第4旅 被害妄想の上の疑念

 魔力の貯蔵庫――上空に浮いている茶色の球体に紐が繋がっていている。紐には魔術が掛けられ、触れた者の魔力の一部を紐の先に送るというもの。魔力の一部を貯蔵庫に入れさせてくれたら入村していいよ。というものがこの入村の儀式だった。いうなればマナドレインである。


 そして今、リーシェが握った紐が光に覆われ球体に向かって進んでいく。その光は恐らく魔力であり、光は止まることを知らず、むしろ段々と強さを増している。この事態は村の者、青年には想定外だったようで驚きのあまり固まってしまう。アルカも光が強くなったことを見て驚きの表情を見せた。

 光ること自体は珍しくない。しかしそれは夜間に行うと見える程度の僅かな消えゆく炎のようなもの。だけど今は昼だ。それにこれほど長くマナドレインが発生していることはなく、その事にも驚いてどう対処すればいいか青年にはわかりかねていた。

 まだ続くマナドレインが示すことは、リーシェが持つ異常な量な魔力量である。そのことを理解すればさらに驚き固まるだろう。

 そんな青年やアルカ達を置いておき、何もなかったようにリーシェは言った。


「このマナドレイン、いつまで受ければいいのですか?」


 結局マナドレインの光が増していくのを後、数十秒だけ観測した後に終えることになった。観測というより、青年が反応するまでの時間の方が正しいだろうけど。


「本当は頂いたマナの量に応じた贈与があるんですけど、すみません。村長に聞きに行ってみないとわからないので、ご自由に村を楽しんでいてください。こちらの状況が把握され次第、追って伝えさせてもらいます」


 青年は走っていった。

 残された三人のうち二人は、よくわかっていない様子なので一人に対して質問することになる。赤髪の女性、アルカに。


「あははー、やっぱりそうなるよねー」


「ならないと思った理由の方が逆に知りたいところだけど。で、あの紐と光と青年の反応。どういうことか説明して欲しいのだが」


 アルカが述べたのは説明していなかったことへの謝罪と、上記に書いた通りのことだった。


「だから青年の反応は普通のことだよ。わからない、だから偉い上司に聞きに行くってこと」


「メールとか電話があるわけじゃないから直接聞きに行くしかないのか、携帯のありがたさがここにきて実感……いや他感するとは思わなかった」


 独り言にしては声が大きかったが、返事がもらえることを期待したことじゃなかった。もしこの大きな独り言に返事があるとすればこれだろうか。

『メール、電話……ってなんですかお師匠様。新しい魔法か何かですか!?』

 とリーシェが食いついてくれるか、何言ってんだこいつと思われるかの二択だと思っていた。

 ここは恐らく、いや確実に異世界というものだろう。それを認めないことは今そこにいるリーシェの存在を認めないことになるし、考えられる線が実感があり長すぎる夢とか。恐らくそれはなさそうだけど。

 もう一つ、考えられるとすれば質の高すぎるドッキリだ。いや、ここまで楽しませといてこの後ドッキリでした気分はどうですかは最悪で羞恥のあまり死んでしまいそうだけども。


 ともかく、カイバがそう考えてしまったほどに、リーシェが返した言葉、返事が予想外だったのだ。

 まるで当たり前のように、今までの世界と変わらない日常のような返事が返ってきたことが。


「メールを使っても返事がすぐ来ても時間がかかりますし、直接聞きに行くのが正しいのはあってると思います」


「そうだね………………へ?」


 カイバは間抜けな声を出しながら動きを止めた。動作を命じる脳が、それを止めて考えることに全集中を使ってリーシェの言葉を考える。

 結論は一つ、もしかして、と前置きしてからリーシェに質問してみる。


「携帯電話ってわかるかな、リーシェ」

「もちろん、わかりますよ!」


 理解しているとの返答によって、カイバは出した結論を確定だと信じる。

 この世界は元の世界と別段、技術や科学に差がない……? もし、少し差があったとしても、あるとするならば二十数年前から十数年前、ということになるのか?

 いやでも、魔法を用いた通信技術であって一般的に出回ってない高価なものだったりするかも知れないし……これじゃ埒があかない。


「……お師匠様? なにか思い悩むことでもあるのですか。リーシェにわかることならなんでも答えますよ?」


「あ、あぁ。そうだね、うん。そうだよね」


 なぜ聞かないのか質問しないのか、それはカイバの中で考えてしまった、質の高い最悪なドッキリの可能性をまだ捨ててはいないからだ。いや、ドッキリでメールや携帯電話がわかると答えた時点で、質が高いとは言えないかも知れないけれど。


 そんなことで疑っている自分自身がいかにどうしようもないか、それをカイバが理解することはまだない。

 加えて、さらに被害妄想が広がり良くない方向へと考えが進み続ける。疑が生まれるのだ。


 そもそも、リーシェが慕ってくれているのだって今のカイバじゃなくて、記憶のない前に存在したか定かではないのことだ。はお師匠様で信じれるかもしれないけれど、カイバはただの他人かもしれない。

 そうなればどうだ。もし今のカイバがではないことに気がついたらどうなるのか、考えただけで最悪な展開が頭に浮かぶ。先のマナドレインの時の光から推測は容易なことだった。

 携帯電話や魔法を用いた高価な物とかはどうでもよくて、それはドッキリがどうとかよりも、もっと最悪なことで、むしろそれが起こる時にドッキリであって欲しいと願うほどに。

 その最悪が起こらないために、カイバは一つ決意するしかなかった。


 ――記憶がないことを気づかれてはいけない。


「悩んで考えていたけど、関係のないことだから大丈夫。とりあえず今は目先の何をすればいいのかわからない状況をどうにかするために、アルカに聞くことにする」


「まー、村の中心に向かえば村長からの指示が出た者とも合流しやすいし、自分もありがたいからそうしてくれると助かるかな」


 何年前にどれだけの期間リーシェと関わっていたかはわからない。だが、性格というものはどれだけの時間を経ても、大した変化はしていないはずだ。

 わからないところがあれば聞き、その中に相手からの指示があればそれに従う。

 その程度のことは変わっていないはずだとカイバは信じ、リーシェに視線を向ける。


「……お師匠様達は先に村の中心部に向かっていてくれませんか? 少し、荷物から取り出したい物がありますので」


 荷物を下ろしながらリーシェは言った。

 突然、何のために取り出す必要があるのだろうか。そのことを考えると、止まらない。

 マズイ、と直感的に思ったのだろう。カイバは何気なく至っていつも通りを装って言った。


「それだけのことなら待つよ」


「カイバ、リーシェちゃんが、女の子が言ってるんだから素直に従うんだよ。気を使ってもらってるのにその気遣いを無駄にするつもり?」


 本能で思っていても、どうしようもない状況とは今のことを指すのだろう。

 性格は大して変わらない。ならここでアルカの発言を無視して待つのは明らかにおかしいことだ。わかっていても、待った方が安全で疑わずに済む。だからここは待ちたい。待ちたいのに――。


「……じゃ、先に行ってるよ。気をつけてね?」

「わかりました、お師匠様達こそ、お気をつけてくださいね」


 村の中心に、リーシェを置いて先に行くしか選択肢はなかった……。

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