第81話 誤算

「暗黒魔道士よ。魔王軍の采配、そなたに一任するぞ。余は、新たなる眷属をこの世界に呼び出すのに忙しいのだ」

 

「はっ! 必ずや魔王様にこの世界を献上いたしましょうぞ」


「頼むぞ、暗黒魔道士」


「ところで、新しい四天王の選出ですが……」


「残念ながら、今の魔王軍に四天王に相応しい実力を持つ者がいるとは思えない。暫くはそなたに負担もかかると思うが……」


「魔王様がそう仰るのであれば、私一人でなんとかいたしましょう」


「すまぬな。それにしても、アンデッド公爵まで……。人間の抵抗も増してきたな」





 新しい四天王の補充はできなかった。

 確かに魔王様の言うとおり、今の魔王軍には四天王に相応しい者がいないからだ。

 とはいえ、先週の戦いでアンデッド公爵が不慮の死を遂げた今、私一人では負担も大きい。

 だが魔王様より頼むと言われた以上、なんとかしなければ……。

 アンデッド公爵。

 共にナンバー2を目指すライバル同士ではあったが、死ねばいいとまでは思っていなかった。

 プラチナナイト、ブラックイーグル公爵が脳筋な分、共に魔王軍という組織を運営するにおいて苦労もしてきた。


 まさか、彼の存在がここまで大きいとは……。

 一人残った私は自然と魔王軍のナンバー2になったが、いざなってみると責任の大きさが……。

 できれば他人に押しつけたい気持ちだが、他の奴に任せるわけにいかない。

 アンデッド公爵亡き今、彼のアンデッド軍団他、残り二人の旧軍団まで管理せねばならず……。

 しかも、各軍団のナンバー2以下の連中が脳筋ばかりで困る!

 『軍団長の仇だ!』と声高に叫び、隙を見せれば城塞都市への総攻撃を目論むのだ。

 先日の威嚇攻勢は、成功でもなければ失敗でもなかった。

 アンデッド公爵が不慮の死を遂げなければな!

 撤退後、裏口担当であった生き残りのモンスターたちに、彼を討った連中の特徴を尋ねたのだがまったく要領を得ない。

 彼に同道していたアンデッド公爵の配下たちは全滅していたし、他の軍団のモンスターたちは、『見てない』、『知るか!』、『大男だった』、『女が多かった』しか証言しない。

 これでは、どんな連中なのはよくわからないではないか! 

 逃げるのに精一杯だったのと、私に詳しい話をしたくないのかもしれない。

 いい加減な証言ばかりで、結局アンデッド公爵を倒した連中の正体はわからなかった。


「本当に、どいつもこいつも……」


 四天王も補充されず、私の負担が増えるだけだ……。

 だがナンバー2になった以上は、魔王様の期待に応えなければ……。


「暗黒魔道士様! 大変です!」


「どうかしたか?」


「それが、一部のモンスターたちが勝手に城塞都市の攻略に向かいまして……」


「止めに行くぞ!」


 なにを勝手に戦力を消耗させているのだ!

 人が苦労して補充と再編をしているのに、それを邪魔するのか!

 元々私の配下ではないモンスターたちに口で説明しても無駄か……。

 力を用いても止めるしかない。

 はあ……。

 こんなことなら、ナンバー2などなるものではなかった。

 誰か適任者がいたら、すぐにでも代わってほしいくらいだ





「なんか、また外が騒がしいね」


「アーノルド様、今日もまた魔王軍の襲撃があって、それを撃退したそうですよ」


「魔王軍、よく戦力が続くな」


「野良モンスターを従えて、数を増やしているからだと兵士さんたちが言っていました」


「だとしても、失敗続きだと消耗するだけだな」


「野良モンスターは統率が難しいでしょうからね。なんたって意思疎通もできないんですから」


「野良モンスターは喋れないからね」




 リルルの話を聞きつつ、高級ホテルの一室に籠もって俺たちは錬金を続けていた。

 傷薬、毒消し薬、魔力回復ポーション、コンクリート。

 この辺の需要が多く、なかなか次の目的地に向けて出発できるだけの在庫が溜まらない。

  

「すみません! 緊急放出をお願いします!」


「やっぱり……」


「今回の襲撃でも怪我人が多くて……」


 小規模ながら魔王軍が襲撃してくると、せっかく溜めた物資が不足気味になってしまう。

 怪我人には傷薬を、毒を受ければ毒消し薬、また襲撃がないと断言できないので、戦力になる魔法使いは魔力回復ポーション。

 修繕、増築中の設備が壊れるので、コンクリートの需要も一気に増大する。

 これに応えていると、なかなか俺たちの備蓄が増えないのだ。


「でも、さすがに魔王軍も消耗しているんじゃないのか? 聞けば、このヒンブルク以外は魔王軍に襲われていないらしいぜ」


 シリルが、どこかから集めてきた情報を教えてくれた。

 なるほど。

 魔王軍も余裕がないから、このヒンブルクに攻撃を絞っているのか……。

 ここを落とせなくても、これ以上の侵攻は防げる。

 その間に、戦力を補充しようとしているわけだ。


「私たちもかなり錬金が上手になったし、これだけ錬金物を提供しても少しずつ備蓄が溜まっているからいいんじゃないかな?」


「ちゃんとお金も貰っているからね」

 

 アンナさんとエステルさんは、この状況に特に不満はないようだ。

 錬金物のかなりの量を派遣軍に提供しているとはいえ、相場のお金は貰っていたし、材料は優先的に提供されていたからだ。

 報酬を貰って錬金の経験を積んでいるのだから、俺もそれほど不満というわけではないかな。


「アーノルド様、ただいま戻りました!」


「アーノルド、新型の火炎放射器だが、随分と好評だったぞ」


 リルル、エステルさん、アンナさん、裕子姉ちゃんは俺たちの補佐をしていたが、ビックスは鍛錬とオリハルコン製の剣を試すため。

 シリルは、俺が改良した火炎放射器の試験を担当していた。

 ちょうどモンスターたちが襲撃してきたので、いい実験になったようだ。


「これ、注文入ったけど」


「仕事が増えたわね」


「いいんじゃないかな?」


 ヒンブルクの城塞都市は、序盤後半から中盤前半で出現するモンスターたちが多く出現する。

 魔王軍の主力で数が多いので、押し寄せるといった感じだ。

 従えている野良モンスターたちも、同じような設定なのだと思う。

 つまり、城塞都市で防衛戦をしている限りは、そうそう強いボスモンスターに遭遇するわけがなく、というか強いモンスターなどそうそう湧いて出ない。

 火炎放射器及びその改良型を量産して配備すれば、魔王軍の損害ばかりが著しく、味方の損害は減るわけだ。

 離れた場所から一方的に攻撃できるので、傷薬などの消費量も減らせる効果があった。


「しかし、アーノルドはよく火炎放射器だの、その改良型なんて開発できるよな」


 それは、俺が錬金のレシピを知っていたからだけど。

 俺だって、火炎放射器の詳細な構造なんて知らないし、ましてや改良なんてできるわけがない。

 なにより、火炎放射器の改良型は完全に死に設定の武器であった。

 序盤から中盤前半までは、効率よく雑魚モンスターを焼き払える火炎放射器だが、当然ゲームだと敵が強くなれば役に立たなくなる。

 そこで改良型の錬金ができるのだが、これがゲームだと威力不足でまったく役に立たないのだ。


 だが、この世界では城塞都市に配備すれば役に立つ。

 攻め寄せる雑魚モンスターを焼き払えば、派遣軍の死傷者が減り、傷薬などの消費量が減り、早く在庫が溜まるというわけだ。

 ゲームではないので火炎放射器にはメンテナンスも必要だが、派遣軍にも錬金術師がついている。

 『燃料』の錬金と合わせて、そのくらいはやってほしい。

 正直なところ、『燃料』は品質なんて関係ないからな。

 燃えればいいのだし。  


「でも、火炎放射器を作る手間が増えたわね」


「あとで楽になるから……」


 改良型の火炎放射器の量産は順調に進み、多数が城塞都市に配備されるようになった。

 そして、定期的にあるモンスターの襲撃において力を発揮し、派遣軍の物資の在庫量も落ち着いてきたので、俺たちは次のステップに進むべくヒンブルクをあとにするのであった。





「……なんだ! この犠牲者の数は! 私は、人間たちを城塞都市に封じ込めるために有効だと思ったからこそ、威圧作戦を許可したのだぞ! なぜその作戦でこんなに犠牲が出るのだ!」


「それが、人間たちが新型の武器を用いまして……火炎で焼かれて倒される味方の数が増大しまして……」


「接近しすぎだ!」


「新型の武器が配置されたようで、旧式の射程距離に対応していた味方にまたも犠牲が続出しまして……」


「言い訳はもういい! 味方を下がらせろ!」


「すべてが言うことを聞く保障がありません」


「軍団制がここまで祟るとはな! トップの四天王が死ねばこの様か!」




 今、配下からこのところの我が軍の犠牲者の数を聞いて唖然としてしまった。

 城塞都市に籠もっている人間側の最大戦力を封じるため、私はモンスターたちに威圧の許可は出した。

 それによって人間側を萎縮させ、城塞都市に釘付けにする。

 その間に戦力を再編するつもりだったのだが、なぜか威圧だけしていたはずの味方の犠牲が多かった。

 聞けば、おかしな新型武器で遠距離から焼き払われたようだ。

 火魔法かと思えばそうではなく、錬金で作られたものらしい。

 つまり魔力が少ない人間にも使用可能で、実際味方に大きな損害が出ていた。

 なにより腹が立つのが、最初にその新武器が登場した時点で味方から報告がなかったことだ。

 もっと早くわかっていれば、犠牲が少ない時点で撤退の命令が出せたのに。

 もっとも威圧作戦に参加していた連中は、隙あらば城塞都市の再攻略を目論んでいた連中だ。

 私に撤退命令を出されると困るので、こういう事態になるまで黙っていたものと思われる。

 おかげで、また大量の犠牲が出てしまった。

 人が苦労して戦力を再編しているというのに……これではキリがないではないか!


「暗黒魔道士様、いかがなされますか?」


「いかがもクソも、ヒンブルクの包囲はもうやめられないではないか!」


 ここまで魔王軍の損害が大きいと、ヒンブルクの包囲を解けば人間から逆撃されてしまうかもしれない。

 苦しくても、ヒンブルクを包囲し続けるしかない。

 勿論、新型武器の射程距離内に入らないよう強く命令をしなければなるまい。

 これ以上犠牲が増えると、再び支配領域を狭める必要があるからだ。


「上手くいかないな……」


「注進! 人間側の逆突出攻撃があり、味方に多くの犠牲が出た模様です」


「なっ!」


 人間め!

 こちらが苦しいのを見透かして、そのような策に出てきたか……。

 多分、城塞都市から少人数の冒険者グループを突出させ、数ヵ所に同時に奇襲する。

 まさか、自分たちが奇襲されるとは予想していなかった味方が大きく混乱したのであろう。


「それで、現地の連中は撤退を提案しています」


「今さら、そんなことができるか!」


 今撤退したら、人間から逆侵攻を受けるかもしれないではないか!

 これまで散々勇ましい主戦論を煽っておいて、ちょっと奇襲を受けたくらいでそれを覆すな!


「今のままで包囲体制を維持。そのような奇襲はそう何度も起こらないと言え!」


 人間とてバカではないのだ。

 二度も同じ作戦は実行しない。

 城塞都市を包囲し続ける作戦方針に変わりはない。


「急ぎ、戦力の再編をしなければ……」


 はあ……。

 最近はろくなことがない。

 早く誰かに、この魔王軍ナンバー2の重責を代わってほしい。

 それが今の私の一番の願いだな。

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