第2話 ホッフェンハイム子爵家
「おはよう、アーノルド。どうかしたのか?」
「おはようございます。親父……じゃなかった、父上。いいえ、なんでもありません」
「そうか……もしなにかあったら、必ずレミーに言うのだぞ」
「レミーですか?」
「まだ寝ぼけているのかな? 今、アーノルドはレミーから起こしてもらったばかりではないか」
なぜだかよくわからないが、朝起きたら突然外国人の子供になっていた。
決して頭がおかしくなったわけではなく、朝起きたら豪華なベッドに寝ていて、さらにメイドさんが起こしに来てくれたのだ。
ベッドから降りるとこれまでとは違って視線が低くく、室内にある鏡を見たら、欧米人風の可愛い子供になっていたというわけだ。
しかも、メイドが朝起こしに来るほどの金持ちそうな家で、部屋は豪華な造りになっている。
家具なども、欧米産高級家具といった感じだ。
〇塚家具とかで売っていそうである。
朝起きた俺は、メイドさんに手伝ってもらって顔を洗い、髪を梳かし、身支度をした。
朝の身支度くらい自分でやれると言ったのだが、メイドさんは自分の仕事だと言って引かない。
結果、そのまま身を任せることになった。
身支度を終えると、メイドさんの案内でリビングへと移動する。
そこでは、やはり欧米人風の中年男性と中年女性が先に朝食をとっていた。
先に男性の方が声をかけてくるが、彼はこのアーノルド坊やの父親のようだ。
いかにも育ちがよさそうな外見で、着ている服も上品であった。
「アーノルド、お母さんに朝の挨拶をしなさい」
「おはようございます、母上」
「おはよう、ちゃんと挨拶できるようになったのね。アーノルドはいい子ね」
この優しそうな中年女性が、アーノルド坊やの母親で間違いないようだ。
朝の挨拶をしただけの俺をベタ褒めしている。
昨日までは、ちゃんと挨拶できなかったのであろうか?
だとしたら、これはまずかったかな?
中身が違うと疑われかねない。
「クララ、子供とは成長が早いものなのさ。ましてやアーノルドは、まだ三歳とはいえ我がホッフェンハイム子爵家の跡取りなのだから」
「それもそうでしたね。アーノルド、朝食をおあがりなさい」
「はい、いただきます」
これからどうするかとか色々と問題はあるが、今はとにかくお腹が減った。
俺は母親だと思われる女性の前の席に座る。
椅子に座る時には、食事の世話をしてくれた執事らしき若い男性が椅子を引いてくれた。
どうやらこの家は、本物の貴族一家のようだ。
「いただきます」
「アーノルド、こういう時には『神の恵みに感謝を』よ」
「はい。わかりました。神の恵みに感謝を」
「アーノルドはいい子ね」
食事を食べる前の挨拶も、日本とは違うのか。
母は、俺が子供だから失敗を見逃してくれたわけだな。
でも、『いただきます』もそうおかしいとは思われていないようだ。
「アーノルド。『いただきます』は、平民たちが使う食事の挨拶だ。我ら貴族は『神の恵みに感謝を』だよ。気をつけなさい」
「はい」
この欧米風世界には、平民と貴族が存在するようだな。
しかも、食事の挨拶すら分けられている。
俺は、貴族家の跡取りに憑依したようだ。
「ダールマン、アーノルドにスープを注いであげてくれ」
「旦那様、畏まりました」
若い男性は、無駄のない動作で俺の皿にスープを注いでくれた。
スープは、普通のコーンポタージュスープに見える。
「(音を立てて吸ってはいけないんだよな)」
貴族であるアーノルド坊やが下品なのも問題であろう。
そう思った俺は、スープを音を立てないで啜った。
味はコーンポタージュスープそのものであり、この世界で食べ物に苦労することはなさそうだ。
貴族の家のコーンポタージュスープは濃厚で美味しいな。
「あら、いい子ね。もうスープの飲み方を覚えて」
随分と親バカのように感じるが、アーノルド坊やはまだ幼いからな。
ましてや、男子ともなれば女子よりも成長は遅い。
三歳の男児にしては、俺は物覚えがいいのであろう。
「急に大人びてきたような気がするな」
「あなた、子供の成長は早いですし、アーノルドはホッフェンハイム子爵家の跡取りですから」
「それもそうだな」
音を立てないでスープを飲んだだけなのに、俺を異常なまでに褒める父と母。
それでも、怪しまれずに済んだのはよかった。
これは夢だと思ったのにいつまでも目が醒めず、元の世界に戻るヒントもない以上、俺はアーノルド坊やとして過ごさねばならないのだから。
「アーノルドお坊ちゃま、今日はこの絵本を読んでさしあげましょう」
貴族の子供に乗り移ってしまった俺は、上手く両親と思われる貴族夫妻に疑いを抱かれず、朝食の時間を乗り切ることに成功した。
今は、とにかくこの世界の情報を集めつつ、元の世界に戻る手段があるのかを探らないといけない。
さらに、最悪元の世界に戻れない可能性も考慮し、この世界で生きていくために色々と学んでいかないといけないな。
冷静に考えると大変なことになっているんだが、ここで喚き散らしても仕方がない。
それでも俺は貴族家の跡取りで、今は三歳の子供だ。
これから正式な教育を受けるわけだから、この点についてだけは感謝しないといけない。
いきなり少年時代のアーノルドと入れ替わったら、この世界の常識や家族、知人、友人の名前などがわからずに怪しまれるところだったからだ。
朝食を終えた俺は、メイドに連れられて自分の部屋に戻った。
彼女は、俺の専属メイドのようだ。
名前はレミーで、父がそう呼んでいたから間違いないであろう。
見た目は四十歳前後に見え、少しふくよかだが、昔は綺麗だったと思わせる顔をしている。
部屋に戻ると、レミーは本棚に入った絵本を読んでくれた。
お話の内容は、王子様がお姫様を攫った魔王を倒し、二人は無事に結ばれるという、どこ世界にもありそうな物語であった。
「(というか……文字は日本語だな……)」
朝、いきなりレミーと会話できた時点で気がつくべきだったのだが、この世界は西洋風の世界なのに日本語が通じる。
こんなヨーロッパの国は存在しないので、ここは地球ではないというわけだ。
もっと情報がほしいところだな。
「レミー、違うお話が聞きたい」
「では、これですね」
俺は、レミーに違うお話をせがんだ。
彼女は色々とお話を読んでくれたが、俺の部屋には絵本しかなくてこの世界の情報がまったく手に入らない。
その前に、中身が高校生なのに絵本ばかりでは退屈だ。
「違うお話がいい。本棚の絵本のお話は飽きた」
「ですが、他のお本はアーノルド様がちゃんと文字を覚えてからでないと」
「じゃあ、教えて」
さすがは貴族のお坊ちゃま。
命令すると、レミーはすぐに文字を教えてくれた。
だが、この世界の文字は日本語だ。
とっくに知っているので、ただ確認作業をおこなったにすぎない。
「はい。書けた」
「一度説明しただけで、もうひらがなをすべて覚えたのですか?」
「うん、レミーが読み聞かせてくれている間に確認していたから」
まさに、嘘も極まれりだな。
ここで早く文字を覚えたことにしないと、この世界の情報が入手できそうな本、父の書斎にあると思われる難しい本に届かないからだ。
「もう書けるし」
続けて、すべてのひらがな、カタカナ、簡単な漢字も部屋にあった鉛筆で書いていく。
この世界、鉛筆もちゃんとあるようだな。
「凄いです! アーノルドお坊ちゃま!」
中身が高校生だから字くらいは書けるが、レミーは俺を天才児だと勘違いして一人驚いていた。
「旦那様! 奥様!」
レミーは俺がもう文字を書けることを知らせるべく、そのまま父と母の元に走り出した。
「ああ、なんたる勘違い。情報を得るためには仕方がないか……」
などと思っていると、そこに両親とレミーが戻ってくる。
三人とも、見てすぐにわかるほど顔を綻ばせていた。
「おおっ! 本当にこんなに綺麗な字を書けるとは!」
「この年で天才ね! アーノルドは!」
両親はえらく喜んでいたが、世の中には『二十歳すぎればただの人』という言葉もある。
暫くは元高校生であったアドバンテージを生かし、両親から様々な情報を得ようと思うのであった。
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