第4話 なぜ混じる?

「ある程度は、この世界のことが理解できたけど……」





 この世界に飛ばされて一ヵ月が経った。

 俺は毎日父の書斎に入り浸り、懸命に知識の吸収に励んでいる。

 それでわかったことは、まず間違いなく裕子姉ちゃんが話していた恋愛シミュレーションゲームの世界に俺はいるという事実だ。


 共通する国名、地名、人名などが多すぎる。

 ほぼ間違いないと見ていいが、俺にとってこの世界はゲームではない。

 もしかすると、これから一生をすごさなければいけないリアルな世界だという事実だ。


 子爵家の跡取りなので生活に困ることはないと思うが、もし父から呆れられるほどの無能を曝せば、最悪勘当されてしまうかもしれない。


 ちゃんと勉学に……武芸もか……貴族だからマナーとかもあるだろうな。

 乗馬なども必要だと考えると、真面目に修練しないと駄目だ。


 とはいえ、今の俺はまだ三歳。

 毎朝同じ時間に起きるのと、書斎で本を読む以外は、屋敷の外で散歩するくらいしかすることがなかった。

 元庶民である俺基準では豪華な屋敷を出ると、少し遠くに王都の城壁が見え、小高い丘の上にある屋敷の周囲には町が広がっている。

 その反対側には、広大な畑と森や湖なども広がっていた。

 王都の城壁の外にある、のどかな田園風景というわけだ。


「レミー、この町の名前は?」


「トラッシュの町といいます」


 町とはいっても、どちらかというと村に近いかもしれない。

 それでも俺は、町の見学に行きたかった。


「残念ながら、それはまだ認められません」


「危険だから?」


「トラッシュの町は王都のお膝元。治安はいいので、アーノルド様の護衛は警備主任のイートマンに任せればいいので事前に言っていただければ。ただ、アーノルド様はまだ『洗礼』を受けておりませんから、屋敷の外には出られないのです」


「洗礼?」


 教会で、神父さんが赤ん坊にするあれか?

 ワインとか、オリーブオイルとか使うやつ。

 前に、某〇HKでやっていた外国を紹介する番組で見たな。


「アーノルド様は三歳になられたので洗礼をする予定なのですが、教会の予定が立て込んでいるようでして、少し遅れて三日後となります」


 普通は、三歳の誕生日と同時に行う儀式らしい。

 ただ多少遅れても、特に問題はないようだ。

 神官さんにも時間の都合というものがあるからな。


「洗礼を受け、この世界に生きる者となった証明を受けるわけです」


 洗礼は必須というわけか。

 特に貴族ともなれば。


「早く洗礼を受けて町を探索してみたい」


「アーノルドお坊ちゃまも男の子ですね。もう少しお待ちください」


 そして約束の三日後。

 屋敷に神父が姿を見せ、両親立ち合いの元で洗礼が行われた。


「アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイムに神のご加護があらんことを」


 どんな儀式をするのかと身構えていたが、あっという間に終わってしまった。

 この一言と、俺の体に聖水を振りまき、額の真ん中にワインをちょっとだけ塗って終わりだ。

 あまりの呆気なさに、少し拍子抜けしてしまった。


「本日はかたじけない」


 両親は神父にお礼を言ってから、志、祝儀、寄付……名目は何でもいいが、お金が入った革袋を神父に渡す。

 相場はわからないが、貴族だから沢山出したはず。


「こちらが、アーノルド様のカードになります」


「早速、アーノルドに持たせます。アーノルド、手を出してごらん」


「はい」


 父に言われて俺が手を差し出すと、その上にカードが置かれた。

 すると、それと同時にカードが手の平の中に潜っていってしまう。

 痛くはなかったが、突然のことなので俺は驚いてしまった。


「心配ないぞ、アーノルド。『カード』と唱えてごらん」


「カード」


 父から言われた文言を唱えると、手の平に先ほどのカードが浮かび上がってくる。

 

「凄い!」


「アーノルド、カードに書かれている文字は見えるかな?」


「ええと……」


 改めてカードを確認すると、そこには色々と文字や数字が書かれていた。

 よく見ると、それは俺のステータスのようだ。


「あれ? このシチュエーションって覚えがあるな……しかももの凄く」


 カードには、アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム(3)、レベル1と上部に書かれてあり、その下にはステータスが書かれていた。


アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム(3)

レベル1


力  3

体力 3

速度 2

器用 4

知力 7

運  5


特技:鑑定


 随分と簡素なステータス表だと思った。

 と同時に、俺はある結論に至ってしまう。

 それは、俺がこのステータス表にとても見覚えがあるという事実だ。


「ステータスが出たのなら問題ありません」


「はい。力は……」


「アーノルド、カードの記載内容は親でも話してはいけないのだ。特に罰則などはないが、話さない方が好ましい」


 自分の能力を、あまり人様に教えてはいけないというわけか。

 どういう理由なのであろう?

 敵対している人に知られると、暗殺しやすいかどうかの判断基準にされるとか?

 とにかくこの世界の常識として、他人にステータスの数字を言わなければいいのだな。


「特技がある場合も同じだな。これはもっと人に話さない方が望ましい。一部を除き、なにかしら特技を持つ者というのは珍しいのだから」


 つまり、『鑑定』という特技を持つ俺は珍しいというわけか……。

 なんだろう? 

 このデジャブ感は。


「わかりました」


「無事に洗礼が終わってめでたい。今日はお祝いをしよう」


 その日の夜は、鶏の丸焼きなどが出てきてご馳走だった。

 美味しい食事に舌鼓を打ち、眠い目を擦りながらベッドに入る。


「アーノルドお坊ちゃま、おやすみなさいませ」


「おやすみ、レミー」


 レミーと就寝の挨拶をしてから目を瞑り、今日の出来事を思い出す。

 おかしな点としては、俺は裕子姉ちゃんがこよなく愛していた女性向け恋愛シミュレーションの世界に来たはずなのだ。

 それなのに、ステータスが出るカードを得てしまった。

 しかも、このステータス表に俺はもの凄く見覚えがある。


 俺がハマっていたゲーム、シャドウクエストのステータス表とまったく同じだったからだ。

 この今の世では時代遅れとされた、簡素なステータス表は絶対に忘れない。


「でも、この世界の設定はあのゲームだものなぁ……」


 こうなってしまうと、裕子姉ちゃんの話をちゃんと聞いておくべきだったか?

 だが、煌々とした表情で語る説明が三、好きなキャラの印象に残るシーンやセリフの話が七だったので、すべての内容を覚えるくらい真面目に聞くってのも難しかった。

 まさかあの時は、こんなことになるとは思っていなかったからなぁ……。


 それにしてもわからない。

 恋愛シミュレーションゲームにRPGモードがあったのか?

 過去にあったような気もするし、パラメーターで攻略キャラの好感を得るゲームもあったよな。

 話に聞いていただけで、俺はやったことがないけど。


「しかし、このクソ単純なステータス表はやっぱりシャドウクエストだ」


 となると、俺は自分をちゃんと育てないといけないわけか。

 レベル1だから、ちゃんとレベルを上げないといけないわけだが、果たしてこの世界にモンスターは存在するのか?

 謎は深まるばかりである。


「その辺の話も、明日レミーに聞いてみるか。体が三歳だから夜更かしが難しいな……眠い……」


 段々と耐えがたい睡魔に襲われてきた俺は、本能に逆らわずにそのまま就寝したのであった。

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