第1旅 出会いと旅立ち

 ――龍人の子を救った……らしい。

 ここでと形容しないといけないのには理由がある。


「そんな救えるほどの力もないのに、どうやって救ったっていうんだ。そもそもその記憶なんて、ない」


 そのことに関することが何もない俺が、なぜ慕われているかが理解できない。

 突如として別世界に飛ばされて半日考えて色々と思い返してみるも、理解も実感も何もない。元の世界での最後の記憶は脳裏にこびりつく嫌な景色だけ。

 それなのに、この子は俺のことを。


「リーシェはお師匠様に感謝してますよ」


 まだ本当に幼い一人の少女――リーシェ。長く下された緑髪に成長途中の体躯。それだけなら可愛いとだけ言える少女なのだが、明らかな存在感を放っている物が二つほど。

 一つは頭に付けたように生えている角だ。それの先は尖っていて大抵なものであればぶつかれば突き刺さる、そんなことを思わせるほど硬い角だ。

 もう一つはスカートの中から伸びている緑色をしている尻尾だ。向き合って話すと自然と上から見る形になるのだが、感情によって動くそれが猫にも見えて微笑ましい。だが、実物を見ればそんな考えも吹っ飛ぶ存在感。


 でも、そんな存在感のある尻尾がそこにあっても、思うことが一つある。それは――。


「リーシェが可愛すぎる……!」


 この一つに尽きる。


 いやね、実際あんな尻尾や角があっても、それすら可愛さに変えてるような気がする。

 龍っ子でロリで髪がロング。そしてお師匠様と呼んでくる。なんという欲望全部乗せなんだろうか。

 そもそも――……。





「お、し……様? お師匠様ー? 寝ちゃったのですか?」

「……ん、あれ? 寝てたのか、俺」


 目をこすって、いつのまにか感じていた眠気を覚ます。

 よくテレビで見る揺れる椅子……ロッキングチェアだったか、それに座って寝ていたようだ。座った記憶なんてないのだけれど。

 記憶がなくても、眠気のあまりに近くにあった椅子に座っただけかもしれない、それで結論付けてあまり意味のない推理を終わらせる。


「お師匠様、もうすぐ旅への出発の時間です。用意できましたら、声をかけてください!」

「旅って、どこに?」

「それはもう決まってますよ! 私以外の龍人族を探しにですよ!」

「探しに……」

「そう、探しに行きましょう!」


 ――その時突然、頭部に原因不明の激痛が走った。のたうち回りたくなるような痛みが頭の内側からジンジン、いやズンズンと肥大化して訴えかけてくる。

 その痛みに声を荒げようとするが声が出ない。そもそも腕一本どころか指すらも動かない。金縛り、なんて生易しいものじゃない。痛みはずっとあるのに時間だけは止められたそんな感覚が起こった。

 僅かに動くのは目の中の瞳孔だけが動く。その僅かに動く瞳孔でリーシェを見てみると、静止していた。本当に時が止まったように。

 何もわからず思考が止まる。その止まったおかげだろうか、頭痛が徐々に収まっていき、何かを思い出そうと勝手に記憶を探ろうとする。


 ここに他の龍人族はいない。

 ここにいる龍人族はリーシェだけなのだ。

 昔は五十ほどの数がいたのだが、どこかの王国に目をつけられ、危険の見なされた。ドラゴンを狩るのに特化した家系。ドラゴンスレイヤー。

 そのドラゴンスレイヤーが現れてリーシェ以外の龍人族を殺して。最後にリーシェが襲われそうになった時に現れたのが俺――カイバだったのだ。

 そんな記憶がどこからか流れ込んできて脳内を掌握したように、理解してしまう。当時の記憶を辿ってイメージとして映像を浮かべようとしても出てこない。だがそんな過去があったような気がする。


 自分になんとか納得し理解させた時、周囲の止まった時が動き出す。しかし先程と同じようにカイバはいられない。息を荒くして頭を押さえて小さく唸る。リーシェがいなかったら唸って弱音を吐いていたことだろう。


「お師匠様! どうしたのですか、大丈夫ですか?」

「ぅ……なんとか。なんとか大丈夫だ。もう痛みも何もないから」

「本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。ノープロブレムってやつだから、大丈夫だよ」


 確かに痛みはない。だがリーシェにそんな残酷な過去があるのか気になった。

 だが、そんな過去があるかどうかなんて本人に聞く勇気がない。家族が知り合いが殺されたかどうか、なんて聞くやつの気がしれない。

 カイベはこの記憶のことをリーシェには話さずに、心に留めておくことを静かに決意し、親指を立てる行為――サムズアップをして大丈夫だと素振りでもアピールする。


「よかったです……それなら本当によかったです……」


 緊張の息をリーシェは吐ききると「うん」と頷いて切り替える。

 本当に元気でも、気を使って虚勢を張っているだけにしても、ここから先は何度問うても答えは変わらない。そのことはリーシェにはよくわかっていたのだ。だってそういうお人だったから。




「お師匠様、準備は出来ましたか?」


 荷物をまとめ終えたリーシェが問う。背丈に合わない大きなリュックを背負って。ちなみに俺は手用カバンのみで中身は重くない。

 傍から見ればおかしな絵柄だが、力量の差に比例した荷物量なのだ。流石は龍人族といったところだ。

 リーシェの問いに俺は、どこか決まってもいない空を指さして格好をつけながら言った。


「あぁ、出来ているさ。さぁ、行こう! 未だ見ぬ他の龍人族を探しに!」

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