第93話 五虎衆

「ふんっ、愚かで弱い人間どもめ! お前らに、この魔王城を囲むように作られた出城を守る、五虎衆(ごこしゅう)を倒せるかな?」


「ですが彼らは、亡くなられた四天王よりも弱いですよ。勇者相手に大丈夫でしょうか?」


「そんな情けないことを言うな! 時には配下たちに対し、勇ましいことを言って士気を高める必要もあるのだ。時間稼ぎにはなろう。率いているモンスターたちもいるのだから」



 まったく、副官のくせに弱気な……。

 我らが支配を諦めて撤収したエリアにおいて、モンスターたちを虐殺レベルで倒している冒険者たちがいるらしい。

 死の谷、怪鳥の森、他にも多数。

 逆に我ら魔王軍は、その戦力化に失敗してえらい目に遭った。

 以前魔王様から聞いた、魔王を殺すと言われている『勇者』と呼ばれる連中が実在するとは……。

 いや、まだ連中が勇者と決まったわけではないか。

 しかし連中のやり口を見ていると、とても『勇気ある者』というポジティブな印象は受けないな。

 とはいえ、これは人間と我ら魔族による生存競争である。

 勝たなければ意味がないので、別にその冒険者たちが間違っているわけではない。

 非常に迷惑しているがな……。

 できれば死んでほしい。


「五虎衆には、お互いに連携を取るように言ってある。一人が襲われても、他の四人がカバーすればいいのだ」


「あのぅ……それは本当に可能なのでしょうか?」


「……不可能だがな」


 今の魔王軍においてもっとも問題となっているのは、人材不足なのだと私は思う。

 四天王が三人も死んでしまい、先の野戦で多くの幹部クラスのモンスターたちが討たれた。

 魔王軍を支えるモンスターたちの質が大幅に落ちていたのだ。

 魔王様が別世界から援軍を呼び出すのには時間がかかり、この世界の野良モンスターたちは制御が難しい。

 少なくとも、私たちと会話をするのは不可能であった。

 私の秘術で暴れさせ、人間たちの足を引っ張るのでせいぜいなのだ。 あいつらは知能が低いから、近づくと私たちも普通に攻撃してくるがな。

 私も含めた五虎衆は……戦闘力は四天王に準じると思う。

 ただ、モンスター軍団を率いるような統率力には欠ける。

 とても次の四天王にはできず、防衛拠点に置いて勇者たちの侵攻を防ぐしかない。

 そのうち、モンスターたちを率いる才能が開花すればいいのだが……。

 過剰な期待は禁物か。


「危機が才能を開花させるかもしれない。五虎衆の中から、次の四天王になれる者が出ることを祈ろうではないか」


「そうですね」


「暗黒魔道士様! 大変です! 『オークキング』が討たれました!」


「もう討たれたのか?」


 いや、五虎衆を各出城に配置して一週間と経っていないのだが……。 

 というか、ついにやって来たか! 

 人間の勇者たちめ!

 

「急ぎ他の五虎衆も動かし、人間の勇者たちが魔王城に侵入するのを防ぐのだ!」

 

 なにがなんでも、魔王様に指一本触れさせてはならない。

 そのためなら、この身を犠牲にしても……。


「それが……人間たちは、オークキングを倒したらすぐに撤退してしまいました」


「なぜそうなる?」


 魔王城を囲うように守る出城の守将を倒し、ついに本丸である魔王城に……というところでどうして撤退したのだ?

 読めない! 

 連中の意図が……そうか!


「さては心理作戦だな! 自分たちがその気になれば、いつでも魔王城を襲撃できるのだと。いつ魔王城を強襲するかもしれないというプレッシャーを、私たちに与える作戦か!」


 なんと悪辣な! 

 我らに過度な警戒態勢を敷かせ、こちらを心身ともに消耗させるつもりとは……。

 姑息にもほどがあるだろう。


「だが、我らは決して魔王城に勇者たちを入れないぞ。警備態勢を強化して次の出城で返り討ちにしてやる!」


 再び油断してノコノコと出城を襲った時こそ、お前たちの最期なのだから。


「警備シフトを見直すぞ! 勇者たちに隙を見せるわけにいかないのだ!」


 今は苦しいが、必ずや魔王軍を立て直し、この世界を魔王様のものとしよう。

 そして人間などという下等生物は、必ずや滅ぼしてやる。

 覚悟しておくのだな。




「(弘樹、どうしてオークキングだけ倒して撤退したのよ? そのまま魔王城に突入してもよかったのに)」


「(いや、まだ魔王を倒すまでにやることがあるしね)それよりも見てよ。この『豚骨』」


「豚骨? オークキングの骨よね?」


「ノンノン。オークキングを倒すと、この豚骨が手に入るんだぜ」


「なにに使うの? それ」


「まあ、見てなって」




 魔王を倒すまでにまだやることはあったが、一刻も早くこの『豚骨』が欲しかったので先に倒してきた。

 裕子姉ちゃんを始めとしたみんなが、オークキングのみを倒して撤退を命じた俺を不思議に思っているようだけど、それは是非欲しいドロップアイテムがあったからだ。


 オークキングを倒すと必ず手に入る『豚骨』。

 これがあれば、ほぼ永久にトンコツスープが錬金できるのだ。

 こんなに素晴らしいアイテムが、この世に存在していいであろうか?

 そう思ったからこそ、俺は先にオークキングを狙った。

 上手く豚骨が手に入り、今、調理用の錬金鍋でトンコツスープを試作していた。

 トントツスープの材料は、豚骨、純水、プリン玉である。

 すべての材料を錬金鍋に入れて錬金すると、辺りにトンコツスープのいい匂いが広がってきた。

 

「なんとも言えない、とてもいい匂いですな」


 こうして錬金したトンコツスープに、小麦、肉、ネギなどを入れて錬金すると、どこに出しても恥ずかしくない『トンコツラーメン』が完成した。

 自分で麺を打ったり、チャーシューを仕込まないで済むのは、まさにシャドウクエスト万歳というわけだ。

 調理錬金。

 もしかしたら元日本人からすると、一番大切な錬金かもしれない。


「アーノルド様、これ美味いっすね」


「魔王退治の途中で、温かいものが食べられるのはいいですね」


「アーノルド、俺、お替り」


「美味しいわね、これ」


「美味しい」


 みんな、トンコツラーメンに満足しているようだ。


「で、この『豚骨』は再利用できるのね……出汁を取ったのに、まったく色も形状も変わっていないのが怖いわ」


 そこは、日本のラーメン屋さんが仕入れた豚骨でスープを取るのと理屈が違うからなぁ……。

 あくまでも錬金の作用であり、『豚骨』が再利用可能なアイテムであったということだ。

 ヒール草などと比べるとかなり特殊ではあるが、ボスモンスターのドロップアイテムなのでおかしくはない。


「オークって、あいつしかいなかったわよね?」


「別の世界から呼ばれたモンスターだからね」


 シャドウクエストでは、オークはあまり出てこなかった。

 たまにジェネラルオークが出て、あとはあのオークキングのみなのだ。

 魔王は、雑魚モンスターはこの世界の野良モンスターやアンデッドたちで補っていて、強いモンスターだけを別世界から召喚し続けている。

 召喚は面倒な作業だそうで(設定による)、そんなに数も呼べないから、普通のオークなんて召喚している暇はないのであろう。


「ふうん、そうなんだ」


「だから、『豚骨』は大切にしないと」


 使ったあとは、水で洗って乾燥させてから収納カバンに入れておけば、ほぼ永久的に使えるのだから。


「『牛骨』とかもあったりして」


「あるよ」


「あるの?」


 裕子姉ちゃん、シャドウクエストを舐めてはいけないな。

 必要なアイテムが少なく、無駄なアイテムばかりが膨大にあるのが、このゲームがクソゲーたる所以なのだから。

 その無駄アイテムも、今の俺たちの生活を豊かにしてくれるけど。

 こうなると、無駄設定やアイテムがますます愛おしくなるわけだ。


「もう少ししたら、また魔王城の周囲にある出城に突入だ!」


「それってもしかして、『牛骨』狙い?」


「それもあるけど、出城のモンスターは一匹ずつ狩った方が効率いいじゃん」


「間違ってはいないのよねぇ……」


 間違っていなければいいじゃん。

 『牛骨』があれば、スープとかの幅も広がるし、早く倒しに行こうっと。




「なっ! なにぃ! 『ミノタウルス』が倒されただと?」


「はい……」


「警戒を強めたばかりではないか!」


「警戒していたモンスターたちも討たれました」


「……」


 なぜこうなる?

 出城の警備体制を強化したというのに、今度は五虎衆の二人目ミノタウルスが討たれてしまった。

 しかし、どうしてミノタウルスなのだ?

 先日のオークキングといい、なぜか五虎衆でも強い順に倒している。

 もしかして、魔王軍の機密情報が人間の勇者たちに漏れているのか?

 いや、それなら普通は自分の実力を計るため、弱い方から倒すのではないのか?

 なぜ五虎衆でもトップ2を狙い撃ちしたかのように……。

 まさか、魔王などいつでも討てるという脅しか?

 それともただの偶然?

 ええいっ!

 下等生物である人間のくせに生意気な!


「その行動が読めぬ! 人間の勇者たちめ!」


「常にこちらの予想を裏切ってきますからね」


「こうなれば、刺客を放つしかあるまい」


「刺客ですか?」


「連中は、先に魔王軍が放棄した占領地をランダムに移動し、時おり、魔王城近くで作戦を実行しているようだ。行動エリアが判明したのであれば、徹底的に捜索して見つけ出し、殺すしかあるまい」


「しかし、魔王城の守りはどうしますか? もし捜索隊を出して警備が薄いところを突かれたら?」


「それも考えたが、もし出城に迫っても五虎衆があと三人いる。魔王城には私たちがいる。時間は稼げるので救援を呼び、勇者たちを袋叩きにすればいいのだ」


「なるほど。勇者たちさえ倒してしまえばですね」


「そういうことだ。送り出す刺客チームを組むぞ」


 勇者たちめ。

 姑息な手が使えるのも今のうちだ。

 私が編成した刺客たちに捕捉され、悲惨な最期を遂げるがいい!

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