俺、ツインテールになります。
水沢夢
短編
その後のツインテール・少しだけ
歩みに合わせて爽やかに揺れるツインテールとは裏腹。
津辺愛香はやや不機嫌な面持ちで、屋上へのドアを開いた。
穏やかな風吹く、放課後の屋上。
そこで待っていたのは、ポニーテールの少女、結翼唯乃。
かつてアルティメギルに叛逆した不死鳥、フェニックスギルディと呼ばれた戦士。
カーディガンを腰に巻き、ちょっとギャルっぽく制服を着こなす彼女は、今やどこからどう見ても陽月学園高等部の女子生徒だ。
左手を腰にやり飄々と立っていた彼女は、愛香の姿を認めるや、気さくに右手を挙げて出迎えた。
「よっ!」
「……唯乃」
何かの話の流れで渋々交換した携帯のアドレスに、唯乃から連絡があったのだ。
『放課後、一人で屋上に来て欲しい』と――。
扉が重々しく閉まる音を背に、愛香は唯乃を軽く睨み付ける。
ツインテール部の部室には今、総二の他にトゥアール、慧理那、尊がいる。
そろそろアイドルの仕事が終わり、イースナもやって来るはずだ。
心配すぎる。一刻も早く用事を済ませて、部室に戻らなければいけない。
唯乃からのメッセージは簡潔な文面ではあったが、詳細を尋ねるまでもなかった。
戦うことが大好きな唯乃が、わざわざ自分一人を呼び出したのだ。理由は一つしかない。
――――決闘の申し込みだろう。
むしろ、とうとう来たか、とさえ思える。
唯乃が学生としてこの陽月学園に出入りするようになって久しいが、しょせんその正体はエレメリアン。戦いへの本能には抗えないというわけだ。
愛香は自分もイエロー、ブラック、ホワイト――と仲間のツインテイルズが増えるたびに片っ端から戦いたがっていた過去は華麗に忘却し、目の前の脅威と向き合った。
「いいわ。あんたとは、いずれ決着をつけなきゃって思ってたし」
「……うん?」
不思議そうに首を傾げる唯乃。
その動きに合わせて、白いシャツに包まれた胸が緩やかに揺れる。
愛香の目が、かっと見開かれた。
谷間を見せつけるようにシャツのボタンを二つも三つも外しているのが、また憎らしい。
自分の周りにいる胸の大きい女は、どうしてみんな胸の谷間を見せようとするのか。大きいのはわかったから大人しくしまっておけ、と言いたい。
津辺愛香の特性として、女性の胸が揺れるのを見るとパンチ力が体感で15%は上昇する。
これから唯乃と戦うにあたり、コンディションは上々といったところだ。
「さ、始めるわよ」
可視化させたテイルブレスを胸の前で構える愛香。
それは、決闘受諾の合図だ。
「??」
清澄な闘志に呼応するように、陽光を受けて青く煌めくテイルブレス。
殺気……いや闘気みなぎる愛香と裏腹、唯乃は相変わらず気の抜けた態度だ。
彼女の変身デバイスである、フェニックスラッシューターをいつまで経っても取り出そうとしない。もしや、変身前に場所を変えたいのだろうか。
「どっか、暴れられそうな場所に移動してからにする?」
「…………いや、さっきから何言ってんだ?」
唯乃のポニーテールが、風に揺れて柔らかに舞う。彼女の戸惑いを体現したかのようだ。
「だから……あたしと戦うつもりで
苛立ちを滲ませた声音で、急かすように問い返す愛香。
「――ほおう。あんた、そのつもりでここに来たのかい。ま、俺様はそっちでも構わねえがな」
ようやく合点がいったのか、不敵に口端を吊り上げる唯乃。
「……違うの?」
今度は愛香が首を傾げる番だった。
他の面々からの呼び出しならともかく……自分と唯乃との繋がりなど、戦い以外には何もないのだから。
「ったく、どうして俺様が呼び出すとみんな戦いだと勘違いすんのかね。日頃の行いがよすぎっからかな!!」
自覚があるからか、けらけらと笑って誤魔化す唯乃。
「え、じゃあ何」
「おお。ちょいとあんたに聞きたいことがあったんだ。実は総二に、次の日曜に俺様の家に遊びに来いって言ったんだけどよ。そん時に――」
「待ってもうおかしい」
「ん? まあ、別にこっちの用事は後でもいいや。おっしゃ! じゃあ
手の平を拳で打ち、青空に快音を響かせる唯乃。
彼女はスイッチの切り替えが潔く、そして戦いが好きなのは紛れもない事実だからだ。
「そんなの聞いて戦えるわけないでしょうがああああああああああああああああああ!!」
だというのに、ツマミが連動しているかのように愛香のスイッチが逆に切り替わってしまっていた。
「何……え!? そーじを!? 部屋に!? 連れ込むって!? 本気っ!?」
「ああ……本気だぜ!!」
勇ましく拳を握り、滾る戦意をまざまざと見せつける唯乃。
「遊びに来い」から「連れ込む」という言い回しにナチュラルに変わっているのがすでにいやらしいが……悲しいかな、愛香がうっかりいやらしい話題を出してしまった時に地球上で最も速く反応してくれるトゥアールが、この場にはいない。
「あんた……中身がエレメリアンだっていっても、一応女なんだからね!? 年頃の男の子を気軽に部屋に呼ぶんじゃないわよ!!」
胸倉を掴む勢いで唯乃に詰め寄る愛香。
「え~、お前は総二の部屋に窓からポンポン出入りしてんだろ? 別にいいじゃねえか俺様だって、たまに家に呼ぶぐらいよー」
「あたしは十年以上積み重ねてきた信頼があるからポンポン出入りできるの! 昨日今日そーじと逢ったようなそーじビギナーが何いきなり高難易度に挑もうとしてんのよ!!」
愛香の語気が荒くなるのも無理からぬことだった。
唯乃は今回のようなあっさりとしたノリで、総二とデートをした前科がある。
愛香とて総二とは普通に二人で遊びに行くが、「デートに行こう」と誘ったことなど……誘えたことなど一度もない。それはとてつもなく重要な差だった。
「ヘッ、俺様はビギナーって言われる方が燃えるけどな。いつだって、何にだって、挑んでいく側にいる方が面白れえ」
ずいっと胸を張る唯乃。
張るな。愛香の目が鋭い光を帯びる。
しかしそれを聞いて、愛香は重ねかけた罵声を呑み込んだ。
悔しいが……唯乃のこういう直向きな部分は嫌いではない。自分も似た信条を持っているからだ。
もちろん、それとこの件とは別の話だ。断じて認めるわけにはいかない。
「んじゃあらためて、そのそーじエキスパートの愛香に聞きてーんだけどよ」
が、続く唯乃の言葉がまずかった。
「そーじエキスパート……」
何なら少し皮肉交じりで返されたその言葉に、愛香はことさら嬉しそうに反応した。小刻みに身体を揺らし、締まりのなくなった口許がだらしなく波打つ。
「唯乃……あんた、なかなかいい言葉のチョイスできるんじゃない」
「あんたがチョイスした言葉を裏っ返しただけなんだけどな……。要するに、総二を家に呼ぶのになんか準備しとかねーといけねえことがあるかな、って思ってな」
多少態度が軟化した隙を逃さず、唯乃は本題に移った。
「準備って……何、そーじの好きなお茶菓子でも教えろって?」
「そんなんでもいいし……後は、どういうふうに部屋を飾ればいいのか、とか、色々聞いときてーんだ。俺様の部屋、あいつから見てヘンかもしんねーし」
余裕を装い、軽く腕を組んで防護柵に背をもたれる愛香。だが、内心では少なからずショックを受けていた。
はにかみながらそう吐露した唯乃は、誰がどう見ても恋する乙女。
自分の住み処が総二にどう思われるかを気にするなど、以前の彼女では考えられなかったことだ。
「それならなおさら、何であたしを呼び出したのよ。自慢じゃないけど、あたしだって部屋の飾り気なんてこれっぽっちも無いからね。はっきり言って、トゥアールとかの方がその辺はちゃんとやってるわよ」
たちまち後ろ向きな考えになる愛香。
協力をしたくないというわけではなく、本気で自分では力になれないと考えていた。
地下基地にあるトゥアールの私室は、いつ見てもほどよく可愛い飾り付けがなされている。彼女の方が、この相談にはうってつけのはずだ。
「それにあんた今、イースナと同じマンションに住んでんでしょ? あの娘には最近逢ってないの?」
「いや、ちょいちょい遊んでるぜ。昨日はイースナん家で一緒にエロゲーやったしな!」
「パーティーゲームやるみたいなノリでほのぼのエロゲーしてんじゃないわよ!!」
「だって後ろでメガ・ネも見てんだぜ、ほのぼのしちまうよ」
「しかも母親同席!?」
その光景が目に浮かぶようだ。愛香は大きく嘆息すると、頭痛に耐えるように額を手の平で押さえた。
「じゃあ……それこそ、遊びに行った時にイースナの部屋を見て参考にすればいいじゃない」
「あいつの部屋か……。エロゲーが山のように積まれてて、あとは総二と交換したっていうトランクスがペナントみてーに何枚も壁に飾ってあったな。とりあえず参考にしておくぜ!!」
「やっぱ参考にしないで」
イースナはたびたび、総二が入浴時に脱いだトランクスを〝交換〟と称して持ち去っている。その際に自分のパンツを置いていくから問題ないという謎判定だ。
メガ・ネのお腹の亜空間ポケットにそのトランクスを収納しているとは聞いていたが、まさか家では自室の壁に飾っているとは……。
一度、腰を据えて話し合う必要がありそうだ。
しかし……時々、イースナやトゥアールの行動力が羨ましくなる。
毎朝、総二の部屋に設置した犬小屋にナチュラルにいる慧理那や、婚姻届を一点集中するようになった尊もだ。
自分は彼女たちを迎撃するのにかかりきりで、年頃の女の子らしく無軌道にはじけることなどできない……。一気に落ち込む愛香。
トゥアールが聞いたら「えっ冗談はそのスマホの画面みたいなフォルムの胴体だけにしてください」などと言って天井に液晶保護フィルムのようにへばりつかせられていたところだろうが――やはり悲しいかな、彼女はこの場にいない。
「まー確かに、聞くのはトゥアールでもイースナでもよかったんだけどな。あんたが一番、総二の好きそうなこと知ってそうに思ったからよ」
「…………」
力無く項垂れていた愛香だったが、それを聞いた途端バネ仕掛けのように勢いよく頭を跳ね上げた。
「……ふーん!? ふーーーーーーーーーーーーーん!? エレメリアンにしては見る目あるじゃない!?」
肺活量を活かして息たっぷりめに感嘆しながら頷く愛香。
「お、おう……?」
「そーじとの距離の近さを見抜いて真っ先にあたしに相談したことに免じて、いろいろ教えてあげるわ!」
今度は愛香が胸を張る番だった。唯乃の時と比べてはいけない。
これは極秘事項だが、愛香は実にチョロく、おだて上げるのはミジンコのなんかあの手っぽいのを捻るより容易い。
もちろん、唯乃にそんな意図はないのだが。
「ただ……あんたが思っている以上に、そーじの好みはツインテールに偏りすぎてる。はっきり言って、その他の全てがそーじにとっては同列なの」
そしてそれ以上に――愛香は総二のことを、誰よりも良く理解している。
彼がツインテールに懸ける常識外れな情熱も、長い年月をかけて身に染みているのだ。その経験が、愛香の言葉に深みをもたらす。
「だからそーじへのお持てなしに必要なものなんて、ツインテール以外に何も無い。どんな飾り付けをするより、ツインテールがあればそれだけでいいってヤツなのよ。まさかあんた、その日だけツインテールにしてみる?」
「冗談だろ。俺様がツインテールになんざしたら、隕石が降ってくるぜ」
唯乃は知らないことだが、実際にその降ってきた隕石を愛香は一人で撃墜しているのだが――たしかに、喩え話としてもあり得ないことだった。
「それにそんなこと、百も承知だぜ。俺様だって、ポニーテールがありゃそれでいいからな。それとは別によ、何かこう……初めて部屋に来たあいつに、『ちゃんとしてんな』って思われてーんだよ……うまく言えねーんだけど」
「いや、めっちゃわかるけどさ……」
初めて、好きな人を部屋に招待する緊張感。胸のときめき。
それを今から体験することができる唯乃が、愛香は羨ましかった。
「あたしはそういうのなかったから。気づいたらお互いの部屋を自分の家みたいに行き来してたし……。まあそーじは、高校に上がったらあたしの部屋の方にはほとんど来なくなったんだけど……」
その件についても、愛香にしてみれば思春期を迎えた総二が自分を意識したからだと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば、ツインテール部の部室にみんなで集まるようになったから、わざわざ愛香の家に遊びに行く必要が無くなった――という、何とも色気のない理由だった。
別に今の生活に不満があるわけではないが……それはそれとして、ごく普通の青春も送ってみたかったと思うのは、贅沢なことなのだろうか。
「気づいたら家族みてーになってるって、すげー理想的なんじゃねえの?」
逆に唯乃は、愛香の現状を羨んでいるようだった。
「そう、かな……」
「俺様たちエレメリアンには家族がいねえから、そう思うだけかも知れないけどよ」
エレメリアンであるとか関係なく、その直情径行さで何度と総二に迷惑をかけた唯乃を、今も愛香は快く思っていない。
変身という反則技で、自分がどれだけ望んでも手に入らない胸……もとい可愛さを手にしているのも気に入らない。
だが、こんな他愛もない悩みを打ち明けてくれたことは、率直に言ってしまえば嬉しい。
総二を好きな女同士、少しぐらいなら唯乃の力になってもいいと思う。
トゥアールたちにも同じようにしてきたことといい、こういう甘さが自分の首を絞めているとわかってはいても、この信条を曲げることは愛香にはできないのだ。
反則技。
その単語が脳裏を過ったとき、愛香が連想したのは、総二が変身したテイルレッドだった。
「……あんたその髪、普段ちゃんとケアしてないでしょ?」
「ケア? 俺様のポニーテールはいつだって最強だぜ?」
やはりそうだ。属性力の加護に頼っているだけなのだ。
ポニーテールという状態で完成された髪を手にしたせいで、唯乃は髪の毛そのものの本質をしっかりと理解できているわけではない。
「そりゃあんたは何もしなくても、いつでも完璧な髪の状態を保てるんだろうけど……そうじゃないのよ。それじゃポニーテールを極めるってことにはならない」
「……何、どういうこった!?」
唯乃の言葉に滲む焦りが、衝撃の大きさを窺わせる。
「ポニーテールを極めたいなら、自分で髪のケアをすることを覚えた方がいいわよ。そーじも変身して戻れなくなった時にツインテールの扱い方を覚えて、それで一段と強くなってたし」
テイルレッドはその行動が形態を変化させるキーになるため、ツインテールを解いて結び直すのを何度も見ているが……唯乃がポニーテールを解いたり結んだりするところを、愛香は目撃したことがない。
直感でしかなかったが、唯乃はポニーテールへの愛は無類であっても、ポニーテールの扱いそのものはほとんど知らないのではないかと思ったのだ。
「あんたの髪から普段と違う匂いがしたら……ちょっとでもツヤが違ったら……不器用でも、結び方が変わっていたら……そーじは必ず気づくわ。他のお洒落や変化なんて何一つ察しないけど、髪への努力は伝わるのよ」
ツインテールで気配を捉えたり、感情を見抜いたりする変人だが、普段から一生懸命髪の毛を労っている愛香にとって、それをわかってもらえるのは本当に嬉しいことだった。
「もしそーじを招待するのに何か必要だと思ってるなら……そういう、髪の毛に対しての行動を見せてあげるのが一番食いつきがいいんじゃない?」
敵に塩を送りまくっているが、もうそれは仕方がない。苦笑する愛香。
「おおお~……!」
普段からオーバーリアクション気味な唯乃だが、この時は身体全体を使って喜びを表現していた。
だから、何度も頷かなくていい。胸が揺れる。
「よっしゃ、ありがとよ! じゃあちょっと帰りに買ってって、今日からシャンプー浴びてみるぜ!!」
「浴びてどーすんの、ホントにわかってんの……!?」
早くも心配になる愛香。
というか、この調子では適当に見繕ってきたシャンプーだけをして、リンスもトリートメントもせず、もちろんドライヤーで乾かすこともないだろう。
総二がまさにそうだった。
「……あの、さ……」
いや、しかし。この提案はどうだろう。さすがに愛香は口を噤んだ。
何か言いたそうに自分を凝視する愛香を見て、唯乃はさっきの話題がまだ続いていると勘違いしたようだった。
挑戦的な笑みを浮かべながら、力強く頷く。
「おお、そうだったな。俺様と戦いてえんなら、いつでもいいぜ。あんたが相手なら大歓迎だ。最高の予行演習になるぜ!!」
予行演習。
あくまで、今の唯乃の目標は総二だけなのだ。
苛立つより先に、心配に近い感情すら湧いてきた。
「……あんた、今のそーじに本気で勝てると思ってんの? はっきり言って、頭おかしいぐらいの強さになってんのよ」
「本気に決まってんだろっ!」
脅しつけるような語気で忠告され、それでも唯乃はむしろ嬉しそうに胸を張った。
張るな。
愛香は強大な視線でもって、今度こそ唯乃を脅しつける。
「そんな馬鹿みてーな強さだからこそ、目指す甲斐があるってもんじゃねえか。何しろ俺様は、そーじビギナーらしいからな」
総二が遠い世界に行ってしまっても、ひたすら走って追いかけていればいつかは追いつく。 もちろん総二も同じ場所で立ち止まっているとは限らないが、自分自身が歩みを止めてしまえば、距離は離れていくだけだ。
唯乃の前向きな考えには、やはり共感できる。
「そう言うあんたはどうなんだ。総二が遠いところに行っちまったから、いじけて強くなるのを諦めるのかい?」
「あたしは……」
愚問だった。
信条は似ていても、唯乃と愛香とでは目指す強さの質が全く違う。
唯乃はあくまで、総二と戦って勝つための強さを求めている。
ライバルであり、切磋琢磨する立場である、ポニーテールとツインテールの立場そのままの関係だ。
「――――あたしは、そーじより強くなくていい。いつもそーじの次に強ければそれでいい。そうすればこれからも、そーじを守れるから」
しかし同じツインテールとして彼の傍に立つ愛香にとって、強さとは総二を守るために必要なもの。
総二自身の強さは、そもそも関係がないのだ。
心優しい彼を見舞う、全ての悪意や敵意から守り抜く。それが、愛香が戦う理由なのだから。
「その総二の次ってなぁ、ポジション争いが熾烈だぜ? 少なくとも、この俺様を超えなきゃならねえ」
自信満々にサムズアップで自身を指し示す唯乃。愛香は即座に反論する。
「は? あんたなんか、とっくに超えてるっての」
「いいや、俺様もそこは譲らねえ。何なら試してみるかい? 元々はそのつもりでここに来たんだろ?」
立てたままの親指を、そのまま裏山に向ける唯乃。
「いいけど……裏山は駄目」
ここまでボルテージが上がった以上、愛香としてもひと汗掻くのはやぶさかではないが、提示された場所が問題だった。
「ほら……アレが置いてあるでしょ」
愛香が指差した先。陽月学園の裏にある山は、今やこの街の観光名所。この屋上からでもよく見える"名物"が、少し前にできたためだ。
それはアルティメギル首領との最終決戦の後、役目を終えて壊れ、朽ち果てた巨大ロボット……トゥアールオーだ。
「あのロボットって、ブッ壊れて放置してるだけなんだろ? 今さら俺様たちの戦いの巻き添え食って傷が増えても、トゥアールだって何も言いやしねーんじゃねーの」
「いや、それは……」
そのとおりだし、むしろ視界に入るたびに気が散って仕方がないので、跡形もなく消し飛ばしてしまいたいぐらいだ。
しかし、そう言い捨てて然るべき愛香の歯切れは、何故か悪かった。
「……。ヘッ……わかったよ」
愛香の心情を察したのか、気恥ずかしそうに指で鼻を掻く唯乃。
「何知ったふうなツラでニヤついてんのよ気持ち悪い!」
「ったく、俺様が悪かったよ……。それにまたデカい戦いがあったら修理して使うかもしれねえし、壊すのはねーわな、確かに」
「もう起こるはずないでしょ、そんな戦い。今だって、雑魚の野良エレメリアンがちょくちょくやって来るぐらいで、のんびりしたもんなのに」
「…………さて、それはどうかね。そのうち、ひと嵐来そうだぜ」
どこまで本気の言葉かはわからない。
けれど空の果てに向けられた唯乃の瞳には、その吹き荒ぶ嵐が映っているかのように感じられた。
「そんなの、どうしてわかるのよ」
「俺様のポニーテールが揺れてるからな」
「あたしのツインテールは揺れてないんですけど?」
「二房ある分、揺れ始めるのに時間がかかるんじゃねえのか?」
つられるように空を仰ぎ、愛香は鼻を鳴らした。
「……ま、別にどうでもいいけどね」
この先どんなことが起ころうと、愛香はずっと総二の傍にいる。それは決して変わることのない、永遠の誓いなのだから。
「戦うのもいいけど……」
いい意味でいろいろと馬鹿らしくなり、愛香は先ほど躊躇った提案をし直すことにした。
「あんたが構わないなら、これからあんたの家に行って髪の洗い方教えてあげてもいいけど」
唯乃の部屋――つまり敵状を視察するという打算が無いわけではないが、これは純粋に愛香の厚意だった。
髪のケアを覚えたいと願う女の子を、放ってはおけない。
「おっ、いいのか!? むしろこっちから頼みてーぐらいだぜ!!」
「言っておくけど、あたしは服着たままだからね」
総二がソーラになってしまった時は自分もバスタオルを巻いただけの裸で一緒に入浴したが、唯乃相手にそんなことはできない。
「いやー助かるぜ! これで総二を部屋に呼んだ時、一緒に風呂に入れるってわけだ! これから会得する髪洗いテクを、あいつに見せてやるぜ!!」
「それは絶っっっっ対に駄目!!」
とうとう我慢ができなくなり、愛香は説教を再開する。
やっていいこと駄目なことを明文化しようとする愛香と、そんなのは面倒だとばかり、のらりくらりと躱そうとする唯乃。
愛香と唯乃の間柄は、これからも変わることはないかもしれない。
こうしてごくたまに言葉を交わす程度の、友人とも呼べない仲。
おそらくは、ツインテイルズの中で最も距離の遠い位置。
それでも来るべき時には、互いの信念を燃やして戦うだろう。
そしてまたこの場所で、他愛のない悩みを打ち明けるのだ。
二人の言い争いを見守るように裏山に佇むトゥアールオーは、今日も変わらぬ笑顔だった。
俺、ツインテールになります。 水沢夢 @mizusawa_yume
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