉ちゃんの巻き添えで没落したとしても、現代日本人は資産があれば安心できる。
爵位、土地、給金ばかりは持って国外に出られないのだから。
「はあ……終わったな」
「あのぅ……アーノルド様。我々がこれだけ城の中で暴れているのに、魔王は出てきませんね。どうしてでしょうか?」
ビックスの疑問はわからないでもない。
配下のモンスターたちが城の中で虐殺されているのに、玉座の間から助けに出て来ない魔王。
不思議な存在に見えるのであろう。
でも、ゲームなら普通のことだ。
ラスボスのいる場所の近くでレベル上げをしていても、『よくも俺の部下たちを!』と怒りながら出てきて勇者たちと戦闘になってしまうラスボスなんて見たことなかった。
当然、他のボスたちもである。
もし出て来たら返り討ちにすればいいと思ったのだが、本当に出て来なかったな。
これで魔王軍は、魔王一人だけ……。
任務で外にいるモンスターもいるはずだが、残りは少数であろう。
「凄いわね。自分が袋叩きにされるかもしれないってのに……」
「助けに来ないなんて、冷たい魔王だね」
アンナさんとエステルさんの言うとおりだ。
モンスターたちは全員魔王を裏切らず、逃げもしないで最後まで戦ったのだから。
「(ゲームシステムって悲しいよね……もしかして、逆転手でもの凄いのを召喚中とか? ないな……)じゃあ、魔王戦は明日にしよう。少し戻って今日はもう休もうよ」
「アーノルド、お前って大胆だな……」
今日は、城内のモンスターたちの討伐で疲れたので、魔王戦は明日にする。
間違っていないと思うけど、シリルからすればあり得ないようだ。
それは俺も、魔王がゲーム基準で動いていなければそんなことはしない。
どうせ奇襲してきたら待ち伏せできるから、今日はもう休んで明日に万全な体調で臨んだ方がいいと思うな。
「僕、間違ってる?」
「……なにが怖いって。アーノルドが全然間違っていないことだな」
外は……城内なのでよくわからないが、錬金で作った時計を見るともう夕方だった。
「もうすぐ夜になるから、魔王戦は明日の方がいいよね」
「なんか、エステルさんが正しいことを言っているように感じますね」
「正しいさ。だって、疲れたまま魔王と戦うのはよくないのだから」
「そうだよね? アーノルド君」
「そうですとも」
俺は、ビックスにエステルさんが正しいのだと言い放った。
おっぱいが大きい綺麗なお姉さんが言うことは大抵正しいのだ。
「夕食の準備をするか……」
「私も手伝います」
「私も」
「明日に備えて沢山食べないとね」
リルル、アンナさん、エステルさんにも手伝ってもらい……錬金調理なのでそんなにすることもないけど……豪華な夕食が完成した。
「トンカツ、鶏出汁の野菜スープ、ミートパイ。こんなところかな」
「アーノルド様、フルーツケーキも錬金調理してみました」
「へえ、美味しそうじゃないか」
料理は無事に完成し、みんな思い思いに料理を食べていた。
すでに魔王以外誰もいない城なので、若干寂しいような寒いような気がしなくもないけど。
「魔王城っても、元はバルト王国の王城だったんでしょう?」
「らしいね」
とはいえ落城して百年以上も経っているし、魔王軍も増改築はしている。
外装なども、いかにも魔王軍らしく悪趣味になっていた。
ここが元バルト王国の王城だとわかる人は少ないのでは?
魔王が倒れたら、ホルト王国は再利用するかな?
「じゃあ、ここがマカー大陸におけるホルト王国の本拠地になるのかしら?」
「どうかな?」
ゲームの設定のせいか。
この魔王城って、場所が悪すぎるというか……。
今では、ロッテ伯爵たちのいる城塞都市の方がよほど交通の便がいいのだ。
でも、あそこもマカー大陸全体を統治するには場所が悪いかも。
長らく半分以上の領地を魔王軍に占領されていたものだから、マカー大陸の中心部に新しいお城を作らないと駄目かもしれない。
そんな予算があればだけど……。
「マシュマロが焼けましたよ」
「わーーーい!」
リルルは料理の腕前は産業廃棄物製造者だけど、その代わりお菓子はプロ顔負けであった。
錬金で作ったマショマロを焼いて、俺たちに渡してくれる。
他にも、果物のジュースや自作のクッキーなど。
基礎ステータスを強化したおかげで錬金で色々と作れるようになっており、美味しいデザートタイムが期待できた。
「これ、美味いな」
「シリルはお酒じゃないのね」
「あのな、ローザ。俺は今年ようやく成人だったんだ」
シリルは、見た目が大人びていて十五歳には見えないからな。
よくお酒を勧められるらしいが、まったく飲めないそうだ。
すぐに顔が赤くなってしまうらしい。
「シリル君は意外よね」
「アンナさんはどうなんだよ」
「少しは飲めるけど、別に好き好んで飲まないわよ。エステルはザルだけどね」
「意外だな」
俺もそう思った。
どう見てもお酒に強いようには見えないけど。
「でも、好きじゃないのよ」
ザルでいくらでも飲めるけど、別に酒が好きというわけではない。
それは難儀な話である。
「ビックスはある程度飲めたよね?」
「飲めますけど、ここでお酒を飲むわけにいかないでしょう」
魔王がいる、玉座の間の前だからね。
そこで酔っ払うのはどうかと思う。
でも、ほぼ間違いなく魔王は出て来ないだろう。
「これだけ好き勝手に飲み食いして、みんなでワイワイ騒いでいても出てくる気配がない魔王ってどうなんだろう?」
ここまでして出て来ない魔王に対し、シリルは首を傾げていた。
「どうなんだろうって……この世界を征服しようとしている魔王だ。細かいことに拘らない性格なんだよ、きっと」
まさか、ゲームのせいとは思えないが……。
なにかの儀式に集中……モンスターの召喚中だと思うことにしよう。
「自分以外の配下が全滅って凄いことだけどね」
「一人でも勝てる自信があるのよ、きっと」
「アンナさんの考えが正しいと思うよ」
ということにしておこう。
ゲームでは、魔王城のモンスターなんて永遠に出てくるが、現実では駆逐すればいなくなる。
差があるのに魔王の対応は同じ。
不自然だと思うけど、原因は誰にもわからないのだから。
きっと、魔王にもわからないだろう。
「リルル、このクッキー。中に入っているジャムが美味しいな」
「山イチゴのジャムですよ。紅茶に入れても美味しいですよ」
「そうなんだ。じゃあ、魔王討伐後のお茶の時間を楽しみにしていようかな」
「お任せください、アーノルド様」
リルルをパーティに入れてよかったな。
同じ調理錬金でも、リルルが作った方が美味しいのだから。
「じゃあ、今日はもう寝るか。一応順番に見張りを立てて」
もし魔王が気まぐれで襲撃してきたら困るからな。
そこは対策しておかないと。
「魔王の隣の部屋で寝るって凄いけど……本当に出て来ないし、休憩は必要かぁ……」
いまだシリルは魔王の行動に首を傾げていたが、俺たちは翌日の魔王戦を前にちゃんと睡眠を取ることができたのであった。
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