第5旅 童話

 農村、と聞くとどのようなものを浮かべるだろうか。

 自分は、木造の建築に緑に染まった畑、後は水車やら木々などを想像するだろう。大方、このカルパ村はその想像通りだった。

 あれやこれやの、昔の出来事を赤髪のアルカが元気よく語ってくれる。個人的な昔話だと知ると、大体のことを聞き流していたから内容は覚えてないけれど。


 聞き流していた理由はもちろん置いていったリーシェのことだ。

 今、何をして何を考えているのかが気になって仕方がない。自分を――カイバのことを信じているのか否か。そのことだけが頭の中で何度も議論される。それは水掛け論で答えは出やしないのだが。

 行き過ぎた恋愛感情、側から見ればそんな風に捉えられる、そんな考えの根幹は恐怖であってそんな浮ついた答えじゃないことは知っている。だから何度でも議論し続けるのだ。

 でも、その議論は一旦中止に終わる。それは村の中心部にある【祭壇】へと辿り着いたからである。


 それは大きな柱だった。

 木製で、茶色い柱。それは上空の貯蔵庫へと続いている。そのことからわかると思うが、村の中心は常に影に覆われている。

 だが、そのことに対しての負の感情などは湧くことは全くない。むしろ逆でその柱の周りには地面から一段だけ盛られた場所、祭壇に捧げ物、供物が置いてある。

 いつも思うことなのだが、こういう供え物っていつ、誰が回収するのだろうか。程よく腐った時か、それとも毎日なのだろうか。

 なんて、カイバがあまりどうでもいいことに思考を巡らせていると、先程の青年と老人がやってくる。


「話は聞きました。先は勝手がわかってないとはいえ、粗雑にしてしまい申し訳ありません」


 白髪に白髭の老人が青年の至らなかった所をここで謝罪した。老人は赤い装束を着ていて顔から推定できる歳からしては、姿勢が良く、村長として村の者の分も謝罪しているところからも印象のいい相手だ。

 問題はない、大丈夫だと社交辞令のような返事をカイバ達がして本題に入る。


 それは青年が一度説明した貰った魔力量に応じての報酬などの贈与、あの紐や貯蔵庫についての簡単な説明だった。

 そして、カイバ達――十割リーシェ一人の成果なのだが、明らかに多めの魔力を回収してしまった可能性があるため、追加で報酬を贈与するらしい。


「この村で一番の宿【サンストーン】に話を通しておきますので、夕景の頃に立ち寄ってもらえれば無償で泊まれると思います」


 無償で宿泊できる。それは今のカイバ達にとって嬉しいことには違いない。今、どれほど所持金があるとか、そんなものは関係ない。無償、という事を働きかけてくれたこと自体が嬉しいことなのだ。


「本当に先の件は、申し訳ありませんでした」


「こちらこそ巻き込まれた形とは言っても、宿屋まで提供してくれて感謝してます」


 老人と青年は頭を深く下げると去っていった。これで先程までの問題は終わりを告げる。

 夕方までに宿屋に行くことになったので、それまで自由時間が生まれたわけなのだが、そこまで何をすればいいかわからない。その場で軽く考え込むと一つ、当然のことを考えた。

 その一つは、この世の中、世界のことについて知っておきたいと思ったぐらいだ。

 無知識な故に、おかしな言動を起こしてしまうかもしれないことをとにかく避けたい。人の怒りを無意識に買ってしまった時ほど、対処に困ることはない。それは誰であろうと同じはずだ。

 だからこそ知識を得れる場所、図書館に似た場所を探すことにする。

 カイバはアルカから図書館の有無と有るなら場所を、問うてみるとその答えはわかりやすい形で終えた。


「あぁ、それならそこの建物だよ」


 アルカが指差して言った。

 その建物は村の中央の、柱に向けて正面玄関がある大きな建物。木造で建てられたそれは本当に大きな建物だった。

 カイバは玄関扉をゆっくりと開けると、そこには外装から想像していた通りの内装が広がっていた。

 内装は同じく木造だった。外から見た通りの広さを誇っていて様々な本が見られる。その本の一つを取って見ると、内心に抱えていた一つの問題が解決される。

 それは文字が読めない可能性についてだ。ここがもし元の世界ではない、ドッキリやらではないのであれば、文字が読めなくてもおかしくはない。だがそこはなぜか親切に設計されていて、言語が全て日本語、もしくはカイバが理解できる、わかる程度の英語しかなかった。まるでカイバの知識力に合わせたように。


「自分の記憶がないだけで、この世界で過ごしていたと言うならば、記憶がなくなっても言語能力だけ引き継がれてると思ったら……完全に日本語じゃん。後わかる知ってる英単語ぐらいしかないし」


 Apple、banana、melonなど。あれ、英語なの果物だけだなー……英語わかるの果物しかないからいいんだけども。

 英語の本探しをここらで止め、カイバは本棚を流し見しながら目的の本を探す。

 歴史書などと大それたものは探していない。そんの分厚くて長い内容を見ていても仕方ないからだ。読みたいのは短くまとめられている、幼少時代に読む本。


「あった、これだ」


 カイバが手に取ったのは童話の本。

 数々存在する中から一つ、正確にこの世界について記述された物を選んで取ったのだ。


「表紙に大陸の絵なんて描いてりゃ十中八九その類のものだろう、大陸にまつわるおとぎ話かもしれないけどな」


 カイバは本を開いて内容を読む。その本の内容は以下の通りだった。


 その昔、世界は上と下に二分されていた。

 上の世界は天国と呼ばれ、争いのない平和な世界だった。羽を用いて飛び、天力と呼ばれる力で世界を造っていた。

 下の世界は地獄と呼ばれ、争いの絶えない騒乱の世界だった。羽を用いて飛び、獄力と呼ばれる力で世界を壊していた。

 ある日、天国の民が地獄へと赴いた時に殺され、地獄の民が天国へと入っていった。すぐに天国は戦地になり、創造した世界が次々と破壊されていった。

 天国がこのままではなくなってしまうと感じ、新たな世界を造った。力を使うことはできない、そんな世界を。

 その世界を侵略するために、地獄の民は仲間を引き連れそこに、天国の民は自分達と創造した均衡を保つ生物と共に入った。

 地獄の民は魔物と化し、天国の民は人間となった。そして、天国の民が創造したるものは龍となり、世界の均衡を保っていた。

 そして今……。


「魔物の数が減ってきた今、龍が均衡を保つために暴れる恐れがあるので掃討している」

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