第8話 外遊び

「やぁーーー!」


「アーノルドお坊ちゃま、もう一度!」


「とぉーーー!」


「もう一度です!」


「てやぁーーー!」




 俺は四歳になった。

 この世界に飛ばされてからちょうど一年だ。

 その間、『広域鑑定』……周囲を探ってなにか変わった物が落ちていないか探る……『鑑定』の一種のことだ。

 なにか見つかれば、続けてその品の詳細や価値を探る通常の『鑑定』を駆使する。

 すでに屋敷の中をすべて探り終えてしまったので、今ではその機会は週に一度出かける市での骨董品収集のみで使っていた。

 父から貰ったお小遣いで、売値よりもなるべく価値が高い骨董品を購入し続けたのだ。

 最初の三億五千万シグのような超高額商品はなかったが、数十万~数百万、数千万シグの品が数千シグで売られているケースが月に二~三回くらいあった。

 『鑑定』の特技がなければ、よほど勉強している美術商や骨董品屋でなければ、これらの品の見極められるわけがない。

 持ち主が死んだ後に、遺族が知らないで安く売ってしまうパターンもあるのであろう。

 逆に、出入りの美術商に騙されて偽物を高額で購入するパターンもある。


 うちの屋敷でも、父が自慢気に客に見せている絵画が、『偽物、価値五千シグ』だったりした。

 だが、そこまで酷いのはその偽物だけだ。

 もしかしたら、出入りの美術商も本物だと思って売ったのかもしれない。

 この手の品の鑑定は、プロでもたまに間違えるらしいから。


 トラッシュの町での息抜き以外は、父が俺が退屈そうなのを心配して家庭教師をつけてくれた。

 とはいっても、先生はレミーだったけど。

 基礎的な勉学と、貴族として必要なマナーなどを一日に二時間ほど教わっている。

 あとは書斎で読書を行い、他にもイートマンから基礎的な剣術も教わっていた。

 本当はまだ少し早いらしいが、軽く基礎の基礎を教わる程度ということになっている。


「アーノルドお坊ちゃまは、才能がありますね」


「そうなの?」


 ただ木刀を構えるイートマンに切りかかっているだけなので、俺にはわからなかった。

 第一、前世では剣道の経験すらないのだから。


「はい。将来が楽しみです」


「そうか。じゃあ僕も、父上のように頑張らないとね」


「えっ?」


 俺のその一言で、イートマンの動きが止まった。

 なにか変なことを言ったのであろうか?


「旦那様がですか?」


「父上が、前に初陣でモンスター退治に出かけた時の話をしてくれたよ」


 このバーン大陸には戦争がないので、貴族は初陣の年齢になるとモンスターの巣に討伐に出かける。

 年に一度、ホルト王国が遠征軍を編成するのだ。

 そしてそこで活躍すると、王様の目に留まるわけだ。


「父上は、そこで多くのモンスターを倒したと聞いたよ」


「多くのですか……」


 あれ? 

 イートマンが、なにかを言いたいのに言えないで困っているように見える。

 もしかして、父上は武芸が苦手なのであろうか?


「父上は、文官だから?」


「アーノルドお坊ちゃまは幼いのにお察しが早くて助かります。旦那様は王都近くの直轄地の徴税を任されております。文官としては非常に優秀な方なのです」


 つまり、その分腕っ節が微妙というわけか。

 それもそうだよな。

 貴族全員がなにをやらせても得意なわけがないのだから。


「じゃあ、剣は僕が頑張るね」


「はい、期待しておりますとも」


 すべての教育が終わると、俺は屋敷の庭や牧場、レミーとイートマンが護衛についた時には近くの川や草原、畑の脇などで遊んだ。


「プリンだ!」


 剣の稽古を始めた時に父から特注の木刀をプレゼントされており、俺はそれで見つけたプリンを一撃で倒す。

 プリンは沢山おり、子供が木刀で攻撃しただけで倒せるので、剣の練習にはもってこいだった。


「プリン玉ゲット」


 出かける時に持ち歩く、肩に下げる皮カバンに、獲得した魔石とプリン玉を入れる。


「おっ! 見っけ!」


 久しぶりに、草原に生える雑草の種が光っていた。

 この一年、隠れ能力値のタネを探しまくり、俺のステータスはこうなっている。


アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム(4)

レベル1


力  3

体力 7

速度 3

器用 6

知力 9

運  45


経験値(貯)3999


特技:鑑定、純化、初級剣技


 相変わらず単純なステータスだが、このゲームにはHPとMPの数字が記載されない。

 リアルに近づけたからという理由らしいが、さすがに不評で修正版ではHPとMPのゲージが追加で実装された。

 ところがそれはゲームの話で、俺は自分の体でどの程度ダメージを受けたら回復するか、どの魔法を何発撃ったら魔法を撃てなくなるかなどを、体で覚えないといけないようだ。


 経験値(貯)というのは、このゲームは勝手にレベルが上がらない。

 自分で経験値を使わないとレベルが上がらないのだ。

 プリンを一匹倒すと、経験値が1ポイント入る。

 この一年、町の市に行く時以外は日午後から外に出て遊んでおり、プリンを木刀で倒してきた。

 三千匹を超えてあと一匹で四千匹に達するが、畑を耕している農家の人たちはもっと倒しているはずだ。

 プリンの繁殖力は異常というレベルであり、少しでも油断すると大増殖して農作物を食い荒らすので、みんな姿を見かけたら農機具で倒しているからだ。

 誰にでも倒せるが、繁殖力が尋常でなくて絶滅なんてあり得ない。

 それが、プリンというモンスターである。


「アーノルドお坊ちゃま、また宝物ですか?」


「うん、そう」


 レミーからすれば、雑草の種は光っていない。

 そんなわけのわからない物を集める俺を、子供時代特有の価値観のせいだと思っているようだ。

 たまに隠れ能力値のタネを採集しても、彼女はなにも言わなかった。


「ヒール草も見つけた」


 たまに生えているヒール草の回収も忘れない。

 この辺は探索されすぎてほぼプリンしかいないけど、俺はまだ幼いのであまり外出もできない。

 たまに見つかる隠れ能力値のタネは貴重であった。


「(また運の数値だ)」


 レベルを上げず、運の能力値を上げ続ける。

 傍から見ればバカみたいなことをしているように見えるかもしれないが、それはこのシャドウクエストシリーズで優位に立つためには必要なことであった。

 なぜレベルを上げないのか?


 それは、表示されたステータスが基礎値だからだ。


 レベルが上がると、この基礎値を基準にステータスが成長する。

 これを修正ステータスというのだが、実はこの修正ステータスは表示されない。

 だから素人は、なにも考えずにレベルを上げてしまう。

 基礎ステータスが少ないと、なかなか修正ステータスも上がらない。

 それでも、毎日プリンを潰していれば簡単にレベル20くらいにはなる。

 基礎ステータス値は変わらないが……実はレベルをあげなくても、トレーニングや勉強で基礎ステータス値は増えるのだけど、大人の平均は一〇なので通常の訓練では時間もかかるし限度がある……修正ステータスは増えるので強くはなる。

 

 当然、そのくらいの数値上昇ではゲーム中盤から後半に出てくる強いモンスターに歯が立たないのだが、対策はなくもない。

 途中で好きなステータス値を上げられる能力値のタネと、その能力値専用の上昇アイテムが存在するのだ。

 それを使えば基礎値が上がるので、次のレベルアップからは修正値の上昇数が上がる。

 だが、基礎値が上がる前のレベルアップには補正が入らない。


 だから、できる限りレベル1で基礎ステータスを増やしておいた方が後で楽になるという仕組みなのだ。


 そして、レベルが上がってもほとんど上昇しない能力。 

 それは運である。

 よほど恵まれた人でないと、1レベルにつき基礎値の0.01パーセントも上昇しない。

 運はかなり基礎値が高くないと、レベルを100上げても修正値が1も上がらないというわけだ。


 このシャドウクエストでは、運がいいともの凄く有利になる。

 モンスターを倒しても素材と魔石しか手に入らないので、運がいいと入手率が上がるレアアイテムが命綱となるわけだ。

 よほど特殊な素材や高品質な魔石以外の売却益では、なかなかお金が貯まらない。

 シャドウクエストは、武器と防具、回復薬などが異常に高価なので常に金欠と戦わなければならず、運がいいと入手しやすいレアアイテムは必須であった。


 シャドウクエストの、基礎ステータス最大値は100。

 運も同じく100である。

 これに、レベルアップ時の修正上昇分しか絶対に上がらない。

 だから、なにがなんでも運を100にしておく必要があった。


「またプリン発見!」


 俺は再び木刀を構え、イートマンから教わった剣技の応用してプリンを倒していく。

 プリン相手にそこまでする必要はないのだが、ちゃんとした剣技を体に覚え込ませるため、プリン相手でも真面目に戦う必要があったのだ。

 先生であるイートマンが俺の剣技をチェックしているのもあり、俺は彼の指示どおり真面目に戦った。


「『初級剣技』をちゃんと覚えたのですね」


「うん」


 武器に関する特技のうち、極一部を除けば、初級は同じ武器を使い続けて三千匹の魔物を倒せば手に入るからだ。

 中級以降は、才能がある者以外は特技の書に頼るしかないのだけど。


「アーノルドお坊ちゃま、夕方になりました。お屋敷に戻りましょう」


「そうだね」


 レミーに促され、俺は屋敷へと戻った。

 夕食を終えると、急ぎ部屋に入ってある作業の準備を始める。


 特技の書を入手した時、俺は迷わず『純化』を選んだ。

 なぜなら、これを使うとある特殊なレアアイテムが作れるからだ。


「材料を準備してと……」


 まずはベッドの下にある大きなタライを取り出し、そこにプリン玉を千個入れる。

 今日で討伐数が四千を超えたので、これで同じ作業を四回行ったわけだ。


 一個でも数え間違えると失敗するので、時間をかけて確実に千個を数えてからタライに入れた。


「まずは『純化』!」


 特技である『純化』を発動させると、プリン玉は米粒のように小さくなった。

 プリン玉の大半を構成するゼリー成分を除去し、プリン玉の小さな核だけを残したのだ。

 なお、『純化』で消えたゼリーの行方は不明である。

 物理法則を完全に無視しているが、これが『純化』というものであった。


「次にと……」


 コップに水差しから水を入れ、これにも『純化』をかけた。

 水は純水になる。


 続けて、乾燥させておいたヒール草五本を用意し、これにも純化をかける。

 ただし、残す成分は傷薬(小)に必要な薬効成分ではない。

 この草の苦みの成分だけだ。


 ダークグリーンのドロっとした液体がもう一つのコップに残る。


「純化した水に、プリン玉の核を千個と、ヒール草五本分の苦み成分を入れてと」


 最後にもう一度『純化』すると、青汁のもっと色と匂いがキツイ液体が完成した。

 すぐに鑑定を使うと『体力上昇青汁』の文字が脳裏に浮かぶ。


薬品:体力上昇青汁

品質:○

効果:体力が1上がる

価値:50000000シグ 


「成功だ」


 これを飲めば、体力の数値が一つ上がるわけだ。

 品質の部分が○になっているのは、○なら飲めば体力が上がる。

 ×なら飲んでも無駄、失敗作だという品質の目安であった。


「でも、不味っ!」


 できあがった体力上昇青汁は、青汁をさらに苦く青臭くさせたような液体だ。

 甘味を添加すると効能がなくなるので、我慢して一気に飲み干すしかなかった。

 体が子供に戻ったからか、とにかく舌に合わない。


「四度目ながら、飲み慣れないなぁ……」


 それでも、カードを確認するとちゃんと体力が8になっていた。

 最初の3から順調に上がっている。

 1だけ上昇分が多いが、子供の頃は成長や運動で基礎ステータスも上昇する人が多いので不思議ではなかった。


 知力も、レミーが教師役となって毎日勉強しているからであろう。

 少し上がっていた。


「裏技を知っていてよかった」


 材料の収集が大変だが、プリン玉なので子供でも集められるのが幸運であった。

 『純化』して取り出す成分の細かな下りは設定集からで、ゲームだと材料を集めて『純化』するだけで完成するから、数少ないマニアしか買わなかったというゲーム設定集を読んでおいてよかった。

 でなければ、ただ材料を無駄にするところであった。


「体力は体力上昇青汁で増やし、あとは『広域鑑定』で隠れ能力値のタネを探して運に割り振る。十歳くらいまでに能力値をオール100にしたいな」


 大まかではあるが、これが俺の計画だ。

 えっ?

 恋愛シミュレーションの方はって?

 いや、俺は知らないから。

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