第3話 情報収集
「アーノルド、これは読めるかな?」
「はい。ホルト王国の歴史~建国王ホルト一世からの足跡~ですね」
「正解だ! やっぱりアーノルドは天才だな」
ようやく父の書斎に入れてもらえた。
とにかく今は、一秒でも早くこの世界の情報を入手しないといけない。
元の世界に戻れるヒントがあるかもしれないし、己の安全のためにも情報は必要だ。
成長するまで毎日レミーから絵本を読んでもらう日々では、退屈で死んでしまいそうだというのもあった。
この世界、ゲームも漫画もないわけだし……。
「父上、ここはホルト王国の領土なのですね」
「そうだよ。私は、ホルト王国より子爵の爵位を授かっている。次のホッフェンハイム子爵家の当主はアーノルド、お前なのだ。だからもう少し大きくなったら、色々と学ばなければな」
「よきホッフェンハイム子爵となるためですね」
「そうだ、やはりアーノルドは賢い子だな」
ホルト王国か……聞き覚えがない……いやあったか?
どこかで聞いたぞ。
それも、そんなに前の話じゃない。
極最近、極めて親しい人から……。
あっ!
思い出した!
裕子姉ちゃんが夢中になっていた、女性向け恋愛シミュレーションゲームの中の設定だ。
登場人物はすべてホルト王国の人間であり、攻略キャラは貴族や王族、大商人の跡継ぎ、軍重鎮の跡取り息子と。
家柄よし、資産状況良好、本人たちも背が高くイケメンという設定だった。
昔でいうところの、三高キャラというわけだな。
俺は裕子姉ちゃんの話を聞きながら、ゲーム世界の中でも格差が激しいのだとガッカリした経験があった。
そして、アーノルドという名は……。
「(主人公を引き取ったホッフェンハイム子爵の跡継ぎで、主人公に攻略キャラとの友好度を教えてくれるモブキャラ。それなのに、主人公ともまるで本当の兄妹のように仲がよく、やはりイケメンと……そういえば、子供だけどアーノルド(俺)は可愛かったな)」
将来はイケメン確定であろう。
確かに、攻略できないのはおかしいのかも。
「(その前に、なんでゲームの世界に?)」
俺は、悪い夢でも見ているのであろうか?
あまりに裕子姉ちゃんがしつこいから、夢に出てきてしまったとか?
もしかして、今日就寝するとまたいつもの布団の中で目を覚まして……。
だったらいいな……。
「アーノルドは、ここで本を読んで一日をすごすのかな?」
「はい。この本は面白いですね」
今はとにかく、少しでも情報を集めておきたい。
父に対し、今日はこのまま書斎で本を読んで過ごすと伝えた。
「この書斎には難しい本も多いが、多くの知識を得られる。それは必ずやアーノルドの血肉となろう。好きにしなさい。それにしても、もう絵本に飽きてしまったとは凄いな」
三歳にして難しい本を読める跡取り息子に対し、父はご機嫌であった。
そりゃあ、バカな跡取りよりは利口そうな跡取りの方がいいだろうからな。
「私は仕事があるので出かけなければいけない。あとは、レミーに聞きなさい。レミーは上級メイドでちゃんと勉強しているからな」
「上級メイドですか?」
「高貴な者の傍に仕える、それに見合った能力を持つメイドのことだよ」
使用人やメイドに上級、下級があるのか。
もしかすると、中級も存在するとか?
「上級は極めて高い知識と技能を持ったメイドや使用人のことを言う。執事のダールマンもそうだ」
自分の傍に置いたり、跡取りである俺の面倒を見させるレベルの使用人やメイドは、それに見合う能力を持つ者を、相応の待遇で雇うというわけか。
下働きをしている下男などは、中級や下級が大半だと思われる。
「ダールマンは私の補佐でも忙しいのでアーノルドには貸せないな。レミーに色々と聞きなさい」
「はい、父上」
俺は父を見送ってから、書斎で本を読み始める。
いつの間にか、レミーがお茶を持って書斎に入ってきた。
「おわかりになりますか?」
「うん。面白いね」
この世界にはゲームもスマホもなさそうなので……当然か……暫くは情報収集も兼ねて、書斎の本で暇を潰すしかないな。
まずは、この世界の歴史、地理、文化、風習などの本を読み始める。
わからない部分は、レミーに質問をした。
「あっそうだ。身分制度か職責制度かはわからないけど、レミーがそうだという上級メイドについて」
「上級メイドは、平民でも富裕な家の出の者が多いです。専門の学校に通いますから」
この世界の平民は、簡単な読み書きと計算、基本的な知識などを教会に通って習うそうだ。
「ですが、その程度の知識で奉公しても下級メイドが精々ですね」
下級メイドがある程度奉公して経験を積むと、中級扱いされるケースが多い。
ただし上級は、必ず専門の学校に通わないといけないらしい。
平民の間にも、細かい身分差が存在するわけか。
「私は、母が上級メイドでした。娘たちも学校に通わせて上級メイドにする予定です」
上級メイドや上級使用人の子供は同じく上級に、中級や下級は下級からスタートというわけか。
というか、レミーって娘がいるんだな。
「たまに奉公先に気に入られ、下級や中級のメイドを学校に通わせる方もいますね」
叩き上げの優秀な人が抜擢されるケースもあるのか。
雇い主に気に入られ、学費を出してもらうわけだ。
「ホッフェンハイム子爵家で上級は私とダールマンさんだけです。中級は庭師のサジとコックのハリル、書士のブミル、警備主任のイートマンの四名、あとの八名は下級です」
まだ全員の顔を見ていないが、ホッフェンハイム子爵邸には思った以上に使用人がいるみたいだ。
貴族だから当たり前と言われればそれまでだが。
「レミー、父上はどのようなお仕事をしているの?」
「旦那様は、徴税官をなされております」
ホッフェンハイム子爵は、領地持ち貴族ではなく法衣貴族というわけか。
平民たちから税金を徴収するのが職務というわけか。
「王都ブレッセルの郊外にある王国直轄地の、かなりの部分を担当しておられます」
王都ブレッセルの郊外には、延々と穀倉地帯が広がっているそうだ。
父は、その中でも広範囲の徴税を担当していると、レミーが説明してくれた。
「大変そうなお仕事だね」
「はい。ホッフェンハイム子爵家は代々この仕事を生業としております。そもそもホッフェンハイム子爵家は、庶子ながら王族の方が打ち立てた家なのです」
ホッフェンハイム子爵家は、一応王族の血を引いているというわけか。
でも、歴史が長い国には、王家の血を引く貴族家なんて沢山あるだろうからな。
王都の近くに配置されているということは、そう悪い待遇でもないのだろうが。
「じゃあ、僕もこのお仕事を継ぐわけだね」
「はい。アーノルド様が旦那様の跡を継ぐのです」
子爵の爵位に、安定した給金(収入)。
ゲームの世界ながら、俺は恵まれた環境にあるわけだな。
「じゃあ、沢山勉強しないとね」
「その通りです。アーノルドお坊ちゃま」
あまり一度に色々と聞いても覚えきれないであろう。
レミーの話を聞き終えたあと、俺は何冊かの本を読んでその日の勉強を終えたのであった。
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