第80話 城塞都市にて
「ヒンブルクに暫く滞在するのか? まあ構わないが……」
「(アーノルド様、あきらかに歓迎されていないですね。私たちって)」
「(リルル、自分のテリトリーを荒らされると機嫌が悪くなる人はどこにでもいるよ)」
「(いやねぇ……伯爵なのに。人間としての器が小さいのよ)」
「(裕子姉ちゃん、もっと声を小さく! 彼は伯爵で立場もあるから、俺たちの活躍で立場が悪くなったんだよ、きっと)」
「(その程度のことで立場が悪くなるって、元々マネジメント能力が欠如しているからよ。私たちのせいにしてほしくないわ)」
「(しぃーーー!)」
「おほん! なにか?」
「「いいえ、なんでもありません」」
魔王軍の侵攻を退け、城塞都市ヒンブルクに入った俺たちは、この地に駐屯するホルト王国マカー大陸派遣軍の総大将であるロッテ伯爵を密かに訪問した。
密かになのは、今の俺たちは魔王軍からの暗殺を避けるため、厳重な警護の元、王都の屋敷で軟禁状態にあるということになっていたからだ。
そこで、あまり騒ぎ立てないでくれと、俺たちはデラージュ公爵からの密書をロッテ伯爵に渡したのだ。
ロッテ伯爵は、いかにも事なかれ主義的に見える小役人的な風貌の、あまり伯爵には見えない人で、あきらかに俺たちの存在を迷惑がっていた。
魔王軍の目を避ける意味でも、俺たちの存在を秘匿しなければならない。
もし派遣軍の誰かのせいで俺たちの存在が魔王軍に知られてしまったら、デラージュ公爵に処罰されるかも。
しかしながら、つい先ほど行われた防衛戦において、俺たちは裏口を攻めた陽動軍相手ながら大きな損害を魔王軍に与えた。
すぐにヒンブルクを出てくれればよかったのに、防衛戦の時に備蓄していた傷薬を大量に消耗してしまったため、それらを錬金し終わるまでここを離れないと、俺たちに言われてしまった。
なにかトラブルが起こるのが嫌なロッテ伯爵としては、今すぐにでも俺たちに出て行ってほしいのであろう。
「(なんだかなぁ……)」
「(ロッテ伯爵は、例の大会戦のあと大将に就任したから。しかも軍政畑出身で、現場の支持も薄いからねぇ……)」
さすがというか、アンナさんは王国軍の事情に詳しかった。
「(でも、どうしてそんな人と交代になったのかしら?)」
「(セーラさんのお父さんのせい……というのは失礼な言い方だけど、ラーベ子爵家の改易で、前の司令部が現場から突き上げを食らったのよ)」
セーラのお父さんは戦功をあげたのに、運悪く討ち死にしてしまったせいで改易されるなんてことになってしまった。
当然、最前線で戦っている将兵が納得できるはずがない。
王宮のおかしな政治理論で、最大の功績者が処罰されてしまったからだ。
そして、派遣軍の上層部はその判断を容認してしまった。
結果、派遣軍内がギクシャクとしてしまい、仕方なしにホルト王国は前司令部要員を栄転と称して交代させてしまった。
しかも、現場に近い軍人たちほど反発が大きいと判断し、この軍政畑出身のロッテ伯爵が新しい大将となったわけだ。
気持ちはわかるが、陛下もデラージュ公爵ももう少しどうにかならなかったのかぁ……。
政治って怖いね。
俺は近寄らんことにしよう。
「おほん! 宿舎を提供しよう。デルクス!」
「はい」
「事情は理解したな?」
「はい」
「では、ホッフェンハイム子爵公子たちを頼む」
「了解しました」
俺たちはロッテ伯爵の元を辞し、彼の副官を名乗るデルクスという若い軍人の案内で滞在する宿舎へと向かうのであった。
「ここが宿舎となります」
「豪華だなぁ……」
「ヒンブルクの高級ホテルを接収していますから。まあ、経営者たちもここに戻って来たばかりでして、こんな時に観光客も来ませんからね。こちらが出す宿賃がありがたいわけです」
「お金がかかりますね」
「はい。かといってマカー大陸を見捨てるわけにもいかず、派遣軍の経費はバルト王国に請求しますが、かの国がそれを払えるのは、マカー大陸から魔王軍が駆逐されてからですね。それにしても、まずは国土の復興が第一となりますので……」
「持ち出しばかりですか……」
「ええ……ロッテ伯爵はご覧のとおり軍政官の出で、その手の予算計算やら経費の節約術に長けているのです。現場に節約を強いるわけですので、本人が武芸に疎いという理由もあって嫌われていますけど」
「もう一つ、あの手の人間はイレギュラーを嫌う。我らのリーダーホッフェンハイム子爵公子様のような人間がここに長期間滞在するのは、なにかトラブルを呼びそうで嫌だ、というわけだ」
シリルの発言に間違いはいっさいなかった。
できれば、間違っていた方がいいんだけどね。
「あの方はそう思ったでしょうね……。ですが、先ほどの防衛戦であなた方が大きな戦果をあげたのも事実。現場の将兵たちは、あなた方を歓迎していますよ」
逆に現場は、戦果をあげた同胞に優しいわけだ。
内緒にしているが、四天王の一人アンデッド公爵も討ったからなぁ……。
その歓迎の証が、この高級ホテル……のわけないか。
ここなら、俺たちの存在を隠しやすいからだ。
「聞けば、先ほどの戦いで失ったアイテムを補充するそうで」
「俺たちは錬金術師なので、錬金して補充できますからね」
デルクスさんの問いに、シリルが答える。
アンデッド公爵には攻略法があったので、ほぼノーダメージで倒せたが、その分お金……買うと高価な傷薬(大)を大量に消費してしまった。
これの補充をしないで先に進むのは、はっきり言って自殺行為である。
急ぎ錬金して在庫を作る必要があった。
「そうですか……あのぅ……大変に申し訳ないのですが……できたら少しでも、派遣軍にも錬金した品を売っていただきたいと思いまして……なにしろ、本土からの補充が極端に少なくなっているうえに、先ほどの迎撃戦で在庫が危機的な状況に追いやられておりまして……。勿論相場で買い取らせていただきます」
「「「「「「「……」」」」」」」
こうなった理由は明白である。
俺たちが魔王討伐を目指してマカ-大陸に出発し、派遣軍に傷薬などを供給できなくなった。
そのツケが、今俺たちに返ってくるとは……。
「暫くは魔王軍による大規模襲撃はないと思いますが、万が一に備えたいのです」
「わかりました」
こんな展開、ゲームにはなかったと思うが、俺たちは派遣軍向けの物資まで錬金することになったのであった。
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