第79話 予想外の早期退場
「……はあ? 裏口から攻めていた味方が壊滅状態だと?」
「はい……変な武器で兵たちを焼き払っている冒険者たちがいるそうです」
「変な武器だと?」
「それが、火炎を噴き出す武器だそうで……」
「錬金で作られたものか……厄介な……」
配下のゾンビから思わぬ報告を受けた。
暗黒魔導師と相談し、暴走したプラチナナイトとブラックイーグル侯爵の元配下たちを連れ戻しつつ、相手の追撃を食わらないよう、一時攻勢をかけて人間たちを怯ませる。
そういう作戦だったはずなのに、まさか裏口を担当している味方が壊滅状態になるとは……。
どうしてこう、トラブルばかり起こるのだ。
「ブラッドツリー子爵はどうしたのだ?」
「それが討たれました。何分木なのでよく燃えますから……」
ブラッドツリー子爵は木なので、火で焼かれたら堪らないわけだな。
だがそれは、我らアンデッド軍団のかなりの部分も同じだ。
今私に報告に来ているゾンビも、火にはとても弱いのだから。
「下手にアンデッド軍団から応援に向かわせられないな」
余計な損害が増えるだけだからな。
仕方がない。
すぐに味方を撤退させよう。
幸いにして、城塞都市の正面入り口、表側を担当している主力は、この私アンデッド公爵と暗黒魔導師の指揮のおかげで大した損害も出ていない。
むしろ人間側の損害の方が大きいはずだ。
予想外の被害が出た裏口は……損切りをして引き揚げよう。
どうせ被害の大半は、プラチナナイトとブラックイーグル侯爵の元配下たちだ。
これで、力を落としたプラチナナイトとブラックイーグル侯爵の元配下たちが大人しく命令を聞くようになればいいのだ。
いいのだが……。
「様子を見に行くか。どんな敵か気になる」
「アンデッド公爵様自らですか?」
「変装して、ちょっと敵の姿を伺うだけだ。戦うような無茶な真似はしない」
人間は数が多いのでな。
長時間そこにいた結果、袋叩きにされても困る。
私は、プラチナナイトやブラックイーグル侯爵のような無茶はしないのだ。
「では、行くとするか」
はたしてどんな連中なのか?
私や魔王様の脅威となるのか、今回は密かに様子を伺うとしよう。
「あれ?」
「アーノルド、どうかしたの?」
「あいつ……」
「変なボロいローブなんて被って。魔法使いのゾンビかしら?」
「魔法使いのゾンビ……どこかで……いや! 奴は!」
「なにか思い出したの? アーノルド」
裏口を攻めていたモンスターたちの掃討が大分進んだところで、ついに上が撤退命令を下したようだ。
徐々に城壁から離れ、撤退するモンスターたちが増えていた。
そんな中で、少数のアンデッドモンスターたちの中に気になる奴がいた。
一見、死んだ魔法使いがアンデッドになったように見えるが、俺は裕子姉ちゃんとの会話の中でその敵の正体を思い出した。
「アンデッド公爵だ」
「魔王の四天王の?」
「そのアンデッド公爵の変装した姿にそっくりだ」
ゲームの画面でしか見ていないが、現物を見てもよく似ている。
確か、アンデッド公爵の初登場は中盤の最初。
少し早いが、城塞都市の所有者に違いなどがすでにあるので、アンデッド公爵が早めに登場してもおかしくはないか。
「強いのに、中盤に登場するのね」
「様子見ってやつ?」
ゲームだと雑魚アンデッドに変装して、主人公たちを値踏みするからなぁ……。
その時に、『勇者などと言われても弱いな』と主人公たちをバカにするのだ。
そして、いつでも相手をしてやると舐めた発言をしてくる。
ただ、そこまで主人公たちを舐め腐っていた割には、後半になると簡単に倒されてしまうのだけど。
そのため、非常に少ないシャドウクエストファンの間では『イキリ公爵様』とあだ名されていた。
「でも、私たちのレベルではまだ相手にできないでしょう。ここは素直に偵察させておけば?」
「それがさぁ。このまま見逃すってのもどうかなって。さすがに気がつくはずだよ」
監視していたホルト王国の錬金術師たちが、マカー大陸に出現した事実にだ。
ならば、ここで逆に相手を奇襲して倒してしまうのも手なんだよなぁ……。
もう一人四天王が倒れれば、魔王軍も混乱するだろうから。
「勝てるの?」
「勝てるよ。アンデッド公爵の場合、レベルはなくても金で倒せるからね」
「そうなんだ」
裕子姉ちゃんが不思議がるのも無理はないけど、アンデッド公爵はアンデッドなので、どうしてもその弱点からは逃れられない。
お金はかかるけど、そこを突けば意外と簡単に倒せてしまうのだ。
「お金?」
「お金と表現するのが一番妥当かな。とりあえず、お耳を拝借……」
俺は、裕子姉ちゃんにアンデッド公爵の簡単な倒し方を教えた。
「なるほど……プレイヤーの条件によっては、大金で叩いているようにも見えるわね」
「みんなにも作戦を伝えよう」
俺と裕子姉ちゃんは、全員にアンデッド公爵の存在とその倒し方を伝えた。
みんな静かに了承し、作戦を開始する。
まずは、撤退するモンスターたちを追撃するかのように見せかけ、徐々に変装しているアンデッド公爵と距離を詰めていく。
向こうは、俺たちが自分の正体に気がついているとは思わないはずだ。
雑魚モンスターの振りをしているので、あまり近づくと逃げてしまうが、『補助魔法』の効果範囲内で、とあるアイテムの投擲が可能な距離にまで慎重に、しかもアンデッド公爵を扇状に取り囲んでいく。
向こうにこちらの作戦の意図を悟られないよう、雑魚モンスターを倒し続けることも忘れなかった。
そして……。
「今だ!」
俺の合図と同時に、変装しているアンデッド公爵に対し『ウィークン』が重ね掛けされた。
そしてそのあとすぐ、彼の体にとある液体の入ったガラス瓶がぶつけられる。
ガラス瓶が割れて中身の液体がアンデッド公爵にかかると、そこから大量の白い煙が噴き出した。
「これは……傷薬(大)だと! 体の動きが鈍い! 『ウィークン』もか!」
ようやくアンデッド公爵は、自分が奇襲を受けたことに気がついたようだ。
だがもう遅い。
次々と『ウィークン』が重ね掛けされ、傷薬(大)を盛大に振りかけられていく。
人間なら、濃硫酸を大量に浴びているようなものなので、アンデッド公爵へのダメージは大きいはずだ。
俺が裕子姉ちゃんに大金で倒すと言ったのは、アンデッド公爵に対しては下手な攻撃魔法よりも傷薬(大)の方が圧倒的に効果があったからだ。
彼はその身を焼かれ続け、ダメージが蓄積されていく。
逃げようにも、『ウィークン』の重ね掛けのせいで速度が大幅に落ちており、俺たちに容易に捕捉されてしまうのだ。
「私を助けろ!」
アンデッド公爵の命令でアンデッドたちが彼を囲もうとするが、その前に火炎放射器で焼かれて火達磨となった。
他のモンスターたちは……アンデッド以外は彼の命令を無視して逃げ出していた。
魔王軍にも各軍団間の対立がある。
ゲームの設定だったが、この世界でもそれは存在するようだ。
倒された四天王の旧配下であろうモンスターたちは、アンデッド公爵を放置して撤退してしまった。
「絶対に逃がすな!」
もしここで逃がすと、アンデッド公爵が復讐の鬼と化すであろう。
こういう策を弄するタイプは、早めに始末するに限る。
これで四天王は、暗黒魔導師だけか。
あいつはもっとも手強い四天王だが、倒す方法がないわけではない。
アンデッド公爵。
俺たちの経験値になってもらおう。
「傷薬(大)をケチるな! どうせ作れるんだ!」
「アーノルド、暫くは城塞都市で錬金しないとな」
「シリルも手伝ってよ」
「了解。じゃあ、使いきる覚悟でいこうか!」
万が一に備えて備蓄している傷薬(大)だからな。
使ったら、ちゃんと補充しておかないと。
まさか、アンデッド退治で大量に使うとは……どうせいつかはアンデッド公爵と戦って同じ方法を用いるから、結局は同じことか……。
「クソぉーーー! 体がぁーーー!」
ずっと体を焼かれ続けているので、アンデッド公爵は俺たちに攻撃すらできなかった。
そのまま体を焼かれ、白煙に包まれ続けている。
「試しに……『ヒール(中級)』」
「こんなバカなことがあっていいのかぁーーー!」
「ノコノコと前線に一人で来るからだろう、さいなら」
「こんなガキ錬金術師たちにぃーーー!」
よほど悔しかったのか。
最後にそう言い残して、アンデッド公爵は消え去ってしまった。
彼が消えたあとには、高品質の魔石と霊糸が残された。
アンデッド公爵を倒すと、必ず霊糸が手に入るのだ。
「いらないとは言わないけど、そこまでありがたくないかな?」
「そんな風に思えるのはアーノルド様だけですよ」
「そうか。これで終わりかな?」
掃討戦とばかりに、アンデッド公爵を守ろうとしていたアンデッドたちを全滅させると、すでに正面の本軍も撤退したようだ。
城塞都市ヒンブルク周辺は静かになり、すぐさま守備兵たちが歓声をあげる。
どうやら防衛に成功したようだ。
「これで城塞都市に入れるな」
「アーノルド君は冷静よね」
「だから安心できるよね」
俺からすれば、決められたチャートに従って動いているだけなので、今のところは慌てずに済んでいるだけだ。
アンデッド公爵が早々に倒れ、序盤終了時点で四人中三人が討たれるという予想外の事態に陥ってしまった。
このあとどうなるか予想できないので、ヒンブルクに入ったら大量に使った傷薬(大)を錬金して補充しなければ。
あと、他にもここでやらなければいけないこともあった。
これも忘れずに実行しなければな。
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