第74話 イケニエによる一撃
「ぎゃぁーーー!」
「何事だ?」
「急ぎリルルの下へ向かえ!」
「すげえ悲鳴でしたね、アーノルド様」
「リルルの悲鳴? ……には聞こえないわね」
「誰か近くに人でもいたのかな?」
「エステルさん、それならさっき私たちが気がついたはずですよ」
「それもそうだね」
「急ごう」
ゲームのイベントを消化して目的の品を手に入れるため、俺たちはアンドレイの村の人たちにイケニエを要求するサーベルウルフ退治を引き受けた。
リルルをイケニエ役として囮にし、俺たちは少し離れたところで監視する。
サーベルウルフがリルルに襲いかかった瞬間、俺たちが一斉にサーベルウルフを攻撃するはずだったのだけど……もの凄い悲鳴が聞こえたので急ぎ現場に駆けつけると、そこには魔石と長い牙が二本地面に落ちているだけだった。
「リルルが倒しちゃったんだ……」
「すみません、アーノルド様」
「面倒が省けたし、お手柄だと思うな」
序盤でレベル150超えだものなぁ……。
リルルは素手での格闘が得意なわけだし、イケニエだと思っていた彼女から奇襲を食らったら、サーベルウルフ如きではどうにもならなかったか。
「魔石はまあまあ。で、アーノルド君、この長い牙は?」
「サーベルウルフ最大の特徴だね。口元から生えている二本の牙だ」
「アーノルド、これはなにか役に立つの?」
「当然。いい素材だよ」
これを材料に、一番強い爪系の武器が作れる。
それをリルルが装備すれば……リルルがサーベルウルフを倒したのは半ば必然なのか。
「しかし、どうやって倒したんだ?」
「牙の長い、大きな二足歩行の狼がいきなり大口を開けてきたので、そこに一撃入れたら貫通してしまいました」
シリルの問いに対し、リルルが呆気ない口調で答えた。
いくら序盤の雑魚ボスとはいえ、サーベルウルフ、油断しすぎだろう……。
リルルのレベル150越えのパワーにより、油断していた奴は頭部を拳で打ち貫かれて一撃で倒されてしまったわけか。
「まさに、姿見ずで終わりましたね」
「そうだな」
ビックスが、サーベルウルフの不甲斐なさに呆れているようだ。
それにしても、ゲームのグラフィックでは見ていたけど……実物もそんなに変わらない……のかな?
とにかく、サーベルウルフが倒れてよかった。
「長い牙ね。どんな使い道なのか想像もつかないけど……」
「当然、これだけでは無理だよ」
これだけではなにも作れないので、他の素材も忘れずに集めないと。
リルルの最強装備を作るのに、この牙が必要なのだ。
それが判明するまで、そこそこの値段で売れるから、初期の金欠状態を解決するために売却し、二度と手に入らないので、あとで絶叫するプレイヤーが続出したのだけど。
せめて売却できないようにするとか……そういう配慮を、シャドウクエストの運営会社に求めるのは酷か?
自分で気をつけねば。
だからクソゲー扱いされるのだろうけど。
「目的達成だな」
「大成功」
牙が手に入れば、もうこの村には用事はない。
とっとと先に進むとしよう。
俺たちは、一秒でも早く魔王の下に向かわねばらないのだから。
「今夜も宿屋に泊まって、明日に出発しよう」
「待ってよ!」
「なに? ローザ」
「今回のようなことは例外に近いと思うけど、私たちもなにか武器の扱いに長けていた方がいいと思うのよ」
「そうね。いつもリルルちゃんに頼るのもどうかと思うし」
「三人とも、なんとなく槍を持っているだけだものね。あれだけレベルを上げて『槍術(初級)』の特技しかつかないし、他の武器の特性も見た方がいいと思う」
よほど才能がない人以外は、どんな人でもある程度その武器でレベルを上げると、武芸初級の特技がつく。
レベル150を超えれば、少しでも才能があれば中級になっているはず。
つまり、リーチが取れるから安全という理由で槍を持たせているが、裕子姉ちゃん、アンナさん、エステルさんには槍術の才能が微塵もないのだと思う。
試しに特技の書を使っても、間違いなくよくて中級がいいところだ。
もしかしたら、他のなにか違う種類の武器の才能があるかもしれないけど、特技の書を盛大に使わないといけないであろう。
さて、どうしたものか。
なんてね。
「じゃあ、なにか武芸で上級が見つかるまで試してみる?」
「いいわね。随分と太っ腹じゃない。アーノルドは」
「いいの? 特技の書って高価よね?」
「悪い気もするけど……」
レベル上げだけで後衛メンバーはなんとかなると思ったが、やっぱりなにか武芸の特技があった方がいい。
ビックスの剣、シリルの槍、リルルの爪のような得意な武芸が見つかればいいのだが……。
「剣……は意外と得意な人が少ないからなぁ……」
リーチが短いし、実は一番習得が困難であった。
誰でもちょっと訓練すると、特技の書はなくても初級になるので、みんな勘違いしてしまうのだ。
続けて中級にしようとすると、途端に達成者が少なくなる。
それならリーチが長い槍の方が、初級でも安全というわけだ。
「ローザだから、試しに『鞭術(べんじゅつ)』で?」
「どうしてそうなるのよ?」
なんとなく、性格とか生まれで?
あと、性格が女王様気質だから?
鞭が似合いそうな容姿をしていなくもないし、ゲームの設定では思いっきり似合っている。
「試しだよ」
「特技の書が無駄になっても知らないからね。私なら、『弓術』とか行けそうなのに」
いや、裕子姉ちゃん。
『弓術』は、『剣術』よりももっと習得できる人が少ないんだけど……。
後衛でも遠方からダメージを与えられるし、優れた弓の銘品は種類が多いのだ。
シャドウクエストだとそういう設定なので、裕子姉ちゃんに適性がある可能性は低いと思うな。
「『鞭術』で」
「試すだけ、だけど……あっ!」
俺の勘は正しかった。
裕子姉ちゃんに特技の書を三つ使うと、『鞭術』が上級になったからだ。
さすがに『鞭聖(べんせい)』にはなれなかったけど。
鞭の聖人や神って、呼び方も存在も微妙な気がするけど。
「他の武器にも才能があるかもしれないじゃない」
「特技の書が勿体ないし、武器はバラけた方がいいから」
それに鞭って、距離があっても攻撃できるから後衛向きでもあった。
他の武器が得意か試すのは、特技の書が勿体ないので却下だ。
「アンナさんは? 自分でどう思います?」
「どうかしら? アーノルド君の言ったとおりに試してみるわ」
「じゃあですね……」
早速試してみるが、『剣術』はやはり初級で成長しなくなってしまった。
『鞭術』も初級止まりだったので、駄目元で『弓術』を選んでもらうと、これが大当たりで『上級』まで上がった。
弓は後衛に相応しい武器なので、アンナさんの得意な武芸が『弓術』でよかった。
「私、弓なんて触ったこともないけど……」
「じゃあ、これまでその才能に気がつかなかったんですね」
とはいえ、俺のパーティメンバーは才能があるよな。
武芸系の特技で上級が出る人は、とても少ないというのに……。
優れた錬金術師の卵で、元々ステータスなども高かったせいかな?
「アーノルド君、私は?」
「『治癒魔法』が上級なので、刃物がない方がいいのかな?」
治癒魔法の使い手はすぐ教会にスカウトされるので、刃物がついていない武器、槌(ハンマー)や棒などが向いていると言われている。
実際に試すと、『槌術』の中級が取れた。
残念ながら、上級は難しいみたいだ。
その分治癒魔法が上級なので、不利を十分に補っていると思うが。
どうせエステルさんは後衛なので、戦闘ではあまり出番もないと思う。
仲間の治療や、『補助魔法』による戦闘補佐に集中してくれた方がよかった。
「アーノルド君は、なにか武芸の特技は取らないの?」
「試したら、『杖術』の中級が取れました」
なお『剣術』も中級だが、これは貴族の息子だからか?
中級だと普通に使えるだけなので、そこまで威張れるものではなかったが。
一応腰に細いミスリルの剣を差し、『古代王の杖』か今は火炎放射器で戦うのがメインであった。
「こんなものですね。次に行きましょう」
「アーノルド君、随分と特技の書を使わせてしまったわね」
「才能の限界でランクが上がらなかった分、いっぱい貴重な特技の書を無駄にしてしまったから悪いかも」
「別にいいですけどね。まだ在庫もあるし、しばらくは魔王軍が強化されることもないだろうし」
「その根拠は……教えてくれるのかしら?」
「当然だよ、ローザ。特技の書の大半が、カジノにあると思って魔王軍が狙うんじゃないかとね」
実はゲームだと、中盤にカジノ襲撃のイベントがある。
これで景品の大半を奪われ、暫くカジノが使えなくなってしまうのだ。
ゲームの後半になると復活するが、実はそのイベントで奪われた多くの景品が魔王軍の強化に使われた……という設定であった。
そこで俺は、先にカンストした運と『博才』を使ってカジノの景品をほぼすべて獲得していた。
おかげで俺は、カジノに永久に出入り禁止となってしまったが……。
さすがに勝ち過ぎてしまったようだ。
それでも潰れないのだから。カジノも凄いと思うけど。
いったい今までどれだけ稼いでいたんだよ、という感想しか持てなかった。
「魔王軍が?」
「彼らは先日の大敗で失った軍勢の回復に努めているけど、そんなにすぐには戦力は増えない」
野良モンスターたちを従える以外は魔王の力で召喚しているので、そんなに急にモンスターは増えないはず。
となると、今度は質を重視するようになるはずだ。
一体一体の能力を高めるのに、特技の書と能力値のタネは必須であった。
「カジノに景品がないのなら、魔王軍に襲われても奪われようがないわね」
「そういうこと」
その結果、モンスターたちは強化されず、俺たちはその分大分有利になるわけだ。
さすがの魔王軍も自分で錬金できないから、ゲームのイベントでカジノからそれらアイテムを奪ったわけだし、どうせゲームの後半ではカジノは復活している。
つまり、それだけの被害を受けてもカジノは潰れなかったわけだ。
先に俺が、『博才』と運で景品を根こそぎしても被害額が大して変わらないはず。
賭博ギルドは、本当に金を持っているよな。
今までに荒稼ぎしていたのであろう。
「こっちが有利になるのだから、別に構わないか。アーノルド、次は?」
「『城塞都市』を目指すことになるんだけど……」
ゲームでもそうだったが、魔王軍の幹部があちこちの町や村で悪さをしているので、それを効率よく潰していく予定だ。
その目的は……人助けもあるけど、イベントになるようなモンスターがドロップするアイテムには貴重な品が多かった。
それを回収するのが主な目的というわけだ。
「なるほど。魔王軍もしぶといな」
「少数の精鋭モンスターたちに領内に入られてしまうと、バルト王国も対応が難しいというわけだ」
兵力は無尽蔵ではないのだから当然だ。
「そういうことなのですね。次も頑張りますね、アーノルド様」
「リルルには期待しているよ」
「任せてください」
リルルは、素手ならこの中で一番強いからな。
パーティメンバーとしても、俺の護衛としても十分に役に立っていた。
メイドとしても、レミーには負けるが、十分上級メイドに相応しい才能を持っていると思う。
「リルルちゃんは、サーベルウルフを倒してこの村の英雄になれたわね。どんな伝承になるかな?」
特に娯楽もない田舎の村なので、彼らは刺激に飢えている。
若い女性をイケニエとして差し出すようにと命じた強いモンスターを、一撃で倒したリルルは賞賛されて当然というわけだ。
「どんな伝承になるんでしょう? 楽しみですね」
「リルルは可愛いから、きっと『モンスターを退治した美しき武道家リルル』とか、そんな感じになると思うぞ」
「アーノルド様、恥ずかしいですよ」
とにかく、村の女性がイケニエにされないでよかった。
翌朝俺たちは、次の魔王軍の幹部を倒すべく村をあとにするのであった。
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