第7話 初のお出かけ
「レミー、今日は賑やかだね」
「はい、今日は週に一度の市の日ですから」
ホッフェンハイム子爵の跡取りアーノルドに憑依してしまった俺は、今日はレミーと我が家の警護主任であるイートマンと共に、屋敷から見渡せるトラッシュの町に来ていた。
今日は週に一度の市の日で、町の大通りは多くの客で賑わっている。
小さな俺は、レミーと警備主任のイートマンに挟まれた状態だ。
イートマンは無口だが実直そうな中年男性で、普段は父の傍から離れないが、今日は臨時で俺の護衛についている。
「今日はなにを買おうかなぁ」
今日の俺の手には銀貨が一枚、一万シグが握られている。
父が、『これで好きな物を買いなさい』と言ってくれたのだ。
法に触れなければ、どんなものを買ってもいいそうだ。
そんなものが、このトラッシュの町に売っているのかどうかはわからないけど。
それにしても、三歳児に一万円というのも剛毅な話である。
そう思えてしまう俺は、心の底まで庶民の血が流れているとも言えたが。
「本当になにを買ってもいいの?」
「はい。これもお勉強ですから」
「お勉強なんだ」
「アーノルドお坊ちゃまは、ホッフェンハイム子爵の次期当主となられるお方。貴族とは、お金の使い方も覚えなければいけないのです」
「ふうん、そうなんだ」
口だけで、お金は有効的に使え、無駄遣いはやめろと言うよりも、実際に買い物をさせて時に騙され痛い目を見た方が勉強になるというわけか。
痛い目とはいっても所詮は一万円なのだから、教育費用だと思えば安いもの。
あとで数百万、数千万を損するよりはいいという考えなのであろう。
貴族らしい考え方ではあるな。
「楽しみだなぁ」
早速広範囲に『鑑定』をかけてみる。
すると、数ヵ所で反応があった。
「煎り豆はいらんかねぇ」
屋台でおじさんが煎り豆を売っていた。
その中の一つの皿に入った豆が一つ光っている。
隠れ能力値のタネであった。
「おじさん、これをちょうだい」
「はい、100シグだよ」
俺は素早く光る豆が入った皿を取り、銀貨を払ってオツリを受け取る。
「素朴な味で美味しい」
煎り豆なので感動的な美味しさはなかったが、普通に美味しい。
最初に光る豆を食べ、運の数値を一つあげた。
一つ驚いたのだが、隠れ能力値のタネは火を通しても効果がなくならないんだな。
「美味しい豆菓子だよぉ」
次は、砂糖で甘く味付けをした豆菓子が売られていた。
「これ、貰うね」
俺は、すかさず光る豆菓子が入った皿を取る。
値段は一個200シグであった。
「貴族のお坊ちゃま。できたてのもありますよ」
屋台のオヤジが俺の正体に気がついたようで、作りたての豆菓子を勧めてきた。
「ごめんね、僕は熱いの苦手なの」
「そうでしたか。これは失礼しました」
俺は、無事に光る豆入りのお菓子を入手した。
それにしても、ちょっと豆の原型が崩れているにも関わらず、能力値のタネは光ったままであった。
さすがに粉になってしまうと、効果はなくなるのであろうか?
「これも美味しい」
早速光る豆が入った豆菓子を食べ、やはり運の能力値をあげておく。
これで、運の数値は9になった。
三歳の子供で運の数値が9は高い方だ……のはず。
ゲームの設定だと。運の数値は大人の平均で10。
子供は、特別な者以外は総じて低い。
世界観的に育たないで死んでしまう子が多いため、数値が低いのだと言われているのだ。
いや、運の数値が低いから死にやすいのか?
その辺の事情を考察をすると『ニワトリが先か卵が先か?』みたいな話になるし、答えが出たところでどうということもないので気にしないことにする。
「次は、これ」
「『石屋』ですか。私も子供の頃に買ったことがありますよ」
「いらっしゃいませ、さあ見て行ってくださいね」
そのお店は、少し怪しいお兄さんがやっていた。
なんの変哲もない普通の石を、この中には宝石の原石があると言って販売していたのだ。
本当に宝石の原石なのかは、プロでも削ってみないとわからない。
そんな原石が、一個五百シグで売られている。
多くの客が、まるで透視でもしているかのように石を選んでいる。
あきらかに詐欺臭いが、その石の中に強く光る石があったのだ。
「うーーーんとねぇ、これ」
俺は、誰も気にかけていない石を取り、500シグを店主のお兄さんに支払った。
「貴族の若様、幸運を」
「どんな宝石が入っているかなぁ」
石屋のお兄さんは、俺を鴨だと思っているようだ。
多分、鉱山の廃石置き場から適当に持ってきた石なのであろう。
ところがその中に当たりがあるとは、『鑑定』を持つ俺以外誰も気がつくまい。
「楽しみだね。レミー、イートマン」
「そうですね」
二人は俺がなにを買っても、父から口を出すなと言い含められている。
だから、なんとも言えない表情を浮かべていた。
俺が騙されたと思っているからであろう。
騙されるのも勉強のうちというわけだ。
「レミー、あれは?」
「骨董市ですね。市では必ず開催されています」
もう光る反応がなくなったので、あとは鑑定能力を生かすことにした。
市の端で骨董市が行われており、それなりに客が集まっている。
石屋の客たちと同じく、掘り出し物はないかと、みんな食い入るような目で骨董品を見ていた。
「小さな町の骨董市なので、あまり期待はされない方がいいと思います」
今まで無口だったイートマンが、初めて口を利いた。
彼は、骨董品に一家言あるのであろうか?
「鑑定眼がないと駄目なんだよね?」
「アーノルドお坊ちゃまは、難しい言葉をご存じですね。『鑑定』の特技を持たない者は、もの凄く勉強して鑑定眼を身に着けなければいけないのです。鑑定眼の勉強は一生続くと言われております。特に美術品などは難しく、ベテランの美術商でも騙されて損をするのが当たり前、失敗も糧にしつつ商売をしなければいけない世界なのです」
「ずっと勉強しないと駄目だなんて厳しいんだね」
「高名な美術商でも、時に贋作を掴まされて大損をしたり、破産する者も出ますからね。一生油断できない世界なのです」
「勉強になったよ、イートマン」
「ははっ、聞きかじりの知識ですけどね」
それにしても、イートマンはこんなに話せたんだな。
俺はそれに一番驚いている。
「イートマンは、この前騙されて変な壺を高値で掴まされました」
「レミーさん、それは言わないでくださいよ」
「古代の名工の作が、古代の便所壺だったというオチです」
「でも、まったく価値がなかったわけではないですから」
便所壺でも価値がまったくないわけではないが、購入金額より鑑定額が低かったのであろう。
イートマンの趣味は、少ない小遣いで購入する骨董品収集だそうだ。
レミーは、彼の奥さんからあのゴミはどうにかならないものかと、よく相談を受けていると言葉を付け加える。
俺に事情を説明するという口実で、イートマンの奥さんの代わりに釘を刺しているのだと思われる。
「僕も頑張って掘り出し物を見つけるね」
「アーノルド様、イートマンは掘り出し物を見つけた経験がないのですよ」
「レミーさん、それは言わないでくださいよぉ……」
レミーの方がイートマンより一つ年上だそうで、使用人としての序列も高い。
彼は、レミーに頭が上がらないようだ。
「早速、掘り出し物を探すぞ」
俺は、ゴザの上に置かれた骨董品を次々と鑑定していく。
「(ただの茶碗、価値は100シグ。真っ赤な偽物、価値は500シグ、ただの土産物、価値は1000シグ。見事に安物しかないな……)」
確かにろくな品がない。
値段も、数百シグから高くても精々数万シグなので、もの凄い詐欺というわけでもないようだ。
骨董品屋の仕入れ代金に、人件費や経費もあるからな。
鑑定金額よりも安く売れないのは当たり前だ。
まれにだが、鑑定してみると売り値よりも高額で、これはお買い得品という品もある。
逆に、これは買うと大損をする、という品も少数混じっていた。
確かに、鑑定眼を鍛えるというのは難しいことのようだ。
「アーノルドお坊ちゃま、どうですか?」
「なかなかいいものがないね」
「堀り出し物は、足で探すのが常識ですから」
と、ドヤ顔で俺に言うイートマンであったが、彼は我が家の警備責任者なので遠出はできないわけで……。
とはいえ、もし彼が自由に遠出できても、掘り出し物を購入できそうにないな。
そういえば前の世界でも、骨董好きの親戚がそんなことを言っていたが、その親戚もよく偽物を掴まされて奥さんに叱られていたっけ。
「これは……」
ほぼすべての品の鑑定が終わり、今日は駄目かと思って撤退しようとしたその時。
ゴザの端に、一枚の古い皿が置いてあるのに気がつく。
気になって鑑定してみると、驚愕の結果が出た。
美術品:古代アルケミス帝国官窯で作られた皿
作者:ピケル
価値:350000000シグ
古代アルケミス帝国は、大昔にこの世界を統一していた大帝国の名だ。
ホルト王国の王は、古代アルケミス帝国の貴族の出だったりする。
この世界にある多くの国が、実はこの古代帝国から独立した貴族の子孫であった。
滅んだ国の官窯で、著名な職人が作った皿だから高価なわけだ。
確かに、この透き通るような白さ……隣の五千シグの皿とそんなに違いはない……少なくとも俺には見分けがつかない。
俺には『鑑定』の特技はあるが、鑑定眼は皆無なのだからわかるはずがないか。
「ええっ!」
「アーノルドお坊ちゃま、いかがなされましたか?」
「なんでもないよ。あっ僕! このお皿が欲しいかなぁ……」
「貴族のお坊ちゃん。この皿なら一万シグだよ。古い時代の皿なのさ」
店主は古い時代の皿だとは気がついていたが、三億五千万シグの皿だとは思っていないようだ。
「少し足りないなぁ……」
煎り豆、豆菓子、宝石の原石で八百シグを使ってしまった。
残りは九千二百シグなので、この皿は買えない。
「おじさん、僕、九千二百シグしか持っていないの」
こうなったら、可愛らしい子供を演じて値引き作戦を敢行するしかない。
お皿が欲しいけど、ちょっとお金が足りない可愛い坊やを演じることにする。
これで購入できれば、わざとらしい演技をする恥ずかしさなど吹き飛ぶ利益が出るし、今の俺は子供なので不自然には見えないという利点もあった。
「九千二百シグかぁ……どうしようかなぁ……」
骨董市のオヤジは、腕を組んで考え込んでいる。
果たして値引きに応じてくれるのか?
暫く両者の間に緊迫した空気が走るが、ようやくオヤジが口を開いた。
「九千二百シグでいいですぜ」
「やったぁーーー! ありがとう、おじさん」
骨董品屋のオヤジが値引きを了承し、俺は無事に高価な皿を入手することに成功した。
「今日はいい日だったね」
一万シグで、能力値のタネが二つ、宝石の原石、高価な皿が入手できたので上々であろう。
レミーとイートマンは微妙な表情を浮かべているが、俺にはその理由がわかる。
実は、九千二百シグでも骨董品屋のオヤジは十分に儲けているのだ。
彼は元々、この皿が一万シグで売れるとは思っていない。
よくて八千シグ……いや、七千シグくらいが精々だと思っていたはず。
だから、俺の値引き要請を仕方なくといった表情で了承しつつも、内心では笑みを浮かべていたはずだ。
「二人は僕が『値引きしてくれ』とだけ言って、もう少し安く買った方がいいと思ったんでしょう?」
「はい。正直に申せば」
「そうですな。『九千二百シグしかない』は余計な一言だったと思います」
屋敷への帰り道で、俺はレミーとイートマンに質問してみた。
俺の値引き交渉が甘いと思っているのではないかと。
レミーとイートマンは正直に、俺の値引き交渉が稚拙だと指摘した。
「多分、競れば七千シグくらいまでは落ちたと思うけど、僕はホッフェンハイム子爵の跡取りだからね。あまり汚く値切ってもかえって評判が落ちるかなと思ったんだ」
それに、要はこの皿が手に入ればよかった。
この皿には、とんでもない価値があるのだから。
あまり欲張ってもいいことなんてないさ。
「市って面白いね。毎週行ってみたいな」
「旦那様にお願いしてみましょう」
「父上が許可を出してくれるといいな」
「そうですね、アーノルド様」
久々に娯楽に興じたという感じであった。
週に一度町に遊びに行けるのはいいし、今日のような幸運は滅多にないと思うけど、『鑑定』を使ってお金を稼ぐのはいいな。
なにしろ、俺はこれからこの世界でどうなるのかまったくわからないのだから。
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