第77話 後方かく乱策の破綻
「アーノルド様! 村人が全員眠っていますよ! これは魔王軍の呪いでしょうか?」
「ビックスさん、揺らしても目が覚めません」
「アーノルド君、隣の村は全員が石になっているわ」
「隣接する二つの村が、片方が全員が眠っていて、もう片方は全員石になっている。大変な事態だよ、アーノルド君」
「アーノルドはまったく動揺してないな。これも勘で知っていたのか?」
城塞都市まであと少しなのだが、その前に山奥の山村に寄ることにした。
俺と裕子姉ちゃん以外のみんなは、『どうしてそんなところに寄り道を?』と不思議がっているけど、これまで俺の言うとおりにやってたら順調だったので、反対する人はいなかった。
魔王が倒れるまではいいけど、そのあとはゲームの知識が通用するかどうか怪しいので、俺を妄信して判断力を放棄するのはよくないな。
少し事情を話しておくか。
「実は、夢で見たんだ」
「夢?」
「そうなんだ、シリル。その夢だけど妙にリアルでね……」
「そうか。それを参考に……『予知夢』の特技なのか?」
「持っていないから、もしかしたら魔王を倒すまでの限定かもしれないね」
勿論そんなわけないのだが。
「限定で『予知夢』ですか。よほどアーノルド様に魔王を倒してほしいんですね」
「そうとわかれば、私も協力しますよ」
「そうだな。完全に盲信するのは危険だが、魔王が倒れるまでは有効かもしれない」
「限定の『予知夢』かぁ……。不思議だね、アンナちゃん」
「魔王の脅威に神様が対応したのかも……アーノルド君は選ばれた人?」
情報通のアンナさんをして、意外と信心深いんだな。
ファンタジーな世界だからかもしれないけど。
とりあえず、俺の嘘を信じてくれてよかった。
魔王を倒したあとも、全員が俺の行動にまったく疑問を持たないなんて、それでは不完全なパーティになってしまう。
魔王が倒れたあとは、みんなにちゃんと自分の考えを話してもらわないといけない。
だから俺は、あんな嘘をついたのだ。
「で、この二つの村への対策はあるのか?」
「あるよ」
「あるのかよ!」
「凄いですね、アーノルド様」
「これから案内するから、そこにいるモンスターを倒せば終わり。二体いるけど、そんなに強くないから」
シリルが驚き、リルルが感心しているが、二つの村の様子を見れば魔王軍の仕業なのは一目瞭然だ。
城塞都市を奪還し、バルト王国はかなりの領地を取り戻したとはいえ、やはりその支配力は弱い。
暗黒魔導師、アンデッド公爵辺りは、こうして後方かく乱に勤しむわけだ。
ゲーム的にいうと、陰謀を嗜む四天王って感じだな。
「(ただなぁ……)」
策士策に溺れるともいう。
やはり敵地に送り込む関係で、モンスターは幹部クラスばかりだった。
先日大敗して戦力を大きく失った魔王軍からすれば、今すぐにでも呼び戻した方がいいだろう。
なぜなら、これまで俺たちが各個撃破したボスモンスターたちは魔王軍の指揮官として使えるからだ。
戦力の分散は愚策だしな。
俺がこいつらを魔王軍に合流させないのは、人間側を援護するためというわけだ。
「でも不思議ね。戦況が変わったのだから呼び戻せばいいのに」
二つの村をおかしくしていた二体のボスモンスターはあっさりと倒された。
レベルアップのおかげだな。
彼らがいた洞窟の中で、裕子姉ちゃんが俺に疑問を投げかける。
「せっかく村を二つも機能不全にしたり、他にも多くの旅人を食い殺し、街道を塞ぎ、貴族に化けて悪政を敷いたりして成果を出しているんだ。ここで退いたら意味がないじゃん」
「モンスターにもプライドってあるのね」
「それはあるでしょう」
特に、暗黒魔導師やアンデッド公爵のように自分が賢いと思っている連中は。
ここで後方かく乱のために送り出したモンスターたちを呼び戻すのは、彼らが自ら戦略上のミスを認めたに等しい。
結局呼び戻すかもしれないが、それを決断する前に間引いてしまう。
俺たちが、寄り道して多くのボスモンスターたちを倒してきた理由だ。
ゲームからの知識を参考に、バルト王国領内にいるボスモンスターを次々と倒してきたので、あとで戦力不足をどうにかするため呼び戻そうとしても、この世にいないから不可能だという作戦だ。
「アーノルド、ヒンブルクに到着したらどうするの?」
「レベル上げ」
一つ不確定なことがあるので、ヒンブルクに到着したらレベルを上げる以外の行動は暫く避けた方がいいと思っている。
ゲームだと、魔王軍に占領されていたヒンブルクの奪還イベントもあるのだけど、歴史が変わってすでにヒンブルクは人間側の手にあるからなぁ……。
「(揺り戻しで、魔王軍が奪還を目論んだりして)」
「(そんなまさか、〇ャブロー防衛戦みたいなことが起こるのかしら? 魔王軍が〇オン軍みたいに無茶をして?)」
……裕子姉ちゃん……。
どうしてその年で、某白い悪魔ロボのアニメに詳しいのかな?
俺もか!
俺は、裕子姉ちゃんの影響だけど。
「次は、城塞都市ヒンブルクだな」
「かの地の防衛体制は整ったのでしょうか?」
「色々と必要なので、お買い物ができたらいいですね。物価はどうなのでしょうか?」
「ああいう前線って、物価が高い印象があるけど……」
「お野菜とか、高いのかな?」
みんなそれぞれに話をしながら、俺たちはヒンブルクへと続く街道を北上するのであった。
まだ魔王退治のお話は序盤だ。
頑張らないと。
「アンデッド公爵殿……」
「暗黒魔導師殿……」
思わぬ事態により、私暗黒魔導師はアンデッド公爵と秘密の会合を持つに至った。
いまだ魔王様が補充をしておられないため、四天王は私とアンデッド公爵しかいない。
対人間戦で実質魔王軍を動かしているのは私とアンデッド公爵であり、互いにナンバー2を狙うライバル同士ではあったが、こうも戦況が悪化した今、お互いに話し合いをしないわけにいかなくなったというわけだ。
「アンデッド公爵殿、貴殿は後方かく乱任務で幹部クラスのモンスターを複数バルト王国領内に送り込んだと聞く」
「暗黒魔導師殿、それは貴殿も同じであろう?」
「ああ」
四天王の中で、そういうことを考え実行するのは、私と暗黒魔導師しかいないからな。
プラチナナイトとブラックイーグル侯爵は、自ら乗り込んでしまうようなタイプだ。
そしてその性格が仇となって、ホルト王国にて討ち死にしてしまったのだが……。
彼らが討たれたと聞いて、最初はライバルが消えたと思って内心喜んでいたんだが……。
あの二人の配下たちが、なかなか統制できないので私もアンデッド公爵も苦労していた。
特にアンデッド公爵の場合、『死んだ奴の言うことなんて聞けるか!』と反発するモンスターたちが多いと聞く。
アンデッド公爵の場合、そのモンスターを一度殺し、アンデッドにして言うことを聞かせるという手もあるが……。
ただ、あまりアンデッドばかり増やすと、アンデッドの弱点を人間に突かれるからな。
不死の軍団とはいえ弱点がある以上、魔王軍の構成をそう簡単に変えるわけにいかなかった。
そんなわけで戦力の再編には苦労しており、そこで私とアンデッド公爵が後方かく乱のために送り出したモンスターたちを呼び寄せようとしたわけだ。
私だけが先にそれをやると、アンデッド公爵が送り出したモンスターたちが孤立して殺されてしまうかもしれない。
もしそうなったら、私とアンデッド公爵との関係は極度に悪化するであろう。
それに、アンデッド公爵が後方かく乱要員を引き抜いた私を批判するかもしれない。
本人はまず言わないだろうが、彼の配下にはそんなことをしそうな候補が沢山いる。
魔王軍で私かアンデッド公爵がナンバー2になる可能性が高まった以上、配下たちは自分たちも引き立ててもらえると期待しており、私の軍団とアンデッド公爵との関係は徐々に悪化していた。
中には、自分が所属していない軍団など滅んでしまえばいいと抜かすバカもいる。
何分モンスターなので、人間よりもバカな奴が多いのだ。
欲望に忠実で、自分のことしか考えていない奴も多い。
その分、個々では人間よりも戦闘力が高く、少数で人間に対抗できているのだが。
「話は短い方がいい。お互い忙しい身なのでな」
「そうだな、アンデッド公爵殿。バルト王国領内に配置した後方かく乱要員は全滅した」
「損害がゼロとは思わないが、いきなり全滅はおかしくないか?」
確かに、アンデッド公爵の言うとおりだ。
配置した後方かく乱要員全員が討たれるなんて、物理的にありえないのだ。
広範囲のバルト王国領内から、ピンポイントで後方かく乱要員たちを探して倒していく。
野良モンスターも多数いるのに、どうしてこの短期間で私とアンデッド公爵が送り出した連中だけ?
こんなに不思議なことはなかった。
「どう思う? 暗黒魔導師殿」
お互いにライバル同士ではあるが、ここで協力して事に当たらねば魔王軍が危ういという現実は理解している。
暫くは手打ちというわけだ。
「まるで、私たちが送り出した後方かく乱要員たちを最初から知っているような……」
「スパイか?」
「それはあり得ないだろう」
魔王軍に人間はいないからな。
人間がモンスターを買収できるとも思えない。
「いまだ我々の認知していない凄腕の冒険者たちが現れたのでは?」
「その線が一番あり得るか……」
一応魔王軍では、凄腕の冒険者たちの大半を把握している……主に、私とアンデッド公爵がデータを集めていたが……。
今は亡き、プラチナナイトとブラックイーグル侯爵にそれを求めてもなと思う。
能力以前に、そんな面倒なことを彼らがやるとも思えない。
「人間は数が多い。そんな冒険者が現れても不思議では……そいつは『勇者』となるのか?」
「わからん。『勇者』とは、古の人間が勝手に言い始めた称号で、特技ではないとも聞くからな」
我らとて、人間と同じように特技を持つ。
当然特技の研究は人間並にしているが、太古の昔より人間たちには『勇者』という特技があり、これまで何度も魔王様の侵攻を防いできたと言われていた。
我らの魔王様が、この世界に侵攻したのは今回が初めてだが……。
大昔に何度も、異世界の魔王がこの世界にしてきたのであろう。
魔王による侵略が一度も成功していないこの世界は、我らからすれば魅力的に見える。
この世界に生活の拠点を置きたいし、邪魔な人間たちは滅ぼしたい。
古の魔王とその眷属たちは失敗したようだが、我らは必ず人間を滅ぼし、この世界を手に収めたいものだ。
「人間限定の特技なのかもな」
「それはありそうだ。そういえば、我らの配下たちを殺した冒険者。例のホルト王国の優秀な錬金術師ではないのか?」
どうやらアンデッド公爵は、配下の者たちを殺しまくった冒険者が、件の錬金術師だと疑っているようだ。
確かに奴のせいで、二名もの四天王が死んでいるからな。
しかし……。
「奴は錬金術師であろう? 戦闘には長けていないはずだ。大方、護衛についていた冒険者たちの仕業では?」
「だから、彼らが我らの配下を効率よく抹殺したのではと思うのだ」
「いや、連中は暗殺を怖れて屋敷に閉じ籠ってるぞ。私の部下たちが確認している」
情報収集は大切なので、苦労しつつもホルト王国に配下のモンスターたちを送って監視は続けさせている。
我らに暗殺される危険を恐れ、彼らは屋敷の中で静かにしているそうだ。
どうせアンデッド公爵も、その情報は仕入れているだろうに。
「そうか。ならばホルト王国の優れた錬金術師の線は薄いか……」
「後方かく乱は防がれたが、これよりは我ら魔王軍の領域、そうは上手くいくまい」
「それもそうだな。ならば、やはり戦力の補充と再建が急務か……」
「私もそれが一番だと思う」
これ以上人間の領域に手を出すのは、労力と犠牲を考えると割に合わない。
監視のみに抑えて、今は戦力を補充するのが最優先であろう。
「暗黒魔導師様! プラチナナイト様とブラックイーグル侯爵様の配下たちが、勝手にヒンブルク再攻略の兵を挙げました」
「なっ!」
「ええいっ! これだからモンスターたちは!」
私たちもモンスターではあるが、プラチナナイトとブラックイーグル侯爵の配下たちの脳筋ぶりには参ってしまう。
そもそも、連中の戦力だけで補修と強化が進むヒンブルクを落とせるものか。
連中に、件の錬金術師の功績について説明……しても理解できないだろうな。
困った話だ。
「どうするのだ? 暗黒魔導師殿」
「ここで連中を失うわけにいかない……連れ戻すしかあるまい」
「そうだな。貴殿の意見に同意する」
もし魔王軍の損害が大きければ、今後数十年は人間相手に守勢に回らなければならない。
人間とは違って、我らは纏まりがなくて困ってしまう。
あわよくばヒンブルクを再奪還できるなどというは夢は見ず、かといって人間にこちらの意図を見透かされるわけにいかない。
限定的ながら、魔王軍による大攻勢に見せるしかないか……。
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