第5話 特技の書
「それにしてもこの世界、裕子姉ちゃんが好きだった恋愛シミュレーションの設定に似ているけど、なぜかレベルやステータスがあって、こちらは俺がハマっていたシャドウクエストと同じ。これは俺の妄想が夢になっているのでは?」
朝、起床予定時刻よりも少し早く起きてしまい、俺はこれまでのことについて一人考え込んでしまう。
だが、それで答えが出るはずもない。
この世界が裕子姉ちゃんが大好きなゲームの舞台だと俺が思った理由は、彼女から聞いた話の情報を元に、独自に判断したにすぎなかったからだ。
こんな風に、俺がよくやっていたRPG設定が混ざり込むとは予想外……二つのゲームは同じ会社が作っていて世界観がコラボしている……ということもなかった。
「でも、アーノルドの役割を考えると、『鑑定』持ちなのは不思議ではないのか」
女性主人公と男性攻略キャラとの親密度を教えるキャラ、それがアーノルドだ。
ではその情報をどうやって知ったのかと言われたら、鑑定能力があったからと見るのが自然なのか?
一度くらいあのゲームをやっておけば……俺には知らない情報が多すぎる。
でも、俺の好みじゃないからなぁ……あの手のゲームは。
というか、俺がイケメン男子を攻略してどうするよ?
一方、シャドウクエストには確実に『鑑定』の特技が存在し、これを持っているキャラはもの凄く有利なので、これは素直に喜んでおいた方がいいと思う。
「あら、もう起きていらっしゃったとは。おはようございます。アーノルドお坊ちゃま」
「おはよう、レミー」
俺は起こしに来たレミーに朝の挨拶をしてから身支度をし、朝食をとり、午前中は書斎の本から知識を得るという毎日をすごす。
「レミー、この世界にはモンスターがいるの?」
「はい。人がいない場所では跳梁跋扈していますね。時おり、人間の領域に入り込んだモンスターと王国軍との戦闘もあります」
なるほど。
人間が住まう場所以外は、モンスターの巣窟というわけか。
「ホルト王国があるバーン大陸に近いマカー大陸は、その三分の二の領域がモンスターを操る魔王及びその軍勢の支配下だというお話です。これまでに多くの領地を失い、バルト王国は存亡の危機にあります」
「大変なんだね」
「バルト王国は、常時戦時態勢で前線に軍を張り付けているそうです」
子供らしく相槌を打ちつつ、俺はとんでもない事実に気がついた。
今俺がいる場所の隣にある大陸が、シャドウクエストの舞台そのものだったからだ。
シャドウクエストというRPGは、勇者がバルト王国国王の命を受け、マカー大陸を完全制圧しようとしている魔王を倒すゲームだからだ。
「魔王は、この国に攻めてこないのかな?」
「今のところは大丈夫です」
マカー大陸は五つの大陸に囲まれており、その五つの大陸にある国家群がバルト王国を支援し、魔王を滅ぼそうとしているそうだ。
定期的に人材や物資を送り、懸命に魔王の勢力拡大を防いでいる。
「戦乱がマカー大陸のみに限定されており、今のこの世界は比較的平和です。ただ、人里離れた場所には強力なモンスターも出現しますので、十分にお気をつけくださいませ」
「このお屋敷の近くにも、モンスターは出るの?」
「ここから徒歩で一時間ほどの距離にある水源地の森には出ますね。あまり強いモンスターは出ないそうですが。畑や草原にはプリンがよく出て作物を荒らしたりしますが、これは子供にでも簡単に倒せます」
プリンか……。
プリンは、シャドウクエストで出てくる一番弱いモンスターの名前だ。
とにかくエンカウントしやすく、とにかく数が異常に多くてイライラするモンスターであった。
シャドウクエストの設定でも、よく村や町の子供が遊びで倒している。
「プリンも多数に囲まれると、アーノルド様くらいの子供では不覚を取ることがあります。庭に出た時にはお気をつけください」
「わかったよ、レミー」
これからどうなるのか神にしかわからないが、恋愛シミュレーション要素は今は無視してもいいだろう。
俺はまだ子供だし、なにをしていいのかさっぱりわからん。
裕子姉ちゃんのお話だと、この屋敷に女主人公が引き取られてくるようだから、そうなった時に対応すればいい。
それよりも、この書斎で本を読む以外の退屈な時間をどうすごすかだ。
もう少し大きくなれば外に遊びに行けるのだが、今の時点でそれが認めらるはずがなかった。
「(ならば、俺がハマったシャドウクエストのルールに従い、強くなっておくか。いきなり魔王軍が、破竹の勢いで他大陸に侵攻とかあったら目も当てられない)」
ただし、いきなり三歳児がモンスター退治やトレーニングをしたら両親が驚いてしまう。
その前に許可を出すはずもない。
体を壊すかもしれないのだから当然だ。
そこで、ある程度大きくなるまで、なんとか屋敷と庭だけで強くならないといけないわけだ。
「(幸いにして、俺には『鑑定』の特技がある。これがあると便利なんだよなぁ)」
午前中の読書を終えた俺は、早速自分の強化作業に入った。
まずは、『鑑定』の使い勝手を確認するか。
書斎の本を一冊取り、「鑑定しろ」と命じてみる。
ゲームだとカーソルで選ぶだけだが、現実世界で鑑定を使うとなると具体的な方法を探らなければいけないので大変だ。
「(おっ、見えた)」
俺のやり方は正しかったようで、本の情報が頭の中に入ってくる。
書籍:バーン大陸の植物
著者:アグリット・ヒッパー
価値:98000シグ
ホルト王国出身の高名な植物学者が書いた、このバーン大陸に自生している植物を紹介した本で、現在の資産価値は98000シグ。
ジグとはこの国の貨幣単位で、これはシャドウクエストの貨幣単位でもあった。
裕子姉ちゃんの好きなゲームの方は、そもそも貨幣があるのかよくわからない……ないわけないが、単位は知らない。
1ジグが1円だと考えても、随分と高い本だ。
日本のように本を大量印刷できず、本に資産価値があるというわけだ。
「(通常の『鑑定』は使えた。あとは……)」
意識を書斎全体に向け、心の中で鑑定しろと唱える。
これで、書斎の中に何かいいアイテムがないか探索しているのだ。
似たような特技に『探知』も存在したが、効果はどちらでも変わりはない。
ただ、『探知』だけしか持っていないと、『探知』に引っかかった品がなんなのかわからないという欠点もあった。
「(光った!)」
本棚の片隅に置かれた古い本、タイトルはただの童話であったが、俺の頭の中に別の情報が入ってくる。
書籍:特技の書
効果:どれでも一つ、好きな特技を覚えられる
価値:100000000シグ
『特技の書』は、シャドウクエストでは超レアアイテムである。
これを使えば、どんな特技だって必ず一つ覚えられるのだから。
ゲームだと滅多に手に入らない品で、価値が一億シグというのも納得できた。
「アーノルドお坊ちゃま、この童話がなにか?」
ああそうか。
特技の書は、『鑑定』で特技の書だと理解してから使わないと効果がないんだよな。
だから、ホッフェンハイム子爵家の人間は誰も特技の書の存在に気がつかず、本棚に挟まったままだったのであろう。
シャドウクエストの設定によると、鑑定持ちはもの凄く希少であった。
情報を知る者が有利なのは、現実世界でも同じだからな。
「ううん。なんでもないよ」
「それならよろしいのですが」
そうレミーに応えつつも、俺は頭の中で特技の書を使うイメージを思い浮かべた。
すると、脳裏に恐ろしい数の特技が浮かんでくる。
ここでどの特技を選ぶかなのだが、普通の人は魔法、必殺技、ステータスを上げる特殊な称号、変わった特技を選ぶかもしれない。
だが、シャドウクエストでそれを選ぶのは大きな間違いだ。
これら華やかな特技は、実はあとでいくらでも取ろうと思えば取れるからだ。
それよりも必要なのはこれだ!
「(『純化』を選択!)」
特技の書を使うと、俺にしか見えていなかった本の発光が消え、普通の本に戻ってしまった。
鑑定すると……。
書籍:ホルト王国童話全集
著者:マケラン・リーブス他
価値:50000シグ
昔の有名な童話作家が、他の作家たちと共著で作製した本だ。
貴族や金持ちの子供に読み聞かせる童話集として有名であり、値段も相応に高かった。
それにしても、童話全集で五万シグか……。
セレブって凄いよね。
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