第73話 イケニエ選定
「アーノルド君、村の人たちが集まってなにか相談しているみたいよ」
「(ゲームとまったく同じだ)アンナさん、彼らがなにを相談しているのか聞いてみましょう」
「そうね」
前日は、アンドレイの村に辿り着いた時にはすでに夜だった。
そのためすぐに宿屋に入って寝たのだが、翌朝村の中心部に向かうと、そこで村人たちが集まってなにか相談をしていた。
アンナさんが何事なんだろうと俺に尋ねてきたが、実は俺は彼らがどんな件で相談をしているのか知っている。
なぜならこれは、ゲームのイベントでもあったからだ。
「あのぅ、なにかあったのですか?」
「お嬢さん? 冒険者の人たちか」
第一印象が大切ということでエステルさんに声をかけてもらうと、彼らは俺たちが冒険者であることに気がつき、少し安堵したような表情を浮かべる。
「実は、『サーベルウルフ』にイケニエを要求されておりまして……それで、どうしようかと相談していたのです」
「でもここはバルト王国領内で、魔王軍の勢力下にないですよね?」
「魔王軍の勢力下みたいに、人間が住めないということはありませんが、このような田舎に住んでおりますと、モンスターの脅威からは逃れられません」
魔王軍がいなくても、この世界にはずっとモンスターがいる。
実際に、ホルト王国もそうであった。
それと村人たちは気がついていないが、サーベルウルフは魔王軍が放ったものである。
アンドレイの村はバルト王国の支配地内にはあるが、ろくに兵も配置されていない田舎なので、魔王軍も悪さをしやすい。
魔王軍四天王の一人暗黒魔導師は、こうやって手薄な地域に魔物を送り出し、人間側を混乱、消耗させようと目論むわけだ。
もしバルト王国軍が、前線から兵力をアンドレイの村に送れば。
それだけで、バルト王国を消耗させられるというわけだ。
「サーベルウルフは、我らに月に一度生贄を出せと言ってきまして……対抗しようにも、バルト王国は前線の守備で手一杯だそうで……」
ようやく戦況が落ち着いたのに、こんな田舎の村まで兵を回せないというわけだ。
アンドレイの村のために兵力を回すと、今度はどこか手薄な戦線ができてしまう。
先日の大勝があっても、人間側に余裕などなかった。
それまでは連敗続きだったから仕方がない。
「喋るモンスターって……アーノルド君」
「ええ、魔王の配下だと思います」
アンナさんの予想どおりだ。
魔王軍に所属するモンスターで、強い奴は大半が喋れる。
サーベルウルフも牙の大きな狼型のモンスターだが、二足歩行もできて普通に喋れる、魔王軍の幹部であった。
序盤に出るので、かなり弱い方のボスだけど。
「アーノルド、サーベルウルフを倒す目的でここに来たのか?」
「そこまでは予想できなかったけど、勘みたいなものかな? この村に引き寄せられた」
勿論大嘘で、本当はシャドウクエストの攻略チャートに従っているだけだけど。
序盤なので飛ばしてもいいのだが、実はサーベルウルフから終盤で役に立つアイテムが手に入るのだ。
寄り道したのは、それを得るためであった。
「おおっ! 冒険者の方々。サーベルウルフを倒していただけるのですか」
「お任せください」
「ありがとうございます」
「ありがたい。うちの娘は生贄候補になっていたのです」
「俺の妹も」
俺たちがサーベルウルフを倒すと宣言したら、みんな娘や妹をイケニエにしないで済むと大喜びしていた。
俺たちが負けるかもしれないという想定は……していないのか。
いい人たちだな。
「イケニエの約束の日はいつなのです?」
「それが今夜でして……」
なんという偶然か。
まさか、イケニエを差し出す日が今日だなんて……。
実はゲームみたいに、いつ来ても今日なのかな?
そんなことはないか……。
「アーノルド、どうやってサーベルウルフを倒すの? 誰かがイケニエのフリをしてサーベルウルフを呼び出すとか?」
「その方法が一番簡単ですね」
というか、他に手はない。
なにしろ今の俺たちの能力とレベルなら、サーベルウルフなど瞬殺できてしまうからだ。
奴は、魔王軍の暗黒導師からバルト王国領内における後方かく乱の任務を与えられているわけで、俺たちが堂々と戦いを挑むと逃げる可能性があった。
俺たちがいなくなってから、またこの村に舞い戻る可能性が高いのだ。
そこで誰かをイケニエに……この場合、イケニエってのは美しい処女と決まっている。
サーベルウルフからすれば、若くて肉が美味しければいいのだろうけど。
美しくて処女云々は、人間側の都合だよなぁ……。
「申し訳ないけど、誰か立候補……」
「「「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」」」」」
大丈夫だとは思うけど、イケニエの振りをして囮役になるのだ。
嫌がるかと思ったのだけど、女性陣全員がやる気満々なんて……。
「短時間だけど一対一になるから、危険ではあるんだけどね」
序盤でレベル150超えだから、サーベルウルフがうちの女性陣をどうにかできるとは思わないけど、イケニエ役なので積極的に立候補するとは思わなんだ。
どういう魂胆なのであろう?
「アンナさん?」
「アーノルド君、知ってる?」
「なにをです?」
「こういう村で功績があると、代々私たちの功績は語り継がれるのよ」
「でしょうね」
村の伝承、おとぎ語みたいな感じになるのはわかった。
でも、だからなんなのであろう?
「『○○という美しい少女が、イケニエに成り済まし……』となるに決まっているわ」
「えっ? それだけ?」
美しいイケニエ役の少女として伝承に名前が残るから?
もしかしてそれは、承認欲求というやつか。
イケニエは美しいと相場が決まっていて、それに自分が選ばれること自体が名誉だと?
「(……みんな、案外ミーハーなのな)」
「(リルルさんもですか? 意外ですね)」
シリルも、ビックスも。
女性陣の無意味な積極性に首を傾げるばかりだ。
「アンナさんも、エステルさんも。ましてやローザ様もイケニエ役には不向きですよ。私が立候補します」
とここで、リルルがイケニエ役に立候補しつつ、自分が一番向いていると断言した。
「リルルちゃん、どうしてそう思うのかな?」
「私たちでも大丈夫だよ。ねえ、ローザさん」
「リルルが一番イケニエ役に向くという根拠が欲しいわね。どうなのかしら?」
アンナさんも、エステルさんも、裕子姉ちゃんも、リルルの言い分に納得いかないようだ。
彼女が一番イケニエ役に向く理由を尋ねていた。
「イケニエなので武器を持てません。そして短時間ですけど、一対一で対峙しなければなりません。となると、素手でも戦える私が一番有利だと思います」
「うぐっ!」
「確かに……」
「反論できない……」
リルルのぐうの音も出ない正論に、三人はまったく反論できずにいた。
俺も、リルルを指名する選択肢しか思い浮かばないな。
「防御力の観点でも、リルルは霊糸のメイド服を装備している。イケニエが武装しているのも変だしな」
「シリルさんの仰るとおりですね。男性はイケニエになれないので、ここはリルル一択かな」
「じゃあ、リルルで」
それが一番安全なのだから、他に選択肢があるわけがない。
俺はリルルを指名し、イケニエ役は彼女に決定したのであった。
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