第6話 能力値のタネ

「アーノルドお坊ちゃま、どちらへ?」


「ちょっと探索」


「探索ですか。お供します」


 今の俺は三歳の子供だ。

 探索名目で屋敷中を回っても不自然じゃない。

 範囲を広げて『鑑定』をかけながら、各部屋を回っていく。

 

「(光らないな)」


 そう簡単に特殊なアイテムが見つかるはずもないか。

 屋敷の廊下に高そうな花瓶や絵画が飾られているが、これはホッフェンハイム子爵家の人間が認知している品である。

 範囲を広げた『鑑定』には引っかからないのだ。


 試しに意識を集中して鑑定を行うと……。


美術品:ガラスの花瓶

製作者:ダレン

価値:5000000ジグ


 昔の芸術家が作ったガラス製の花瓶で、価値は五百万ジグ。

 そんな高価ものが廊下に飾られている時点で、ホッフェンハイム子爵家は金持ちなのがわかる。

 風景画の方も、同じくらいの価値があった。


「(あとは……)」


 そう簡単になにか変わったアイテムが見つかるはずもないが、俺にはある秘策があった。

 屋敷中の探索をほぼ終えると、最後に屋敷の調理場へと向かう。

 昼食が終わってから二時間ほど経っていたので、誰もいなかった。

 

「ハリルたちは休憩中です」


 お昼の時間俺たちに昼食を提供し、それが終わったので遅めの昼食兼お昼休みというわけだ。

 調理場の探索を最後にしたのは、実はそれを狙ってであったが。

 彼らの仕事を邪魔したくなかったのだ。


「(では、『鑑定』)」


 ここで鑑定するのは、まずは調理場全体。

 残念ながらなにも光らない。

 続けて、食材が置かれている冷蔵庫、貯蔵庫を、生ゴミが捨ててあるゴミ箱の中も探った。

 すると、ついに見つけた。

 冷蔵庫に入っているクランという名の果物の一つが光り、貯蔵庫に置かれた小麦の袋も光った。


「レミー、袋を開けて」


「小麦の袋をですか?」


「うん、宝物」


「はい、わかりました」


 レミーに小麦の入った袋を開けてもらい、その中から苦労して一粒の光る小麦を見つけた。

 一回に二つも見つかるとはツイている。


「アーノルドお坊ちゃま、これが宝物なのですか?」


「うん」


 やはり、『鑑定』の特技持ちでなければ光って見えないようだ。

 急に果物や一粒の小麦を宝物だという俺にレミーは困惑したようだが、小さな子供が大人にはよく理解できないものを宝物だと言って大事にすることはよくある。

 上手く誤魔化せたようで、レミーはなにも言わなかった。


「(『鑑定』だ)」


 すぐに二つの光る種を鑑定する。


種:能力値のタネ

効果:ステータスのどれかをプラス1にする。

価値:100000000ジグ


 シャドウクエストが、『鑑定』持ちに有利な理由がこれなのだ。

 能力値を上げる種の存在。

 ゲームの設定に、能力値を上げる種は自然界にある様々な種が突然変異したものというものがある。

 特定の珍しい木に実っているわけではなく、様々な植物の種子の中から奇跡的な確率で出現するわけだ。

 もう一つ、能力値の種は二種類ある。

 見てすぐにわかる種、これは紫色で星型をしているから子供でもわかる。

 極稀に農民が収穫の時に見つけて一獲千金ということがあったりすると、設定には書かれていた。

 もう一つは、見た目が普通の種にしか見えないもの。

 これも滅多にないので、毎日ハリルが仕入れる食品を鑑定しても数年に一度出ればラッキーという頻度であった。

 今日、二つ見つけたのは凄いと思う。

 もっとも、『鑑定』の特技がないと必ず見落とすけど。


「次!」


 二つ入手した能力値のタネを大切に袋に仕舞い、今度は庭へと出る。

 ホッフェンハイム子爵邸の庭は、かなり広い。

 他に馬を置いておく牧場もあるそうで、さすがは王族の血を引く子爵であった。


「(なにかあるかな? 『鑑定』)」


 草原の先に、一カ所光る場所を見つけた。

 急ぎ向かうと、そこには一本の花が咲いている。

 俺はすぐに鑑定をする。


薬草:ヒール草

効果:傷薬の材料になる。そのまま食べても効果はあるが、傷薬に加工した方が効果は高い。

価値:2000シグ


「あら、珍しいですね。ヒール草ですか」


「珍しいの?」


「栽培できませんし、人がいる場所だとすぐに採られてしまいますから」


 人気のない場所では沢山生えているが、そういう場所にはモンスターが沢山いて採取をするのに危険を伴う。

 だから一本で二千円というのも、そう高い金額でもないと俺は思う。


「一番」

 

 人に見つかると採られてしまうのなら、俺が先に採っても問題ないであろう。

 俺はヒール草を採集する。


「根を残しておくとまた生えてくるそうですよ。時間はかなりかかるようですが」


 傷薬の材料になる草だから成長が遅いようだ。

 そう簡単に採れたら、一本二千円のわけないものな。


「次は……」


 馬を飼育している牧場へと向かう。

 すると、馬を放牧している柵の中に数匹プルンプルンと揺れている物体がいた。

 あれは間違いない。

 プリンだ。

 ゲームで見たビジュアルそのものだな。


「アーノルドお坊ちゃま、あれがプリンです」


 プリンは、他のRPGでいうところのスライムだ。

 直系三十センチ、高さも二十センチほどしかなく、水色の体をプルプルと振るわせている。

 彼らはあまり動かず、その場にある草、虫、動物の死骸などを体内に入れ、ゆっくり溶かして栄養にする。

 攻撃力は皆無だが、稀に寝た切りの老人や赤ん坊が口を塞がれて殺されるケースもあった。 

 あくまでも、ゲームの資料からの情報であったが。


「僕にも倒せる?」


「アーノルドお坊ちゃまは、もう少し大きくなられませんと」


 いくら雑魚モンスターが相手でも、三歳には厳しいというわけか。


「プリンは、私のような女性にでも簡単に倒せますからね。アーノルドお坊ちゃまももう少し大きくなればそう難しいことではありませんよ」


 そう言うとレミーは、その辺に落ちていた木の棒を持ってプリンの下に向かった。

 彼女が適当に棒を振り落とすと、プリンは一撃で破裂してしまう。

 まるで地面に叩きつけられた水風船のような、呆気ない最期であった。


「このように、プリンを構成するものの大半は水分です。倒すと、魔石とプリン玉しか残りません」


 魔石は灰色でビー玉くらいの大きさだ。


「灰色は最下級の魔石です。燃料と錬金の素材としてしか使い道がありません」


「燃料?」


「調理場のコンロやレンジに冷蔵庫、あれらはすべて魔石で動いています」


 魔力で冷蔵庫や調理器具を動かしているわけだ。

 この辺の話も、シャドウクエストと重なるな。

 錬金の材料というもの同じだ。


「プリン玉はゼリーみたいな感触の玉です。食べても無害なので、化粧品や食品の添加物として利用されています。プリン玉でゼリーを固めるのです」


 ゼリーを固めるのに使う玉がプリンとはなんとも不思議な話だが、これもゲームの設定どおりであった。

 ゼラチンと同じ効果があるものと思われる。


「アーノルドお坊ちゃま、そろそろ夕食のお時間ですよ」


 あれから時おりレミーがプリンを退治しつつ、俺たちは庭の探索に明け暮れた。 

 他にもいくつかのアイテムを得て、レミーからこの日彼女が倒したプリンのプリン玉を五つもらった。

 魔石は冷蔵庫の燃料にするからと言われて持って行かれたので、早く自分でプリン狩りをしたいものだ。


「色々とわかったけど、まだ体が幼いから無理が効かないなぁ……。でも、その前に」


 今日得た、能力値のタネを使ってしまおう。

 こういうアイテムを後生大事に取っておいても意味がないからな。


「それで、どの能力値を上げるかだが……」


 攻撃力を上げる力、体が頑丈になりスタミナもつく体力、先制できる速度、魔法の威力や魔力が増えやすくなる知力。

 どれにしようか悩むところだが……というのは大嘘で、これがシャドウクエストなら決まっている。


「運をプラス2だ」


 そう、必ず運を上げた方がいいのだ。

 特に『鑑定』持ちは。

 隠れ能力値のタネがランダムで発見できるから、運がよければその分多くの隠れ能力値のタネに遭遇する可能性が高くなる。

 それに、他の能力値はトレーニングや他のアイテムで強化できるからだ。


「これからは定期的に隠れ能力値のタネを調理場で探さないと。野草の種に混じっている可能性もあるか。なるべく隠れ能力値のタネは確保しよう」


 まだ俺の行動範囲は幼児なので狭い。

 できる限り自身の強化に努めていこうと決意するのであった。

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