第14話『遺品の写真』
滅鬼の刃 エッセーノベル
14・『遺品の写真』
2011年に亡くなった父の遺品を整理していた時の事です。
うわあ……
姉が『えらいものを見つけた』という声をあげました。
「え、なに?」
姉の手元を見ると、丸まった卒業証書……と思いきや。
開いて見せてくれたのは天皇陛下御成婚のお写真でした。
天皇陛下と言っても今上陛下ではなくて、先年退位された上皇陛下のそれです。
上辺の中央に菊の御紋があって、鳳凰が向かい合って、長い尻尾の羽根がお二人のお写真を縁取っています。
父の遺品は仏壇を除いて全て処分しました。
でも、このお写真は捨てられません。
これは、子どものころに額装されて居間の長押の真ん中に永年勤続の賞状と並んで掛けてあったものです。
姉は、特段、皇室に思い入れがあったり、古い日本を懐かしがるような性格をしていないのですが、軽々とゴミ箱に突っ込んだり古紙回収に出していいものではないという感覚なのです。
いまの若い人なら平気なのかもしれませんね。
おそらくは、新聞社かなんぞが昭和33年の御成婚記念に作ったものを頒布したものでしょう。
それなら、古新聞と同じじゃん。若い人なら、これでおしまいでしょう。
姉も私も躊躇しました。
結局、わたしが仏壇と共に引き取って、車ダンスの一番上の引き出しにしまいました。
孫には「お祖父ちゃんが死んだら棺桶に入れておくれ」と言ってあります。
「え、あ、うん……」
孫娘の反応はそれだけでした。
数年前に、友人に誘われて日帰りの温泉に行った時のことです。
増改築を繰り返した温泉宿は、男湯の入り口から脱衣場まで五メートルほどの通路になっています。
宿の主人の趣味なのか週刊誌大の写真のパネルが数十個かけてあります。
昔の菊人形、運動会、街の景色や街の人たちの日常を切り取った趣味の写真のようでした。
順繰りに見ていくと、中年のオッサンとオバハンの大写しの顔写真が目につきました。
写真の技術は分からないのですが、広角と言うんでしょうか、真ん中が強調される写し方で、端に行くほど小さく写って、それだけ広い面積が撮れるやり方です。
そういう撮り方なので、鼻の下が強調されて顎や額などの周辺は小さく写っています。
浮世絵で言えば大首絵という感じです。不思議の国のアリスの挿絵にあるハートの女王と言ったらイメージしてもらえるでしょうか。
鼻の下は髭剃り後の毛穴まで分かる精細さです。
二人とも、ニッコリ微笑んでいるのでしょうが、そういう撮り方をしているので、ひどく間の抜けた、ちょっと醜い写り方をしています。
これは誰だろう……?
数十秒見て気が付きました。
昭和天皇と香淳皇后の、おそらくは、昭和三十年代。植樹祭かなにかの行事にお出ましになられ、子どもか若い人の挨拶をにこやかに聞いておられるときのものかと思われました。背後にボンヤリとテントの端っこや、礼服姿が見て取れるのです。
昔なら不敬罪でしょう。
個展を兼ねているのかなあ……とも思いましたが、脱衣場に繋がる通路ではやらないでしょう。
よく見ると、焼けているものや、パネルの上に埃が付いているものもあり、相当前からかけっぱなしにしてあるものと思えました。
フロントに言いに行くのも大人げなく……というか、右翼のオッサンと思われるのも業腹だし、一緒に行った友人まで変な目で見られては困るので、そのままにしました。
こんな写真があったでえ!
風呂上がりの友人に言うと『あっそ』という表情で話題を変えられました。
いま振り返ると、こういう感性も滅鬼の刃なのかもしれません。
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